第4話 俺は追放しないから

「これはまた壮絶だな……」


 返り血をたっぷり浴びた少女……ではないか、若い女を中心に、十一匹の……かつて狼であったものが点々と落ちている。あるものは頭を潰され、あるものは内臓をぶちまけ、別のひとつは胴体が完全にひしゃげて煎餅状態だ。


「フェレが強いのはよくわかった。しかしこの戦い方は冒険者としてはなあ……」


「……やっぱり、だめなのか……?」


「思い当たるフシがあるのか?」


「……他の冒険者とパーティを組むと、いつも『お前とは組めん』と言われて追い出されるから」


「まあ、パーティ追放までやるのはどうかと思うが、確かにいろいろ残念な戦い方だとは思う」


「……私は『頭が悪い』から丁寧に教えて欲しい」


―――結構さっきのを根に持ってるなあ。カシムのせいだ。


「まず獲物の殺し方だ。冒険者の狩りは獲物を売るのが基本だから、売れる状態じゃないとそもそも飯が食えなくなる。このつぶれ肉のかたまり、売れると思うか?」


 森狼の肉は食えないが、毛皮は北国への輸出用にかなりの需要があり、よく売れる。が、ここまで破れ、潰れ、血まみれになってはほぼ無価値だ。


「……そうかも知れない」


「まあ、今回は多数の相手に囲まれる状況だったわけだから、身を守るという観点からは、最も効率的に殺しまくるってのはある意味正しいんだが……」


「……まだ問題がある?……聞きたい」


 これ以上、会った初日からせっかくのパートナー候補をけなすのはどうかと自問しないでもないが、思ったより素直なフェレの反応に、ファリドは言葉を続けることにする。


「暴れ回っている間のフェレは、まさに竜巻みたいなもんだった。下級魔獣くらいじゃ手も足も出せないんだろうが、それは一緒に戦うべき仲間も、フェレの回りに寄り付けないってことだぜ? 」


「……わかる」


「強い相手や、ものすごい数の敵とやる時にゃ、仲間と背中を守り合わないといかんわけだろ。だけどさっきのフェレみたいに、常識外れに速くて予想不能の動きをされちゃあフェレ自体が凶器みたいなもんだ。他のメンバーが、危なくてフェレに近づけないだろ?」


「……そう……なるかも知れない」


「それにな、これは当たっているかどうか自信がないんだが、あれだけの猛烈な動きを長時間持続するのは難しいはずだよな。何分くらいならいけるんだ?」


「……十五分」


「やっぱりな。それもパーティの前衛としてはイマイチだよな。前衛は後ろの魔術師や弓師なんかが遠隔攻撃をコツコツ当ててる間、ひたすら耐えて守らなきゃならないわけだろ。十五分で時間切れ、はい終了じゃ、壁役としては使い物にならないぜ」


「……」


「遊撃系の戦士として働くならどうかな、と思ったけどそれもダメだ。フェレの暴風みたいな攻撃は、前でじっと耐えてくれてる壁役まで、巻き込んじまうからな」


「……」


 ふと気付くとフェレが完全に下を向いている。


―――やばい、ダメ出しし過ぎた。ここまで言われりゃ落ち込むわな。


「いや、これはあくまでパーティ戦の場合だ。個人戦では間違いなくフェレは俺より強い、というより並の戦士数人分の強さがある。短時間で片をつけられれば最強レベルだと思うんだが」


「……でも、パーティにはどうやっても向かないわけ、だね?」


「残念ながら、それは事実だと思う」


「……そうか……ありがとう、よくわかった……こんなにきちんと説明してもらったのは初めて」


「いや、いろいろ失礼なことを言ってしまった。すまない」


「……いや、すっきりした。やっぱりソロしかやりようがないか……半日の付き合いだったけどありがとう、カネになる化け猪はファリドが狩ったものだから処分は任せる」


 これまでの会話と違って一気に喋り切ったフェレは相変わらずぼぅっとした表情だが、さすがにその眼が、覆いかぶさった前髪の奥で、寂しそうに細められるのが感じられる。


「ん?  俺はフェレと組みたいと思っているんだが? フェレがイヤでなければ、なんだけどな」


 フェレがうっとうしい前髪の奥で眼を見開き・・その驚きがファリドにも伝わってくる。


「……理解できない、んだけど」


「いやまあ、パーティ組んでもらえないのは俺も一緒でね。俺のクラス聞いたろ。『軍師』ってさ。これがまた、嫌われる職なんだよなあ・・」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 「軍師」というクラス・・職名を理解するにはギルドの評価システムを述べねばなるまい。ギルドの依頼にはその難度に合わせたいわゆるポイントがあり、一定の水準に達すると鷲をかたどった銅の肩章が与えられる。ファリドもフェレも銅鷲を三個持っている。


 銅の鷲が五個以上になると上級冒険者という扱いとなり、若干の追加条件を満たせば金の鷲が与えられる仕組みで、金鷲の肩章をさらに増やしていくのが標準的な冒険者のキャリアパスだ。佩用する金鷲が五個ともなると、「英雄」と称されるようになる。


 一方で、戦闘系とは違う評価軸も存在する。知的な貢献で功績を挙げたと認められ、軍や王家など有力な者に推薦されるといった複数の条件を満たすと、銀の肩章が「本人の意思とは関係なく」付与され、特別な「知識や思考能力を売り物とする」キャリアを歩いているとみなされる。


 銀の肩章を佩用する者で魔術師の能力も併せ具備する冒険者には「賢者」という有り難くも分かりやすいクラスが勝手に付けられるが、魔術の素養がない者には、「軍師」という何とも微妙なクラスが、ギルドの手によってやはり勝手に付与される。


「俺はかなり前に傭兵働きをしていてさ。その時ちょっとした気付きで全軍の被害を減らしたことがあったんだ。で、その時上にいた将軍様にありがたくも推薦されて、銀の鷲をもらっちゃったのさ。そしたらギルドでのクラスが、『戦士』から『軍師』に勝手に変更さ」


「……それは良いことではないのか?」


「まあ、最初はちょっと格好いいなあとか思ったさ。だけど、よく考えてみたら、『戦争をするなら呼んでください、知恵を貸しますよ!』てな職名だぜ。冒険者には不要だね」


「……知識は、あった方がいい……と思うけど?」


「もちろん冷静に考えればそうさ。しかしな、『軍師』を迎えるパーティの側からすればよ、『俺たちゃ戦争するわけじゃないぜ、軍師より回復役や盗賊よこせ!』ってことに、なるわな。まあ普通のパーティには入れないね」


「……じゃ、ギルドは何のためにそんなクラスを作ったの?」


「俺の邪推なんだがな、そういう奴を普通のパーティに入れないようにしておいて、ギルドから派遣する傭兵どもの将校をやらせたいんじゃないのかな。冒険者で編成された傭兵隊は統制がとりにくくて、将校がいつも不足してるからね」


「……傭兵働きはイヤなの?」


「できれば避けたいわな。戦争で食っていきたいんだったら最初から正規軍に入るよ」


「……『軍師』になって、いいことは無かった?」


「まあ、銀鷲持ち限定の報酬のいい依頼があるから、それが特典といえば特典だがな。借金の取り立てやら誘拐の身代金交渉やら、冒険者の仕事とは思えない仕事ばっかりでね」


「……そうだね」


「俺は探索したり討伐したり、『普通の冒険者』のやる仕事をやりたいんだ。だけど、それをやるには一人じゃ厳しい。だから、こっちのクラスをまったく気にせず組んでもいいと言ってくれたフェレは、大事にしないといけないなあと思ってるんだ」


「……大事に……」


 うっとうしい前髪からのぞくフェレの頬が桜色に染まっている。


「うん、まずはフェレの暴風戦法を前提にして、共闘できる方法を考えていかないとなあ」


「……あのっ……」


「ん?」


「……一緒に、協力して闘う戦術を教えて欲しい。今までの経験が使えなくてもいい」


「おいおい……八年もやってきた戦い方を変えていい、ってのか?」


「……いい。というより、変えて欲しい。私も、冒険者の戦いがしたい」


 今やフェレは頬を染めつつ、前髪の奥にわずかにのぞくラピスラズリの瞳には、明確な意思が宿っている。もっさりとした口の重い女、と思っていたが、それだけではないようだ。


「ま、今日は大漁だし、まずは帰ってそのへんを相談すっか」

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