第9話:遠征軍

「聖女殿、王都では遠征軍が編成されているという。

 このままでは辺境の民が軍に蹂躙されてしまう。

 なぜ彼らには天罰が下らないのだ?」


 神殿長が無理無体な事を言います。

 孤児や難民が心配なのは分かりますが、もう少し冷静になって欲しいものです。

 独自の情報網を持っていて、逸早く王都の情報を手に入れるのには感心しますが、その情報も上手く使えなくては意味がありません。


「落ち着いてください、神殿長。

 王都は私の聖域ではありません、だからひと粒の実りもないのです。

 どのように愚かで残虐な事をしようとも、神に見捨てられた者には、天罰すら与えられる事はないのですよ」


「では、好き勝手やれるという事ではないか。

 そのような者がここにやってきたら、孤児や難民が虐殺されてしまう」


 やれ、やれ、理解力がないのか慌てているのか?

 忠勇兼備の将軍だったと聞いていたのですが、この様子を見ていると、万夫不当の豪将ではあっても、智謀を駆使する事はできなかったのでしょうね。

 神殿長には強く言って命令通り動かした方がいいかもしれません。


「いたずらに騒ぐでない、愚か者!

 それでも元将軍ですか、落ち着きなさい!

 自分で考える能力がないのなら、信用できる者の話を信じ命令に従いなさい。

 そんなに心配しなくても、私の聖域に入ったとたん、神の教えに背いている者には激烈な天罰が下ります。

 難民や孤児たちが耕している畑に入ったとたん、天罰で身体をズタズタに引き裂かれますから、何の心配もいりませんよ」


「しかし聖女様、それではここにいる者しか神様の加護を受けられません。

 辺境はとても広大で、多くの民が広く分かれて住んでします。

 その者たちが遠征軍に殺されてしまいます。

 どうか聖女様の力で、その者たちも救ってやってください!」


 やれ、やれ、困った神殿長です。

 自分の能力を遥かに超えた、慈愛の心を持っていますが、それでは駄目なのです。

 この弱肉強食の世界では、望みや理想は、自分の力でかなえるしかないのです。

 能力を超える望みや理想を持つ事は、愚かで傲慢でしかないのです。

 そして、誰かに自分の望みや理想を押し付けるのは、身勝手でしかありません。


「愚か者!

 この世界では、自分の身は自分で護るしかないのです。

 自分で自分を護れない者は、対価を払って誰かに護ってもらうしかないのです。

 対価も払わず、命を護ってくれというのは、身勝手傲慢の極みです。

 他人を護るために命をかけて戦へと、何所の誰が強要できるというのですか!

 少しは物を考えて話しなさい、この大馬鹿者が!」

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