第2話 残念な追放魔女

 魔術師という職には、火だの氷だの攻撃魔法を繰り出す連中、強化だの弱体化だの補助が得意な奴、回復を専らとする者、とさまざまなタイプが存在する。しかし、それらのほとんどは前衛の陰から、距離を置いて術を掛けるものである、というのがファリドの、というよりこの世界の人々の一般的な理解であるのだが……


 このフェレシュテフは、前衛しかできないのだという。


 そして、ふとフェレシュテフの周囲を見まわすと、おそらくは彼女の主武器がカウンターの下に立て掛けられている。それを見てファリドは言葉を失った。


 明らかに鋼だけで出来ている棍棒。木製の棍棒に鉄鋲を打ち付けて殺傷力を増す武器はよく使われるが、これは鉄の生一本。一番太いところは直径十センチ弱ばかりもあり、長さは八十センチほどか。もちろん肉抜きはしてあるにしろ、人間族の女子に扱える代物ではない。


―――まさかこんなくそ重たい武器を使うのか?


 ファリドの視線が泳いでいるのを捉えたカシムがまた口を挟む。


「まあ、この嬢ちゃんは『残念な魔女』だからなあ」


「『残念な』ってどういうことだい?」


「嬢ちゃん、魔力だけは強いんだそうだが、術は身体強化しか使えないんだとよ」


「はぁ?」


 身体強化。対象者の膂力、速力と言った基礎体力を一時的にだが飛躍的に向上させる魔術だ。


 強化中はずっと魔力を供給する必要があるため極めて燃費が悪い術で、普通の魔術師は自分には使わず、せいぜい前衛の盾戦士に控えめな強度で掛けて生存率を上げてやる、という程度だ。しかしどうもこの女は自分を強化して、あの鬼が振るうような重量級棍棒を得物として戦うようだ。


「そうすると、俺と組んだらペア戦士の戦い方になるわけだなあ……」


「魔術師と聞いて坊主が期待したもんとは違うだろうが、それもありだろうさ。しかも俺の見るところ、今の戦い方が嬢ちゃんに最適とも思えんな。そこは坊主の頭で効率的に指導してやってくれることを、ギルドの底上げって観点で期待しているわけだな。せっかくの『軍師』なんだからなあ」


「『軍師』っていうのはやめてくれよ、カシム。う~ん、近接戦闘専門の魔術師殿か・・」


フェレシュテフは一言も発せず、話している二人をじとっと見つめている。今後の稼ぎを決めるパートナー選びという認識があるのかないのか、無料サービスの安い茶を、カップを両手で持って「赤ちゃん飲み」しながら、ぼぅっとした表情をこちらに向けている。


―――何を考えてんのか分かりにくい女だなあ。


さすがにファリドが水を向けてみる。


「で、俺でもあんたの相棒は務まりそうかい? なんか条件とかないのか?」


「……とにかくたくさん稼ぎたい。週休は一日以下で、あとは働いてくれるのが条件」


「いやさ、相棒に要求するスキルはないのかということなんだが」


「……二人になると受けられる依頼が増える。それだけで感謝」


―――要はどんな相手でもいいということか・・それで不人気の俺に、お鉢が回ってきたという寸法か……


「おっと坊主、嬢ちゃんのお相手は誰でもいいってわけじゃないんだぜ。俺がちゃんと考えて、坊主が最適というふうに判断したんだ。何しろ嬢ちゃんの戦い方は頭が悪い。賢い奴でなければその辺は変えられない、そういうことだ」


とカシムが危ないフォローをすれば、


「……本人のいる前で、頭悪いは無いと思う。命は惜しい……んだよね」


「おっと、今はまだ死にたくねえなあ。なんにしろ嬢ちゃんはこの坊主がお相手でもいいんだろ? 坊主も、もちろん文句ねえよな。あん?」


―――何が、もちろんなんだか。しかし俺にもあまり選択肢はないな。これを逃したらまたしばらくソロ稼業になるしなあ。ここはお試しでも、妥協しとくかなあ。


「わかった。お互いの戦い方にしろなんにしろ、わからないことだらけだが、今のところ文句はない。なあ、フェレ……シュテフさん。とりあえず一緒に昼飯食って基本的な情報交換してから、簡単な狩りをやってお互いのリズムを掴むことにしないか?」


「……フェレ、でいい。だけど昼ご飯は一人で食べて……午後集まろう」


「いや、いろいろ食いながら話すことがさ……」


「……おカネが……ない」


―――何? なんで週休一日で働いてる冒険者が昼飯代もないわけだ?


よっぽど無能なら・・いや、そうではないはずだ。フェレの肩には鷲をかたどった銅の肩章が三つ。ファリドと同数だ。すでに相当数の依頼を成功させているはずだ。もっともファリドはこの他に銀の肩章を、望まずして二つ持っているのだが。


「カネがないなら仕方ないわ、今日は俺のおごりだ。いいから飯に行こうぜ」


「……オゴリなら行く」


―――なんだ、こいつエサで釣れるのか。ひょっとしてチョロい女? それともワンコ?


 とはいえ、ファリドはカネには困っていない。とりあえずはこのワンコをエサで釣ることにしたのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇



「……おいしい……このガーリックバターのパン、お代わり欲しい」


「そんなもんでよかったら、いくらでもどうぞ、なんだが……」


 二人はこじゃれたカフェ風のテラスで昼食中だ。ファリドはアサリとバターを中心としたスープに、カリッと固めに焼き上げたパンを浸しては食っている。フェレは、ファリドの財布とわかった途端、さっそく昼からこってりと味付けした羊のロースト特盛りを遠慮なく頼み、二つめのパンを薄い唇にくわえつつニコニコと満足そうに摂っている。


―――さっきまでの無表情は何だったんだよ。まあエサで釣れるチョロい奴だな。


「さて、食いながらでいいから、ちょっと相互理解しようぜ」


「……(むぐむぐ)」


「まあいいや。フェレ、あんたトシ幾つだ? 何年冒険者やってる?」


「……(はむはむ)……ん、二十二歳。冒険者は十四歳からやってる」


―――え、そんな歳! 童顔にだまされた。てか俺とキャリア同等じゃん!


 フェレの見た目はハイティーン……まあ、肩章を三つも集めてるんだから、それなりの歳はいってないとおかしいわけだった。八年で三つというのは、多いとは言えないが。


「しかしなあ、銅鷲の肩章を三個も獲ってるんだから、フェレも一応普通に稼いでるんだよな。何で飯食うカネも無いんだ?」


「……」


「いや、すまん。言いにくいことなら言わなくてもいいんだが」


「……(はぐはぐ)……別に隠すようなことじゃないからいい……妹に、おカネがかかる」


 食う方に一生懸命で、ポツポツとしか出てこない言葉をざくっとまとめると、ようは妹が病気で、それもかなり不治の、進行はゆっくりだが着実に死に近づくという性質のものだと。普通の薬師や治癒魔術師ではまったく手に負えず、望みはカーティス教の高位聖職者による「カーティスの奇跡」だけ。


 「奇跡」の仕組みは教団外部の人間には全く知らされていないが、力のある司祭だか司教だかの聖職者がカーティス神に降臨を願うことで、死に掛けの人間もほぼ確実に治せるのだといい、実際に多くの人間を黄泉の淵から呼び戻した実績がある。宗教とは距離を置いているファリドも、この「奇跡」の存在だけは認めないわけにはいかない。


 但し相手は神様であるから、そうポンポンと呼び出せるものではないらしく、年に三十人前後限定という制約がある。当然その恩恵を受けるには、巨額のご寄進と、強力なコネが必要になる。コネがないと長い順番待ちとなるわけで、待っているうちに天に召されるというケースも、非常に多いという。


 かくしてフェレはここ数年、妹の人生に時間切れが訪れる前に、せめて順番待ちに並ぶために必要なカネを貯めるべく、粗食に耐えつつハードワークに勤しんできたというのだ。


「気持ちはわかるんだが……飯をケチって商売道具の体力落としてちゃいかんと思うぜ。フェレが死んだら元も子も無くなるんだからさ」


「……んむ……二人パーティなら少しは稼ぎやすくなると思う……し、今後は考える。そのスープ美味しそう、もういっこ頼んでいい?」


「はいはい、構わんよ」


―――遠慮しない奴だよなあ。初対面の男にこのタカり方とは、なかなか残念な女だな。


「あんた普段食堂に来ないで、何食ってるんだ?」


「……乾パンとか……おカネがある時は干魚とか……」


「それじゃ体力が続かねえだろ、特に魔力は肉とか食わねえと回復しにくいはずだろ」


「……おカネが……」


「わかったわかった、食ったら狩りにいくぞ」


―――これは当分、俺が食わしてやらないといけないのか??

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