第13話 初めての依頼

「……朝ごはん」


「む~ん」


「……朝はしっかり食べないとダメと言ったのはファリド」


「むむむ……」


 しっかり二日酔いにハマったファリドだが、確かに偉そうに説教した記憶がある手前、起きないわけにはいかない。


「身体が重い……」


「……起きられなくなるほど飲むファリドが悪い」


「ごもっとも……」


 珍しくフェレが追い込んでくる。


―――ようは、お前の腹が減ってるだけなんだろ!


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ファリドの財布でモリモリとベーコンだの卵焼きだのを朝からがっつり食べるフェレを横目に、ファリドは生野菜をちょこちょこつついている。今は高カロリーのものを食べられる気分ではない。だが、これは自分が悪いのである。


 フェレはまだ言いたいことがあるようだが、とりあえず目先の食欲を優先しているようだ。また小言を言われるより先に、ファリドの方から今日の要件を切り出す。


「割のいい依頼が取れるかもしれないから、昼過ぎにカシムんとこに行くぞ」


「……割のいい依頼?」


「貴婦人の護衛だそうだ」


「……ふうん」


「イヤか?」


「……ファリドが決めたのなら従う。稼げるんでしょ?」


「まあ、多分な」


―――こういうとこは、やけに素直だよなあ。任せると決めたら徹底的に任せる果断さというか俠気というか、嫌いじゃねえな。


「……カシムか」


「ん? カシムが何か気になるか?」


「……何でもない……と思うけど、何かあの人は好きじゃない」


「まあ、ハゲ親父だしな」


「……そういうんじゃなく……カシムを見ると何かもやっと変な感じがする」


「もやっと……ねえ」


「……ごめん、根拠の無い好き嫌いを言っちゃダメだった。もちろん稼ぎのほうが大事。それに、ファリドと組ませてくれたことは、カシムに感謝してる」


 急に美しくなったフェレにこんな台詞を吐かれては、ファリドもさすがに照れてしまう。


「うん、まあ、そんなわけで今回はカシムの仕立てに乗るとしよう」


「……(むぐむぐ)うん」


 最後の厚切り卵焼きをヤギのミルクで流し込みつつ、答えるフェレであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 その日の昼過ぎ。


 約束通りにギルド奥にあるカシムのカウンターに向かうと、二人の女性が待っていた。どうやら彼女らが依頼人であるらしい。


 柔らかくウェーブのかかった金髪と色白の肌、おそらく三十代の後半ではと思しい、品の良い中背の女性と、茶髪と小麦色の肌を持ち、くるくるとよく動く目が印象的な二十歳そこそこと見える娘の二人組だ。この国では身分の高いほど肌の色が白い。主人と侍女、というところか。予想通り色白の方が口を開く。


「初めまして、私はアリアナ。こちらは侍女のネーダです。よろしくお願いします」


 アリアナの容貌は美しいが、表情に時折疲れたような影がのぞくのが少し気になる。侍女のネーダは飛び抜けた美人ではないが表情が明るくくるくる変わり、多くの若い男から可愛いとちやほやされそうな印象だ。しかしどうも立ち居振る舞いがそこはかとなく雑な感じなのが、ファリドの好みではない。


「こちらこそ、私はファリド。こっちはフェレシュテフです。上流階級の礼儀はわきまえておりませんので、不快に思われるかも知れませんが、ご容赦願います。伯爵夫人様・・でよろしいですね」


 ファリドにしては、丁寧にしゃべっているつもりである。いつもと違う口調に、むしろフェレが驚いているようだ。


「アリアナで結構です。街道で伯爵などと呼んでは、人目を引きますでしょう?」


「それは助かります、アリアナ様」


「せめて『アリアナさん』にして下さらないかしら?」


「そう致しましょう。早速ですがアリアナさん、ご依頼は王都までの護衛、ということでよろしいですね?」


「ええ、お願いしたいですわ」


「確認させて頂きたいのですが、特に狙われているわけではなく、野盗などに備えた護衛、ということでよろしいですね? 私どもは戦士二名……ああ、フェレシュテフはローブなんかをまとっておりますが戦士なのですよ……ですので、盗賊などはあしらえますが、暗殺者などを迎え撃つようなチームではないのです」


「その点は問題ありません。女二人の旅ですので、ならず者や野獣から守っていただく方を求めているだけですわ」


「夜はきちんとした宿のある街や村に泊まる原則でよろしいですね。野営を入れるのに比べるとかなり王都への到着は遅くなりますが、女性の旅ですから」


「そう願います。私達には街の外で夜を明かした経験はございませんので」


「そうなると、馬車でもおそらく六日ほど掛かります。承知しておいて頂けますか」


「異存ございませんわ」


 事務的な打ち合わせがトントン拍子で進んでいるのを見て、ようやくカシムが口を挟む。


「報酬は六十ディルハム、道中の宿泊飲食交通費その他諸経費は依頼主のご負担、但し帰途の経費は自己負担、という条件だ。悪くないだろう?」


「まあ、我々のような金鷲持ちじゃない並冒険者にとってはいい条件だな、『何もなければ』だけどな」


「ここんとこ王都への街道は治安も悪くない。ヤズド峠の山賊団が唯一危険と言やいえるが、まあ目立たないようにして抜ければ、大丈夫だろ」


 アズナから王都カラジュまでは重要幹線として街道が整備されており、馬車やロバ車で往来が可能だ。ただし人家の途切れる区間や、野獣や魔物、さらに山賊も出る峠道も含まれており、武装していない者はキャラバンを組んで共同で護衛を雇うのが常である。この依頼者二人が、同行するキャラバンを探そうとせず、あえてコストの高い単独行動を選ぶには何か理由があるのだろうが、そこは詮索しないのがお約束だ。


 仮に往路に六日要するとして、二人の護衛に対し六十ディルハムは安い依頼料ではないが、帰りの経費が自分持ちであることを考えれば、破格というほど美味しい依頼でもない。


―――まあ、フェレとの連携もまだまだだし、肩慣らしの仕事としちゃ適当か。


「わかりました、やりましょう。出発日のご指定はありますか? なければ準備の都合もありますから、明後日の出発と言うことでいかがです?」


「ええ、結構です。それまでに準備しておきますわ」

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