第6話 いきなり同居?

 食事に行く前に、ファリドはふと気になって聞いてみる。


「ところで、フェレは三都の、どこに泊まってるんだ?」


「……」


「別に隠すところじゃねえだろ?」


「……農家の納屋を借りてる」


「納屋だと??  旅の最中の一泊だったらありだが、街に居てそれはないだろ? 疲れは取れないし身体だって拭けねえじゃん。 それも、またカネの問題か?」


「……そう」


「妹の事情を聞いた後じゃ悪くは言えんが、さすがに最低限の宿には泊まろうぜ。体調を維持するのも稼ぐポイントだぜ?」


「……」


 フェレは考え込んでいる。反発しているのではないことはその態度でファリドにも理解できる。やはり毎夜、冷たい納屋で過ごすのはきついのだろう。


 気がつくとフェレの頰が赤みを帯び……やがて決心がついたように口を開く。


「……だったらファリドの部屋に泊めて」


「えぇっ!」


 今度はファリドが赤くなる番だ。確かにこの国の宿は、基本的にベッド二つのツインルームだ。ファリドも二人部屋を一人で使っている。そこに一人で泊まろうが二人で泊まろうが、一室いくらの料金は変わらないわけなので、二人で泊まった方がコストパフォーマンスはいいに決まっている。だが……


「いや、さすがに、だな。俺たちは今日会ったばかりだし、互いに若い健康な男と女であるからしてだな……」


「……何か不具合が?」


何故かここにはグイグイくる。こういう時、前髪で表情が見えないのが怖い。


「男女が同室じゃ、いろいろ見えちゃいけないもんが見えたりするだろうが」


「……見せるだけで減るようなものは持ってない」


―――何を考えてるんだこいつは。


「夜中に、俺が襲うとか思わないのかよ」


「……ファリドは信頼できる。それに、万一襲われても身体強化使えば一撃で……潰したことある」


 一体何を潰したのか……聞くのが怖いのでやめておく。


―――まあ、納屋に泊めるのはまずいわな。俺の忍耐力が問われそうなんだが……


「う~ん、仕方ないわ。俺の借りてる部屋に引っ越してこいよ、ギルドの二階な。運ぶ荷物は多いのか?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 フェレの荷物は、妙齢の女性とは思えないほど極端に少なかったが、さすがに身体強化なしの若い女一人が運べる量ではない。ファリド自身が無闇に身体強化を使わないよう言い聞かせたばかりでもあり、二人で納屋からギルド宿に移動を終え、ようやっとギルド一階の食堂兼飲み屋で夕食をとる。約束通りファリドのおごりで。


「……(むぐむぐ)」


 塩味の串焼きを、一生懸命頬張るフェレ。昼間狩った化け猪の肉はギルドに売却したが、保存に向かない部位の一部を残してもらい、食堂の親父に頼んで調理してもらったものだ。旨味を残すためレア気味に焼いてある猪肉は、フェレの小さな顎の力では一気に噛みきれず、さっきからずっともぐもぐ苦戦している。だが表情は幸せそうだ。


―――それにしても気持ちいいくらい美味そうに食うな。てか、ロクなものを普段から食ってないんだろうな。


―――今日やたらと懐かれたのは、やっぱ飯食わせたからか? 餌付けとか笑うよな。


 実際、食事に集中するフェレの姿は小動物的な感覚だ。見ているファリドも思わずニヤついて、もっと食わせたくなってしまう。仔犬へのエサやり気分だ。


―――だけど普段のあの無表情が惜しいんだよなあ。食ってる時の顔だったら、ずっと眺めていたいけどなあ。


「じゃ、明日は朝から刀の練習をして、慣れたとこで森で獲物を探すぞ・・まあ猪になるけどな」


「……(ふぐふぐ)」


 会話にならないが、もはやフェレは今後の行動方針を全面的にファリドに委ねることに決めたらしい。


 ファリドは葡萄酒を蒸留したアルコール度の強い酒を、猪肉を食う合間にちびり、ちびりと舐めながら、この何やら可愛い生き物を眺めていた。


 遅めの夕食を楽しんだ後、二人は部屋に戻る。一泊四十ディナール程度の部屋だが月単位で借りているので、実際には二割引きくらいになっている。ベッド二つとテーブル一つと椅子が二つ、洗濯や体を拭くのに使う水屋、トイレが別室でついているだけの質素な部屋だが、ファリドにはこれで十分だ。これ以上安くなるとトイレや水回りが共用になり、生活の場としてはストレスが溜まることになるので、平穏な心で暮らすための最低限の線、と思っている。


 そんな質素な部屋でも、フェレはずいぶん気に入ったようだ。特にベッドと水回りが。ベッドは板材の上に、こちこちに固いマットレスを敷いて、その上に厚手の敷布を載せただけのざっくりした代物だが、フェレはころんと横になって、さっきから満足そうにポンポンと敷布を叩いている。


―――まあ、比較対象が納屋の床だったらなあ。


「いいから先に水屋使ってこいよ。今日は血まみれになっただろ」


 フェレがあわてて立ち上がってパタパタと水屋に向かう。血だらけのローブは取り替えたものの体には血臭が残っている。いくら気にしない性格でも、さすがに若い女性としては、早くさっぱりしたいのだろう。川に行って人目を気にしつつ体を拭いていた昨日から見たら、冷水と手拭いでしかなくても、ものすごいグレードアップ。フェレは何も言わないが、高揚している感じが伝わってくる。


―――はぁ~。つい流されて宿まで同室にしてしまったが・・


 ファリドはこの件に関してだけは今日の選択をやや後悔している。


 自分は冷静に計算した上で行動する人間だとファリドは思っている。であるゆえ、仕事で止むを得ず同室となった仕事仲間に簡単に手を出すような軽率なことをしないことは、自分でよくわかっている。万一手を出す気になっても、フェレに強化魔法で反撃されたら、ぐうの音もでず叩きのめされることも、これまたわかっている。


 加えてフェレの性格も行動パターンも、ファリドの好みの女の子とは真逆。ファリドの好みは、こっちがしゃべらなくともすぐそばでペチャクチャさえずり続けて、彼の心を癒してくれる「めっちゃ明るい系」の娘である。もっとも残念ながらここ数年は、商売系の女性としか縁がないのだが。


 ではあるのだが、なにかフェレの前髪からたまにのぞくラピスラズリ色の瞳を思いだすと、その確信が揺らぐ気がする。何か魅き込まれるような、不思議な力を持った目だ。


―――いかんいかん、頑張れ俺の理性。

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