第16話 フェレって、お嬢なの?

「襲撃の経緯は理解致しました。ギルドや兵隊への証言が必要になった際には、喜んで致しますわ。お守りいただき本当にありがとうございます」


 アリアナに事の次第を説明すると、若干顔色は青いものの落ち着いた受け止めだ。こういう時に依頼人におびえ騒がれると実に面倒なことになるので、ファリドはほっと安堵の溜息をつく。


 一方、侍女のネーダはというとフェレにくっついて、すっかり興奮してしゃべりまくっている。


「すごいです! フェレさん、あんな大立ち回りは初めて見ましたわ! まだ胸がどきどき致しますわ! 屈強な五人の男に一人で立ち向かって、打ち倒しておしまいになるなんて、信じられませんわ! それにあの身のこなし、速いだけではなく、なんと美しいのでしょう! 刀を振るうたびに妖しく輝く黒髪が広がるのが本当に綺麗、そしてそのたびに血の花が咲くのですもの。ああフェレさん、人の噂を信じて残念な魔女なんて言ってしまった自分を消してしまいたいですわ! まるで戦いの女神を見るようでしたもの!」


 延々と賞賛は続く。目を丸くして聞いていたフェレは、


「……ありがとう。あなたたちに怪我がなくて良かった」


 そう答えるのが精一杯であった。ファリドはあまりの手のひら返しぶりにやや呆れているのだが、フェレが照れながらも満更でもないようなので、放っておくことにする。


―――この侍女、ちょっと配慮が足りないだけで、裏表のない素直な奴なんだろうな。村娘ならいい子なんだろうが、上流階級の侍女にはイマイチだ。


「さあ、こいつらは放って置いて、さっさと峠を越えてしまおう」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の街での衛兵とギルドへの報告は、ファリドが思っていたより簡単にすんだ。


 伯爵夫人たるアリアナが、身分を明らかにしたうえで冷静に説明してくれたのと、一人だけ連れてきた気の弱そうな盗賊が、明らかにフェレに怯えて、素直にペラペラ自らの悪行を供述したからだ。フェレから引き離してもらえるなら、衛兵に引渡される方がいいらしい。


 残してきた賊については、急遽衛兵による回収隊が組まれ、峠に登っていった。帰りは夜になるだろうなと、ファリドは少々衛兵を気の毒に思う。ファリド一行は特に拘束されることもなく、その晩の宿を申告するだけで自由の身となった。


 宿で身づくろいを整え、夕食をとる。今晩はアリアナの申し出で、ファリドとフェレのぶんもご馳走してくれるとのことで、同じテーブルについての食事だ。


「相手は上流階級なんだから、あまりがっつくなよ」


一応は注意するファリドだが、心配である。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「大変な思いをしたのですから、遠慮なさってはいけませんわ。どんどんお召し上がりになって」


「……はい。作法もわからない田舎者ですので、高貴な方とご一緒するのは恥ずかしいですけれど」


 作法がわからない……わけではないようだ。フェレの所作は貴族流のテーブルマナーに完全に則っており、寸分の乱れもなく雅びである。いつものガツガツ仔犬みたいに食うお前はどこに行ったんだと突っ込みたいファリドである。


 いつもの魔術師ローブから、ネーダのものであるらしいオレンジ色の、娘らしいブラウスとフレアスカートに着替えさせられ、髪をまとめ背筋を伸ばし、唇に笑みを浮かべつつゆっくりと料理を口に運ぶさまは、まるで貴族の令嬢の如くである。相変わらず口は重いが、いつもの二倍くらいはしゃべっている。


「そんなことはありませんわフェレさん! 本当にお美しいですわ!」


 すっかりフェレの信者となったかのような侍女ネーダは、ひたすら礼賛。


「髪を上げられたらもう、王都の貴族令嬢様で十分通りますわ! その美しい髪と、冒険者とは思えないほどの玉の肌、そして立ち居振る舞いの優美なこと、先ほどの峠であれほど激しく戦って私達を守ってくださった姿からは想像もつきませんわ! ああ私が殿方ならば、絶対に放しませんのに。そう思いませんことファリドさん?」


―――こっちに振られてもなあ。


「そうだなあ。こんな淑女にもなれるとは思わなかった、素敵だな」


こ ういう時は変に照れるとかえって格好悪い、正直な反応をするのが一番、というのが経験に基づくファリドの結論である。ふと見るとフェレが桜色を通り越して耳まで赤くなっている。これは、この初心な娘に対しては少々攻めすぎであったか。


「そうですわよね! ファリドさんがフェレさんを必要とおっしゃったのは、戦いの強さゆえだと思っていましたけど、殿方として必要なのですよね! ああ素敵!」


―――いやいやそういう意味ではなくて。勝手に盛り上がるんじゃねえよ。


 余計なことを言うと、もっとドツボにはまりそうだ。ファリドはあいまいに笑ってかわす。


 ネーダはそれ以上深く突っ込むことはなく、赤くなっているフェレの生い立ちやら冒険者になった経緯やら根掘り葉掘り聞きまくっている。ファリドがあえて触れなかったところにもズバッと切り込み、しかもそこに悪気がないのだから逃げ道もないという、口の重いフェレには修行みたいなものだ。だが相手の好意に対し敏感なフェレは、戸惑いつつも嫌ではないらしく、一生懸命に答えようとしている。


―――こう言う姿はなかなか可愛いな。


 だんだん妹を見るような感覚になってくるファリドだった。


 それにしても、ネーダのお陰でいろいろフェレのことがわかった。


 王都に近いアフワズ州の騎士階級の長女であること。妹が病気に倒れる前には、王都の魔術学院に行っていたが、中退したこと。などなど。冒険者になる奴は複雑な事情を背負っていて、過去をほじくり出されたくないという者が多い。ファリドはそんな気を回して、意識してフェレの過去には触れないようにして来たが、それほど抵抗もなくしゃべっているところを見ると、聞かれるのが嫌なわけではないらしい。


―――今度飯を食うときにでも、いろんなことを聞いてみるか。どうせ自分からしゃべる奴ではないしな。


 能天気で騒がしく、あまり好きになれなかったこの侍女だが、ファリドとフェレの距離を少し縮めてくれる働きをしたことは、評価せねばなるまい。

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