第7話 才能あるかも?
結果として、その夜は何も起こらなかった。
フェレと交代で水屋を使い、ベッドでごろ寝しながらフェレがローブを部屋干ししているのを眺めているうちに、どうも寝てしまったらしい。この一日結構いろいろな出来事があり、ファリドもかなり疲れていたようだ。
気がつくと窓の外は薄明で、鳥たちが控えめに朝を告げている。ここのところ眠りが浅かったファリドも、久々にぐっすり寝て頭がすっきりしているのを感じている。
もう一つのベッドからは、まだ起きてくる気配がない。ファリドに背を向け、やや丸まって規則正しい寝息をたてている。昨日の疲れは魔力の消耗も含め、はるかにファリドより大きかったのだろう。
―――無理もないわな。
フェレが起きるまでにはしばらく時間がありそうだと、ファリドはランプを点け、ベッドサイドから本を取り上げて読み始める。本はこの時代かなり高価なものだが、アズナくらい大きな町のギルドともなると、図書館とまではいかないが図書室を備えており、ギルド組合員であれば安価で借り出せるのだ。ファリドの数少ない趣味は読書であり、それは冒険者、さらに「軍師」となった現在は、もう生業のために欠かせないものとなっている。
そして一時間とちょっと。フェレのかぶっている毛布がもそもそ動き出す。
―――そろそろ起こすか。
「おいフェレ、そろそろ起きろ」
「……」
「朝だぜ、起きるんだよ」
「……」
―――しょうがねえ奴だよなあ。ならば。
「朝飯食いに行くぞ」
「……朝ごはん?!」
がばっと起き上がるフェレ。
「食うことにだけは反応するんだな」
そう言われて少しは恥ずかしかったのか、フェレはやや桜色になった頬をぷっと膨らませている。
「……ご飯は大好き。でも朝はいつも黒パン一切れ。わざわざ食べに行くのは、おカネがかかるから」
「やっぱりそこか。だけどなフェレ。同じ栄養をとるんだったら、夕食じゃなくて朝や昼にとった方がいいんだ。朝はしっかり食うのが基本なんだ」
「……そうなの?」
「肉やチーズなんかは動いた後にとるのがいいんだが、すぐエネルギーになるパンや麺なんかは朝や昼がいい。夜食うと太るぜ。まあフェレの体型なら、気にしなくてもいいみたいだが」
「……目がいやらしい……」
「そりゃ失礼」
―――ジロジロ見てるわけじゃないんだが。しかし随分会話が柔らかくなったな。いい傾向だ。
「いずれにしろ今日は身体を動かすぜ。文句言わずに朝飯を付き合えよ。おごりでいいから」
「……そんなら行く」
当面、三食面倒を見る覚悟を決めたファリドであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食後は目立たない場所を選んでトレーニングだ。型をちょっとだけ、あとは模擬刀を持たせ、ひたすらファリドの打ち込みを躱す練習をする。
「決して打ち合うなよ」
ついいつもの習慣で武器を合わせたくなるフェレを叱咤する。身体強化は使わせていない。
もともと身体が軽いフェレは、回避に専念すれば素の動きもなかなかのものだ。後方に飛びすさる動きは強化なしでも速い。左右への変化も、やや体勢を崩すことはあるが機敏だ。かなり本気を出さないとファリドも当てられない。
―――これはひょっとして、逸材かも知れないぞ。
「強化をちょっと使ってみろよ」
蒼い魔力の気配がフェレの全身から漂う。左右に飛ぶ速度と安定感が、まるで別の生き物のように増す。今度はファリドが全力で追い込んでも、模擬刀はかすりもしない。
「このくらいの強化だと、どのくらい持続できそうなんだ?」
「……一時間は大丈夫……だと思う。それ以上はわからない」
「大したもんだ。次は相手の攻撃を自分の刀で受け流す練習だな。こっちはちょっと慣れが必要だけどな」
「・・・うん」
「相手が打ち下ろして来たり、横に払って来たりする刀の軌道に、垂直方向からちょっと自分の刀を当ててやるだけさ。それだけで相手の刀の行き先はかなりそれる。力はいらないが速く当てるんだ。刃の部分じゃなく腹を使え」
「・・・やってみる」
こちらはそれほど上手くない。やはり相手の武器の軌道に「打ち合う」角度で武器を振るう習慣が染み付いている。
「これは短期では身につかないな。当面はとにかく回避で行こう。躱して躱して、スキを見つけて打ち込む、でいこうか」
「……上手くできなくてごめん」
「いやこんなの一日や二日で出来る方がおかしいんだ。よけたり飛んだりの方は信じられないほど優秀だぞ、フェレは」
「……」
またフェレの頰が桜色に染まる。
―――ほめられ慣れていないのかな。なんか全てに自信なさげなところが気になるよなあ。
「じゃあ、回避を基本として、俺のスキを狙って攻撃する実戦練習をするぞ。身体強化は速さだけを意識して使うこと。一撃で殺す必要はないんだからな、チョコチョコ当てるんだぜ」
「……うん」
―――素直……なんだろうなあ。これも結構楽しいかもなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
結論から言うと、まったくファリドはフェレに敵わなかった。
なかなか避けるのがうまいフェレについ燃えてしまい、後半は百%本気で当てに行ったはずだった。しかし、「避ける」意識に集中し、「適度な」強化を掛けたフェレはファリドの攻撃をすべて躱し、ファリドの振りが大きくなったのを見るや関節や首筋を狙って刀を振ってくる。さすがに急所には食らわなかったが、肘には当てられた。
「すごいな。実戦なら俺の負けだ。始めて一日や二日でこれなら、フェレは相当の使い手になれるぜ」
「……そうかな……」
―――こいつはほめられて伸びるタイプなのかな。
嬉しそうに桜色に頬を染めているフェレに、なぜか心暖まる気がするファリドであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
鍛錬を終えた二人は狩りに出る。
「昨日の成果は良かったけど、あれはラッキーだっただけさ。いいことはそう何度も無いと思うから、まあ気楽に行こう」
「……ん」
―――それにしてもこの口の重さは、やっぱり残念だよなあ。
ロバに荷車を引かせて昨日と同じ森へ。外縁部には化け猪と森狼くらいしか危険な動物がいないはずで、フェレの実戦練習としては丁度いいところだ。
ファリドは片刃のシャムシールと短弓。索敵能力はさっぱりのフェレを当てにせず、獲物探しは自分の役目と割り切っている。
「鹿……かな。右手の少し明るいあたりにいる、わかるか?」
「……ん、やっとわかった。どうすればいい?」
「鹿は近づけば逃げるからな……」
「……強化を使えば、鹿より速く……走れると思う」
「やってみるか?」
「……んっ……」
短い気合いとともに全身に蒼いオーラをまとうと、一瞬でフェレは加速する。雄鹿の角が気配に気づいて揺れるのと、フェレが追いつくのがほぼ同時。すかさず首筋に浴びせた一撃が多少不正確ながら動脈を断ち切り、血が噴き出す。
多量の血を失いつつもなお逃げようとする鹿は、鹿自身にとっては不幸な選択をして、ファリドのいる方角に走ってきた。ファリドが落ち着いて前脚に一撃。フェレが致命傷を与えているので、命の灯が消えるまでの短い間、逃がさなければいいのだ……毛皮に傷を付けないように。そして、ものの一、二分で鹿は息絶えた。
「これは美味しい獲物だな」
「……おカネになる?」
「角は製薬用に需要が高いし、肉は美味い。で、フェレが上手に狩ってくれたんで毛皮の胴体部分が無傷だろ。これもポイント高いぜ」
「……役に立った……んだよね」
またフェレが桜色になるのを微笑ましく眺めつつ、ファリドは手早く鹿の解体作業を行うのであった。
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