残念な追放魔女を育成したら めちゃくちゃ懐かれてます

街のぶーらんじぇりー

第一部 フェレシュテフとファリド

第1話 出会い

 背丈が二倍ほどもあろうかという巨大な牛頭の魔物に、片刃の曲刀シャムシール一本で挑む若い女。見た目は少女と言っても良い。


 素早く斬り付け、次の瞬間には引くその速度は驚嘆すべきレベルだ。そして女が動くたび、頭頂部と先端部がモルフォ蝶の翅の如き不思議な青みを帯びたナチュラルボブの黒髪がさらっと広がるさまは、舞いを見ているような錯覚を与える。


 細かい傷を全身に受けて魔物が倒れると、空から有翼の猿が数体襲ってきた。女が掌を向け短い気合を入れると、猿どもは急に苦しみだし、次々と落下してくる。女が魔物に止めを刺してゆく。


「う~ん、これじゃ俺がやること、ないよなあ」


 離れた場所から女を見守っていた若い男がつぶやく。


「まあ、美味いものでも食わせてやれば、いいか……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 春の陽光が、ペルシア風の彩色煉瓦アーチを柔らかく照らす、さわやかな午前。冒険者と言う名の自由業者であるファリドは、久し振りに紹介されることになっているパーティメンバー候補と会うため、ポプラと石畳の並木道をギルドに向かって歩いていた。


 そろそろパートナーを見つけないと、冒険者らしい仕事ができず、カンが鈍ってしまう。危険の伴うミッションに、背中を守る者を連れずに単独で挑むのはただの無鉄砲であるから。もちろんギルドの紹介する依頼には単独で可能なものも多いが、おおむねそういうものは「冒険」としての面白味が少ない。


 ファリドはここ三年ほど、夫が戦士で妻が魔術師という中年夫婦冒険者と三人パーティを組んでいた。鷹揚な性格の二人とは息もあって順調に稼いでいたつもりだったが、ちょっとした不注意から夫が脚に重傷を負い、夫婦はここが潮時と冒険者を引退。長年貯めた資金を元手に宿屋を始めることとなった。残ったファリドは新しい仲間を求めてきたが、彼の特殊なクラスの影響が大きく、なかなか組んでくれるパートナーも、入れてくれるパーティも見つからないのだった。


 イスファハン王国で王都、副都に次ぐ「三都」と呼ばれる都市アズナ、そのギルドは街の中心街にある。


 ファリドは業務依頼の掲示板や、食堂とバースペースを通り抜け、奥にある個別相談カウンターに……俗に「追放窓口」と呼ばれているが……向かう。


 ここは引退した有力冒険者が職員として現役の相談に乗り、個人に合った依頼の選び方やら能力開発の方向性やらを指南する場所だ。実際には、所属するパーティにマッチせず追い出された冒険者の「再就職」相談が一番の業務になっている。ファリドにとっては、多少実力はアレでも、ヤル気はあるソロ冒険者を捕まえるチャンスだ。かねてより「当てにせず」紹介依頼を出していたが、ようやく条件に合った相手があると呼び出されたというわけだ。


 担当のギルド職員はカシムという名の四十代後半の全面ハゲ。最近はすっかり腹も出た冴えない親父だが、現役時代は金の肩章を三つ持っていたスゴ腕冒険者だったと聞いている。


「おおファリドの坊主、やっと来たか、お相手はもうお待ちかねだ」


―――時間には遅れちゃいないと思うのだがな。


 ファリドの不満そうな顔を見てニヤリと笑って、カシムは続ける。


「まあそんな顔をするな。今回は特別サービスで、魔術師をご紹介だ」


―――なんと、魔術師か。組めたらラッキーだが?


「それは実に有難いんだが。しかしどこでも引っ張りだこの魔術師さんが、何で俺みたいなあぶれ者と組んでくれるんだ?」


 戦闘に堪えるレベルの魔術師は、この世界でもそれほど多くない。従って能力の高い魔術師は、望めばどこのパーティからも参加を歓迎されるはずで、あぶれ者と二人パーティなんか組む必要は、普通はないはずだ。あくまでも、普通ならば。


「親父さん、どういう裏があるんだい?」


「まあ、まずはお相手と話してからだわな」


―――絶対怪しいと思うがなあ・・。


 先客は・・ひとり。樫の厚板で造られたカウンターに寄りかかってファリドと反対側を向き、魔術師のトレードマークとも言うべき濃紺のローブを羽織った人物だ。


「さあ嬢ちゃん、ちょっと知恵の回る、役に立つ相棒を紹介するぜ」


―――嬢ちゃんだと?


 その人物がゆっくり魔術師ローブのフードを脱ぎながら振り向いた。


 現れたのは、ストレートの黒いロングヘア。硬質っぽい髪はおそらく本来ならば艶と輝きを持っているはずと見えるのだが、手入れゼロの上に旅塵にまみれて、くすんだ感じになっているのが残念だ。前髪もカットが面倒なのか伸び放題で、顔の上半分をほぼ覆い隠してしまっており、その眼さえ、こちらからはよく見えない。

 もっさりとした髪の隙間からのぞく頰から顎にかけては色白の小顔。小さめの鼻はつんととがっている。唇は小さく薄く、色も薄めだ。おそらく元は、ややクールだが整った顔なのではないかと想像するが、うっとうしい髪から受ける印象が強すぎて、全体がもっさりと見えてしまう。

 肌は手入れをしていないらしい割に張りがあるので、多分かなり若い女。年の頃は十八、いや十九くらいか、とファリドは判断する。


「俺はファルザームの子、ファリド。二十三歳で、この仕事は八年やっている。ギルドが勝手に軍師なんて職名を付けてくれているが、遊撃系の戦士と思ってくれればいい。あんたが魔術担当なら、それほど得意でもないが壁役もできると思う。まずはよろしく」


 一応相手が女性なら自己紹介は男からが礼儀であろうと、ファリドは先に名乗る。最初はシンプルでいい。どうせ話を詰める時間はお互い自由業なんだから、たっぷりとあるだろう。


 女もさすがに髪が目にかかってこちらの顔が見にくいのであろう、前髪を真ん中から右に払った。隠されていた瞳がのぞいて視線が合った瞬間、ファリドは思わず目を奪われた。


 濃紺、いや深い青色か。大きな眼……顔のパーツがみんな小さい中で、眼だけが大きく、目尻が心持ち上がって、その真ん中に、上質なラピスラズリのような瞳が自己主張している。魔力の強い者はその影響を外見にも受け、瞳が深い青色を呈することが多いが、彼女の瞳はひときわ印象が強い。いささかも濁りのない、つややかに輝く上級魔石がはまっているかのようで、見つめたら引き込まれそうな印象を与える。


「どうだ? 嬢ちゃんは残念ながら身なりに構わない性分みたいだが、磨けば光ると思うぜ。坊主もパートナーは美人がいいだろ?」とカシム。


「そういう意味のパートナーは、今募集してないね。要は俺と助け合って仕事してくれる意志と能力があるかどうかさ」


 正直なところ、パートナー候補が若い女というのは、後に面倒が起こる可能性が高く、決してファリドとしては嬉しくない。一生をともにしたいほどイイ女なら、そういう意味も含めてパートナーになってもいいわけだが、中途半端に意識する関係だと、肝心の本業で遠慮や配慮が必要になり、やりにくい。


「ま、そうお堅く構えんでもいいだろ。未来には無限の可能性があるわけだからな、坊主よ。まあ坊主を虜にするには、嬢ちゃんの努力とおっぱいが、ちと足りんかなあ」


「……ここで私を暴れさせたい?」


初めて女が口を開く。


「いやいや、若者同士仲良くして欲しいだけさね。それが俺の仕事だからなあ。ほれ嬢ちゃん、まずは自己紹介くらいせんかね」


「……フェレシュテフ」


―――おい、それだけかよ? これから一緒に仕事すんだぜ。


「う~ん、嬢ちゃんは口下手だのう」


「そう、みたいだな。じゃあ俺からいろいろ聞くぜ。フェレ……シュテフさん、あんた魔術師なんだよな。だったら、しっかりしたパーティーで後衛に入って、の方が活躍できるような気もするんだが、何で俺と組んでくれる気になったんだ?」


たっぷりファリドが五つ数えてからようやく返答がある。


「……前衛しか……できないから」


「はぁ?」


―――おい、意味がわからんぞ……

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