第11話 まずはヘアから

「……どうしても、やらないとダメ?」


 翌日になってもまだフェレは納得していない。


「ああ、ダメだ。女性入りパーティーの需要があるとは言ったが、それは『まともな女性に見える』女性、ってことだ。言っちゃ悪いがフェレ、お前の格好はまともな女には見えんよ」


「……汚くはない、と思うけど」


 確かにファリドの部屋に転がり込んでからのフェレは、毎日汗を流し体も拭いているから、清潔ではある。だが、ボサボサで伸び放題の髪と、ボロボロの魔術師ローブの印象が悪すぎる。下手をすれば浮浪者だ。


「……この格好が、一番おカネがかからないのに」


「一番おカネが稼げないけどな」


 カネ、と言うとフェレは弱い。渋々ながらファリドに従って、街へ出かけた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ほどなく街の髪結い処に着く。この国の髪結いは男女別になっておらず兼用だ。なじみである髪結い師のオバさんが手空きになるのを待って声をかける。


「あらあらファリドくん、こないだ切ったばかりよね?」


「ああ、今日は俺じゃないんだルルドさん。こいつを何とかしてもらいに来た」


「あら、この娘さんは?」


「新しいパーティー仲間さ。あまりに身なりに構わないんで連れてきた。服はいずれ何とかするとして、まずこいつのボサっとした見た目を何とかして、まともな若い娘に見えるようにしてくれ」


「あら、あら。確かに、あまり身なりに構っているようには見えないわね。ねえ、娘さん、ちょっとこっち向いて」


「……ん。はい……」


「あら、あら、綺麗な肌。見せないなんてもったいないわね。ちょっと前髪をあげるわよ。あら、すごく綺麗な目……魅きつけられそう」


 髪結いオバさん……ルルドは新しいおもちゃのようにフェレの髪やら顔やらをいじくり回して、目を輝かせている。


「ファリドくん、ものすごい原石を掘り出してきたものね。この娘さんはまったく磨いていないけど、一級品の宝石だわよ」


「そこまでのもんかどうかは別として、本人に磨く気がないみたいだからなあ」


「あらあら。ねえ娘さん、あなたはとっても綺麗よ。ほんの、ほんの少~しだけ手をかけるだけで、どんな男もあなたから目を離せなくなるわ、もちろんファリドくんだって。あなたもファリドくんを捕まえておきたいでしょう?」


「おいおい、フェレはそんなんじゃなくてな……」


「あらあら、フェレさんと言うのね。ねえフェレさん、私に任せておきなさいな。ファリドくん好みの、素敵な女性に仕上げて見せるわね!」


―――人の話をぜんぜん聞いてねえな。


「……ファリドが喜ぶなら……お願いします」


―――こら、フェレ! 誤解を招くような発言を!


「あらあら、可愛いこと言うじゃない娘さん! じゃ、やるわよ!」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 いつも仕事の速いはずのルルドが、たっぷり時間をかけている。珍しい素材に触発されるものがあったのだろうか。ファリドはまた実用書を読んで時間を潰している。


 そして、一時間ばかり。


「あらあら、予想以上に仕上がったわね。フェレさん、ファリドくんに綺麗になったあなたを存分に見せてあげなさい!」


「……」


 フェレは何やら恥ずかしがっているのか、魔術師ローブのフードをすっぽりかぶってしまっている。


「フェレ、そのキレイになったって姿見せてくれよ、隠すんじゃねえよ」


「……笑わない?」


「何で笑うんだよ。まともな女になれって連れてきたの俺じゃねえか」


「……ん……」


 ふぁさっとフェレがフードを後方にかき除けた瞬間、ファリドは思わず息を飲んだ。


 黒髪、それは変わらない。だが手入れもせずくすんでいたそれは、いまや艶々と輝きを放っている。カラスの濡羽色・・と表現したくなるような黒色だが、その頭頂と毛先の色が、モルフォ蝶の翅を見るような構造色を呈し、漆黒から徐々にグラデーションを描いて妖しい青に輝いていくのに目が奪われる。


―――そうか、これがいわゆる、魔力形質か。


 フェレのラピス色の瞳は強い魔力に影響されたものだが、その影響は髪色にも表れているようだ。長かった髪は肩までの・・長めのナチュラルボブに整えられ、もっさりと顔の上半分を覆い隠していた前髪も、目のすぐ上で切りそろえられている。そして、現れたその眼・・ラピス色の大きな瞳と、少し端部が上がった大きなアーモンドのような輪郭。細いが黒々として、やはりキュッと外側が上がって強い意志を感じさせる眉。ちんまりとした小顔にツンと形の良い小さな鼻と、唇・・厚みも色も薄いところが少し色気を欠いて残念にも思えるが、かえってそれが単に可愛いだけではなくクールな味わいを醸し出している。


―――ヤバい、これは好みだ。どストライクだ。


 ファリドは声を発することもできず、ぼうぜんと変身したフェレを見つめていた。余程間抜け面をしていたのであろうか、髪結いオバさんのニヤニヤが止まらない。フェレも、ファリドの反応を見て、もじもじと頬を桜色を通り越して耳まで赤くしている。


―――う、いつまでも黙っていてはマズい。こういう時は……


 ファリドの経験則に従えば、こういう時は変に照れずに、素直に自分の感じたことを口にするのが、結局ベストである。


「か、可愛い。信じられないほど綺麗だ、すごく綺麗だ。髪をいじっただけでこんなに魅力的になるなんてびっくりだ」


 多少こっ恥ずかしい台詞もしゃべっているうちに慣れてくる。


「……」


 フェレはますます赤くなって、下を向いている。


「あらあら、そうよね! ファリドくんさすがね、こんなに磨き甲斐のある素材は久しぶりだったわあ。フェレさんの素質を見抜いて連れてきたのかと思ってたけど、その様子じゃ予想以上だったみたいね?」


「ああ、すげえ。思わずくらくらっとしちまった。ルルドさんの腕もすげえ、あんなもっさりを、人形みたいに綺麗にしちまった」


「あらあら。まあ、こっちはそれが商売だからね。ふふ、フェレさん良かったわね、ファリドくん、超気に入ってくれたみたいよ。う~ん、今晩はもう、たっぷり可愛がってもらえるわね」


「……」


 フェレは完全に言葉を失って、ゆでダコ状態になっている。ファリドもさすがに慌てる。


「いや、俺とフェレはまだそんなんじゃねえから」


「あらあら、『まだ』なのね。でも『まだ』ってことは・・ふふ、いずれそうなっちゃうってことよね!」


「いや何でそうなる……」


「あらあら、若いっていいわねえ」


「だから違うと!」


 傍でフェレがもう石像のように固まっていた。

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