第12話 意識しちゃうなあ

 最低限のお手入れ道具を買って、ルルドが勝手に盛り上がる髪結い処をあとにする。フェレはさっきから一言も口を聞かず、おずおずとファリドの後をついてくる。これまでの仔犬的な様子から、一気に娘になってしまったようで、ファリドとしても調子が狂う。


「フェレ、どうした? 綺麗になって嬉しくないのか?」


「……いじられるだけのような気がしてきた」


「そんなことないさ。みんな綺麗になったフェレに注目するから、なんかいいたくなるのさ。まあ、ルルドのオバさんはちょっとアレだったけどな」


「……本当にこれで、依頼がもらいやすくなる?」


「ああ、少なくとも上流階級の人間と接する依頼に関しては、見た目が重要なんだ。奴らは平民と長く接している暇はないから、第一印象で相手を判断するからね」


「……私は、合格?」


「合格どころか、びっくり仰天の出来だな。多分アズナのギルドには、フェレ以上の美人はいないぜ。きっと、遠からずフェレの容姿は噂になるぞ」


「……面倒」


「まあ、そう言うなって」


「……ファリドは嬉しい?」


「もちろん。これで依頼が取れると思えば……」


「……そうじゃなく」


 何と答えるべきか、一瞬迷ったファリドであったが、ここは素直になることにする。


「うん、綺麗なフェレと一緒にいるのは嬉しい。他の奴に見せるのは惜しいくらいだ」


「……そっか……ならいい」


 フェレは、また白い頬を桜色に染めて、どうやら上機嫌のようだ。ファリドはやれやれと肩を撫で下ろしたが、何だか自分も動悸を感じるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「さて、寝るか・・」


 その晩。フェレは部屋に戻ったあともしばらく自分の姿を鏡で眺めては前髪をいじくり回していたが、ようやく眠くなったか隣のベッドですうすう寝息を立て始めていた。ファリドも少し読書した後、灯を消した。しかし……


―――ヤバい。眠れない。


 横になってはみたが、何故か隣のベッドを意識すると眠れない。


 フェレとの同室は、一日目こそ緊張したものの、二日目以降は、もう何も起こらない、と言うより何もする気が起こらない、という関係にあっさり落ち着いてしまった。


 そしてそのまま十日以上この状態、ガサツな妹をフォローする兄か、下手すれば仔犬を愛でる飼い主の気分で安定していたのだが……それは、相手が色気のかけらも感じさせないフェレであったからこそ。


 今のフェレは、昨日までのフェレと、まったく違う。


 髪結いオバさんがちょいちょいっといじっただけなのに、広がる髪は妖しく黒く、毛先に行くにつれ青く輝き、うっとうしい前髪に半分覆い隠されていた顔は今やあらわになり、白く小さく、少女のように愛らしい。薄い唇はあえかに開いて吐息すら悩ましく、誘い込まれているような錯覚をファリドに与える。こんなのが隣のベッドに横になっているのに、落ち着いて眠ることなど、できそうにない。


―――これはいかん。このまま隣を気にしてたら、一晩眠れそうもない。


 オバさんに言われた通り「若いわねえ」のファリドであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局、眠るのをあきらめて、深夜まで営業するギルド一階の食堂も兼ねた酒場のバーカウンターに向かうことにしたファリドだったが、


「おお坊主、嬢ちゃんとは仲良くやってるか?」


 ほろ酔い上機嫌で声をかけてきたバーの先客はギルド相談役のカシムであった。


「ああ、カシムのおっちゃんの想像する『仲良し』とは、ちっと違うかもしれないけどな」


 正直なところ、プライベートでこの親父と話すのには少し苦手意識のあるファリドだが、今は相手が誰でも、話せば気がまぎれる。


「そうかそうか、結構結構……で、何回やった?」


「だから、そういう仲良しはやってないっつうの」


 今回はファリドも学習して、不用意に『まだ』とかいうフレーズをつけずに答えた。


「何ともったいないことよ坊主。俺ゃまた、嬢ちゃんの磨けば光る美質を目当てに、ファリドが『残念な魔女』を引き取ってくれたのかと思ったんだがなあ」


「仕事のパートナーに、そういうのを期待しない主義でね」


「期待しなくても、なる時はなるんだぜ。まあ、坊主は真面目だからなあ。今は嬢ちゃんを鍛えるのに集中、ってとこか。まあそれもよかろうて」


「そこは順調だよ。そろそろキチンとした依頼を受けるタイミングかなと思ってる」


「お、依頼を探してるんなら、まだ一般組合員には募集出してない、いいのがあるぜ」


「それは耳寄りだが、いいのかい?」


「なぁに、せっかく嬢ちゃん……どこに紹介してもフィットしなかった『残念な魔女』を受け入れてくれたファリドだしな。ちょっとは優遇措置ってもんがあってよかろうさ」


「そこまでフェレは悪くなかったと思うんだが」


「まあいいさ。依頼は貴族、確か伯爵様だったか? の奥方と侍女を王都まで護衛することなんだが」


「そんな高貴なご身分で女二人のお忍び道中ってわけか。明らかにワケありっぽいが、まあそこは聞かない約束よ、ってことだな」


「そういうわけだ。まあ、切った張ったの事情ではないらしいから、比較的安全だと思うぜ? 募集条件は女性メンバーを含む二~三人パーティーってことだそうだから、坊主たちの初仕事にゃ、ぴったりなんじゃねえかな」


「そうだな、ちょうど護衛依頼を受けることを考えていたところだし……もらえるかその案件?」


「よし、手配しとく。明日、昼以降に奥のカウンターまで依頼書取りに来い」


「なんで昼以降なんだ?」


「これから坊主と徹底的に飲む予定だから、明日午前は仕事にならんからなあ」


「おいおい……」


 と言いつつ、素面で部屋に戻りたくないファリドは、受けて立つのであった。

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