第5話 戦い方変えよう?

「意外にカネになったなあ」


 フェレが血まみれの服をなんとかしに行っている間に、ファリドはギルドで化け猪の素材買い取りと、森狼の討伐報酬請求の手続きを済ませていた。ぐちゃぐちゃの狼から素材はまったくとれなかったが、退治した証拠として耳を切ってギルドに持参すると、害獣討伐報酬はもらえるのだ。


「猪の皮が四ディルハム、肉が三ディルハム三十ディナール、牙が五ディルハム。これに狼討伐が十一匹で四ディルハム四十ディナール、合わせて十六ディルハム七十ディナール。ギルドに四割天引きされるが、十ディルハム以上残るな。半日狩りとしては最高の出来かもなあ」


 この国、というよりこの大陸の統一通貨はディルハムとディナール。一ディルハムは百ディナール。屋台で売っている揚げパンがおおよそ一ディナール、簡単な麺料理が二ディナール、ギルドに併設されている冒険者宿が一部屋三十~六十ディナールくらいの感覚だ。


「……獲物を傷付けないで倒すことが大事なのが、よくわかった。でも私の武器では難しい」


「そうだな。だけど、長年親しんだ得物を変えるのは近接戦闘屋には簡単じゃないからな」


「……ううん、さっきも言ったけど……今を前提にしなくていい。目指すべき姿を示してくれれば、私はそうする」


―――なぜかずいぶん信用されたもんだ。師匠扱いだなあ。責任重大だ。


「じゃ、遠慮しないで思い切ったことを言うぞ。フェレが八年間冒険者やってきたキャリアは無視して、だけど」


「……うん」


―――うんと言いつつ、結構身構えてるなあ。


「棍棒はダメだ。刀剣がいい。それも短く軽量な奴が」


「……ファリドに任せると決めたけど、できれば理由を説明して欲しい」


「うん。さっきみたいに狩りの獲物をぶっ壊すという点で棍棒はイマイチだが、本質はそこじゃない。問題は『身体強化』の使い方がもったいないってことさ」


「……『頭悪い』から丁寧に教えて」


―――やっぱり根に持ってるなあ。


「あんなに重い棍棒を高速で振り回すには、すっげえ力がいるよな。フェレの『身体強化』の威力は並みじゃないから短時間なら何とかなっているが、ものすごいエネルギーを食っているんだろ? だから、たった十五分で魔力切れになる。しかし軽い刀に持ち替えて、重さに対して使っていた力をセーブすれば、持続時間は大きく伸びる。そういう加減は出来るよな?」


「……できる。だけど軽い武器で打ち合ったら、負ける」


「そうだ。だから打ち合ってはダメなんだ。フェレは体重も軽いし素の体力はないはずだよな。だからまともに相手と武器を合わせることはせずに、さんざんよけて躱して、スキを見て弱いところに一撃入れるんだ。そのために必要なのは威力ではなく速度と持続力、というわけだな」


「……男にも魔物にも打ち負けないように、と思ってあの棍棒にしたんだけど……」


「フェレは負けず嫌いみたいだからな。だけど今の戦闘スタイルは、フェレの本当の良さである、豊富な魔力と軽快な身体を活かしていないんじゃないかな。フェレにとっての理想的戦闘スタイルは、『蝶のように舞い、蜂のように刺す』だと俺は思うが」


「……」


「もう一つ。その棍棒、って言うより鉄の塊だよな、素の腕力じゃ持ち歩けないはずだ。たぶん常時身体強化を使っているんだろ?  魔術を常時使うってことは自分の居所を教えているのと同じで、隠密行動が必要な仕事はできなくなる。魔術の気配を感じ取れる能力者は、魔術師に限らず、多いぜ。俺でもフェレの魔力が、わかったくらいだしなあ」


 ファリドは魔術を使う素養はさっぱりだが、少しなら魔力を感じ取れる。フェレが歩くとほんのり青味を帯びた魔力が、漏れ出すのがわかるのだ。一流の魔術師ならかなり離れた位置から、フェレの気配に気付くことだろう。


「まあ、何年も使い慣れた戦法を変えるのは簡単じゃないし、いきなり無理はなあ」


「……わかった。棍棒はもう使わない。だけど刀剣はあまり得意じゃない。教えて欲しい」


―――即決か。口は重いが果断な性格なのかもな。


「本当に無理してないか? でも、素直に聞いてもらえてうれしいよ。刀の基本は、片刃のシャムシールなら俺が教えられる。刀に慣れるまでは迷宮で本格的な魔物と戦うのはヤバいから、その辺の森で野獣を狩って日銭を稼ぐ、でどうだ?」


「……うん、ファリドがそう判断するなら、それでいい」


―――なんでこんなに素直になったのか、不思議なんだが。エサをやったせいか?


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 早速目立たない場所で、木の模擬刀を使って基本の型と実戦練習を一時間ほどみっちりやった後、ギルド内の武器屋で適当な重さの、刃渡り六十センチばかりになる片刃のシャムシール……ファリドの使っているものと似た曲刀を選ぶ。一番安いものがいいというフェレの貧乏臭い希望で、一ディルハム五十ディナールの激安品。はっきり言ってなまくらだ。


―――武器はケチらない方がいいんだがな。まあスタイルが決まったら、後で買ってやるとするか。しかし刀剣は苦手と言ってた割に、動きのスジがいい。


「今日は働いた上に鍛錬もたっぷりしたしなあ。飯を食うか」


「……私は携帯食糧でいい。おカネが……」


―――半分稼ぎを分配したから、五ディルハム以上は稼いでるはずなんだがなあ。


どうもほとんどを妹貯金に回してしまったらしい。


「わかった。俺持ちでいいから一緒に来いよ」


「……それなら、行く」


―――おごりなら付いてくるんだな。チョロ過ぎて心配になるなあ・・。

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