第25話「キスから始まる冒険譚」

 突然舞い降りた巨大な暗黒龍、それは先ほどのドラゴンと比較にならない濃密なオーラを身にまとっていた。例えるなら、赤子と大人……いや、羽虫と神々といっても良い。


 暗黒龍は闇夜よりも黒く、全身からゆらゆらとした紫の何かを放っている。全長はおよそ100メートル、今まで気が付かなかったのが可笑しいレベルだ。



「なんだあ此奴……」

「ちょっちこれは厄介だね~」

「む、まだいたなんて」

「貴方たち、ボサっとしている暇はありませんよ。同じドラゴンとはいえ、大きさが段違いです。気を引き締めないと足をすくわれるかもしれませんよ」


 急に現れたそれに対しても、氷魔姫たちはそんなに慌てている様子もない。傍から見れば、もの凄く頼もしいことだろう。しかし、彼女たちは気が付いていない。あれは決してドラゴンなんて生易しい物じゃない。災厄の暗黒龍であるということに。


 暗黒龍は氷魔姫たちを一瞥すると、紫の何かの放出が収まった。あれは間違いない、まるで新しいおもちゃを発見して喜んでいるような目だ。


「デカいだけじゃ只の的だぜ。冥土の土産に私のとっておきを見せてやるよ! はぁぁぁぁっ‼」


 フミは大盾を全力で宙に向かって放り投げた。

 それはどんどん上昇し、暗黒龍の身長よりもさらに高く舞い上がった。


超重力スーパーグラビティ‼」


 フミの能力により、暗黒龍の周囲だけ明らかに歪んでいた。


「はは、今この場は俺の能力によって重力が100倍になっている。普通なら立っていることすらもままならないのによく耐えられるな。だが動くことはできないだろ?」


 重力が100倍、それは立っているのもままならないというレベルではない。普通であれば押しつぶされ、内臓全てを吐き出すレベルだ。

 そんな中を、フミは平然と歩みを進めていた。


「この空間では私だけは普通に動き回れるんだよ。それだけじゃねぇ、私の力はこの空間内に限り100倍に上昇するんだ。骨が砕けるだけで済めばいいが、耐えられるものなら耐えてみやがれ。マッハインパクト‼」


 フミは跳躍し、暗黒龍の足へ向かって、全力で拳を繰り出した。


 バキバキッ


 骨の砕ける音が、遠くにいる俺たちのところまで響いてきた。


「GURU?」

「ちぃっ……レナ! シズカ‼」


 確かにフミの宣言通り骨は砕けた。しかし、それは暗黒龍の骨ではない。攻撃を繰り出したフミ自体の腕の骨がバキバキに折れており、所々皮膚を突き破っていた。


 フミはすぐさまその場を飛びのき、入れ替わりでレナが攻撃を仕掛ける。しかし、あのドラゴンならまだしも、この暗黒龍に向かって先ほどと同じような攻撃が役に立つとは到底思えない。


「回復!」


 シズカの支援により、フミの腕は直ぐに元通りになった。


 レナと入れ替わる瞬間、フミはレシーブする時の様に腕を前に組んで腰を落とした。


「フミ、1、2の3ね!」

「了解、1,2の3‼」


 そうして、タイミングを見計らい、レナがフミの拳に足を乗せた瞬間、レナは跳躍、フミは力いっぱい上空に向かって腕を振り上げた。

 そのまま、レナは先ほどの盾と同じように空高く舞い上がる。そして、暗黒龍の頭上まで到達すると、両手を下へと向けた。


 あのまま落ちれば、レナも重力場の餌食となり無事じゃすまない。一体どうするつもりなのだろうか。


召喚サモン断罪コンヴィクションソード


 レナが言葉を発すると同時に、ゴーンゴーンと大きな鐘が鳴る音が聞こえた。そして、それと同時にレナが手をかざした場所を中心に、巨大な異空間が姿を現した。


 鐘の鳴る音はどんどん大きくなる。それに合わせて異空間から全長50メートル程の巨大な剣がゆっくりと姿を現した。

 

 その剣身には幾重もの文様が刻まれており、剣身と鍔との間には天使と悪魔の像が彫刻されている。そして、柄には巨大なアイアンチェーンが巻き付いていた。 


 言葉が出ない、こんな状況でなければ素直に感激していただろう。それほどまでに美しい、剣であった。


 しかし、これだけで終わりではない。悪魔と天使の像の口が開いたかと思えば、双方から言葉が発せられた。


『オ主ノ生ハ、悪カ善カ。我々ガ見定メヨウ』

『悪ならば、凄惨な死を。善ならば安らかな死を』


 古代魔道具の中には、話が出来る武器もあると聞いたことがある。この剣も、似たようなものなのだろうか?

 

「はは、姫の次に強いのは間違いなくレナだな」

「私の魔法に似てる。あの剣少しいけ好かない。でも、強さだけは認めないわけにはいかない」

「本気を出せば3級も夢じゃないでしょうに、本人の性格上真面目に取り組まないのが玉に瑕ですわね」


 あの3人はアレが暗黒龍を滅ぼすと殆ど確信しているのだろう。そうじゃなければ、ああも余裕ぶって見ていられないはずだ。

 

 レナは巻き込まれないように柄を蹴飛ばし、氷魔姫たちの元へと帰還した。


「お疲れさま」

「あーつかれたっすー。あれ召喚するのに体力大分持っていかれるんっすよねー」


 当のレナも、既に決着はついたと言わんばかりの態度だ。


 断罪の剣の柄に巻き付いていたチェーンが暗黒龍へ向かって伸び、その四肢を固定する。


『『ジャジメント‼』』


 そして、剣身から黒と白の炎を纏い、暗黒龍の胸元目掛けて下降した。そのまま、重力場へ突入するとさらに剣は加速する。暗黒龍に避ける時間はもうない。


「GURUaaaaaa!」


 轟音と共に巻き上がる砂埃、それは暗黒龍の姿を覆い隠しているが、その絶叫から大きな傷を与えたのは間違いない。


「ちっ美味しいところ持っていきやがってよ」

「残念、私の出番無かった」

「ああ、姫っちすねないでよ~」

「取りあえず、ギルドへ報告して報酬を上乗せしてもらわないとですね」


 そう、倒したと誰しも思うだろう。だけども、俺には確信がある。奴は間違いなく生きている。あんな演技のような鳴き声に騙されるはずもない。


『そ、ん、な……』

『バカ……ナ……』


 砂埃が晴れると、案の定そこには無傷で佇む暗黒龍と、破壊されつくした断罪の剣の残骸があった。悪魔と天使の像はかつての美しい相貌は無く、苦痛で歪んだ表情のまま粒となって消滅した。


「マジかよ……」

「あ、ありえないっす……」


 暗黒龍は飽きたといわんばかりに大あくびをし、次はこちらの番だと彼女たちに向かって歩み始めた。


「させないっ、絶対零度アブソリュートゼロ‼」

「シズカ、予備の盾をよこせ!」


 流石としか言えない。念のためと準備していたのだろう。氷魔姫が咄嗟に呪文を唱えて一撃必殺の魔法を解き放つ。

 しかし、それは暗黒龍が再び解放した紫のオーラによって瞬時に霧散した。


「なぜ……!?」

「姫、私の後ろにいろ!」


 すかさずフミは、皆の盾にならんと一番前へと立ち塞がる。その間にシズカも全力で支援魔法を重ね掛けする。


「電光石火」、「神速」、「超堅固」、「金剛力」


 4つもの魔法を同時に且つ、全ての仲間にかけるのは流石4級ランクといったところだ。しかし、分が悪すぎる。


 暗黒龍の額に一筋の線が入り、それが開かれた。


 その瞬間、彼女たちは勿論、遠くにいる俺たちまでもその場に縫い留められた。


 額に出現した者の正体は魔眼、その目を見たものを支配するのではない。魔眼で見つめた対象を支配するのだ。

 つまりだ、俺たちの存在もやはりバレている。そりゃあそうだ、あそこまで規格外な魔物が俺たちごときに気が付かないはずも無かった。


「へ、へへっ、アレ? 可笑しいな、足が動かねぇ……動け! 動けよぉぉ‼」


 フミの足は完全に震えており、最早まともに立つことさえ儘ならない。


 そんなフミに向かって暗黒龍は指を弾いた。


「ガハッ」


 空気が圧縮された指弾、それは盾を粉砕し、フミを吹き飛ばした。


「フミッ‼ ゆ、許さねっす!」


 レナは玉砕覚悟で暗黒龍に向かっていった。その腕には一本の短剣が突き刺さっており、恐らく痛み刺激によって無理やり恐怖による支配を免れたのだろう。それでも並大抵の精神力では逃れられなかったはずだ。


召喚サモン:ノートゥング!」


 いつの間にかレナの両手には、柄にドラゴンの顔が装飾された巨大な両手剣が出現していた。


「はあぁぁぁぁぁぁ!」


 レナは暗黒龍の脛をめがけて剣を振りぬこうとした。しかし、それは悪手だ。彼女にはあの紫色の靄は見えていないのだろうか。


 剣が暗黒龍の靄に触れた瞬間、何かに侵食されるようにドロドロに溶けた。レナは危機を察知し、瞬時に剣を手放したが、剣だけでなく、右の人差し指もかすっていたようだ。


「えっ?」


 人差し指の肉が溶け、骨がむき出しになり、それは次第に広がっている。


「いやぁぁぁぁぁぁ」


 アレだけ深々と短剣を自分に突き刺しても声を上げなかった彼女の初めての絶叫。想像を絶する痛みがレナを襲っているのだろう。


 幸いにも、支援魔法はまだ有効であったようで、トップスピードでシズカの元へとレナは戻っていった。


 既に、シズカと氷魔姫も自分に短剣を突き刺し、いつも通りとはいかなくても、なんとか自分の意志で動けるようになっていた。


「イタイイタイイタイ! シ、シズ、おねっ」

「り、回復リカバリー!」


 シズカがレナの腕に向かって回復魔法を放つも、腕は元に戻る気配はない。そして、浸食も止まる様子は無い。


「イタイ、イタイよ!」

「回復、回復、回復……なんで、なんで治らないのですか!? 回復‼」


 どれだけ回復魔法を重ね掛けをしようにも、やはり改善は見られない。そんな時、傍で見ていた氷魔姫が動いた。


氷剣アイスソード、レナごめん」


 一瞬にして、氷魔姫はレナの右腕を肩から切り飛ばした。氷剣の効果なのか、切り離した断面は完全に凍っており、出血する様子もない。


「回復‼」


 汚染された腕を切り離したおかげか、再度放たれた回復魔法によって見事に切断面は塞がっていた。しかし、再度腕が生えてくるなんてことはない。


 そして、地面に落ちた腕は全てが溶けて消えていた。もし、氷魔姫が決断していなければ、レナ自身がああなっていたことだろう。

 しかし、精神的に大きなダメージを負ったのか、レナはその場に倒れ伏してしまった。残ったのはシズカと氷魔姫だけだ。


「くっ、姫に全て託します。『魔力譲渡マナトランスファー』」

「ん、引き受けた」


 シズカから青い光が迸り、氷魔姫の中へとそれは入っていく。すると、それはなんとも幻想的な光景であった。

 そうして、シズカも地べたに座りこみ、立っているのは氷魔姫だけとなった。


「全テハ凍ルガ道理、我ノ前デ動ク者ハ許サレン、氷の世界ニヴルヘイム!」


 氷魔姫の中心から氷の大地が広がっていく。それは徐々にという速度ではない。急速に視界を埋め尽くす大地全てが氷に覆われた。

 それだけではない。ハラハラと雪が降ってきたと思ったら次第に勢いは激しくなり、まるで極寒の北の大地の様に吹雪だした。


 流石にこの吹雪には瞬時に対応できないのか、暗黒龍の周囲は溶けては凍り、溶けては凍りを繰り返していた。


「今度こそ、これで終わり」


 氷魔姫は両手を空に掲げ、目を閉じた。恐らくこれが彼女の最大火力の攻撃になるのだろう。


 だけど……。


 彼女たちは真の冒険者といっても過言ではなかった。相手が遥か格上であっても、臆せず全身全霊を持って対応する。あまりの恐怖に逃げたくても逃げられなかったのかもしれない。それでも、自分に活を入れてまでも彼女たちは前進していた。


 それに加えて俺はどうだ。怯える相棒を安心させることもできない。それどころか、ただ遠くから彼女たちがやられるのをただ見ているだけだ。


 そんな俺と、彼女たちのどちらが生き残った方が有益だろうか。


 俺は短剣を取り出し、その太ももに勢いよく突き刺した。めちゃめちゃ痛い。


「ぐっ、イシス……すまん。お前は逃げてくれ」

「えっ? カミト?」


 俺だって別に死にたいわけじゃない。まだまだ生きてやりたいことは沢山ある。でも仕方がないじゃないか。勝手に体が動いてしまったのだから。

 俺が参戦したところで現状を打破できるとは思っていない。流石にこの惨状を見てそんな傲慢な考えは浮かびようがない。

 だからといってこれ以上指をくわえて見ているわけにもいかない。

 

 これはあれだ、トト達の仇をとってくれたお礼だ。もっと成長してからお礼するつもりだったのに、こんなに早く返せるタイミングが訪れるなんて思いもしなかった。

 

 イシスを振り返ることなく、俺は一直線に疾走した。



氷隕石アイスメテオオォォォォォ‼」


 再び開眼した氷魔姫は、天に向かって今まで聞いたことのない雄たけびを上げた。それだけこの魔法にかけているのだろう。


 暗黒龍の遥か上空から巨大な氷の塊が現れた。それは、暗黒龍の倍の質量はあろうかというほどの大きさだ。


 ゴォォォォォという轟音と共に、高速で暗黒龍に迫る。


 ここで初めて暗黒龍が反撃らしい反撃を繰り出した。


 上空に顔を向けた暗黒龍は、その顎を大きく開いた。そうして口の中で赤黒い光が集まったと思ったら、そのまま空に向かって光線が伸びた。そして、氷隕石にぶち当たった光線は中で爆ぜ、粉々にそれを吹き飛ばした。


「そん、な……」


 本当に全力を使い切ったのだろう。氷魔姫は手を地についており、起き上がる力も残っていないようだ。次第に吹雪は止み、氷に覆われた大地も徐々に溶けてきていた。


 最悪なことに、問題はそれだけではない。暗黒龍のブレスはまだ続いているということだ。


 暗黒龍は下種びた様子で氷魔姫を見た、それは、あからさまに彼女たちを狙っていた。

 氷魔姫もこれから起こることを理解したのだろう。


「あ、氷壁アイスウォール……」


 本来は壁として使う氷壁を大地から斜めに突き出し、既に意識のないレナ、フミ、シズカの3名を射線上から吹き飛ばした。

 しかし、それで完全に魔力が無くなったのだろう。当の本人を浮かすはずの氷は1㎝浮いた段階で動かなくなった。


 暗黒龍の目と、氷魔姫の目が合う。


「あっ……」


 そのギフトを頼りに、今まで様々な凶悪な魔物を屠ってきたのであろう。そして、今までは難なく生還してこれた。それは先ほどまでの彼女の態度を見れば良く分かる。

 彼女はこの時初めて、心の底から絶望を味わい、死という恐怖にさらされているのだろう。内股でぺたんと座り込んでいる彼女の周囲に黄色い染みが広がっていく。

 あんな毅然とした態度をとっていた彼女の目尻には一粒の涙が浮かんでいた。


 そのまま、暗黒龍は氷魔姫目掛けて顔を向けた。


「って、思い通りにさせるかよぉぉぉ‼」


 すんでの所で飛び込み、氷魔姫を抱きかかえたままゴロゴロと地面を転がる。そんな俺たちの脇すれすれを光線が通り過ぎて行った。


 その光線は直線上に通り抜け、遥か彼方まで突き進む。あの先に、村や町が無いことを祈るしか今の俺にはできない。


 その威力は正に世界を終わらすという言葉に相応しい。通り抜けた場所はまるで底が見えない。もしかしたら地底まで貫通しているのかもしれない。

 いやいや、もはやこの威力には笑うしかないな。


 俺は呆然としている氷魔姫に声をかける。


「ここは俺が引き受けた」

「あ、あなたは……」

「誰でもいいだろ、早く逃げろ」

「や、だめ、腰が……」


 ちっ、どうやら腰が抜けたようだ。だからといって今更見捨てるわけにもいかない。担いで逃げるなんてことは不可能だ。そうなると、奴の気を彼女たちから引き離すしかない。


「そういえば、あんた達はアレの紫のモヤモヤは見えていたのか?」

「も、モヤモヤ? なにそれ」


 やはりそうか。どうやら彼女たちにはアレが見えていなかったらしい。なんで俺が見えているのかは分からないが、都合がいいのには変わりない。

 

 こと、この暗黒龍に限っては、3級4級の彼女たちよりも、8級の俺の方がアドバンテージがあるってことだろう。

 

 はっ、良かったぜ一つでも自信が持てることがあって。そうやって自分を滾らせないとこんなのやってられないしな。

 

 俺が立ち上がると、暗黒龍は少し不機嫌そうな表情をしていた。そりゃそうだろう。せっかく仕留めようと思った獲物を横取りされたんだからな。


 いやほんとに、強者になればなるほど、驕り、無駄なプライドを持っている魔物が多い。だが、今はそのプライドに感謝しよう。お陰で挑発しやすいからな。

 奴からしたら、俺なんて邪魔な害虫位にしか思っていないだろう。その考えを改めさせてやる。


 両手に使い捨てのレイピアを構え、暗黒龍へ向かって全力疾走した。しかし、暗黒龍は動こうともしない。レナの時と同様に俺が自滅するとでも思っているのだろう。

 だがその考えは間違いだ!


 俺は暗黒龍の足元にたどり着いた瞬間、スライディングの要領で通り抜け、足の裏近くをチクリと突き刺す。勿論、こんな攻撃が効くなんて思っていない。だがしかし、矮小だと思っていた相手に例え効かないと分かっていても何度もチクチクされて、我慢できるかと言われたら話は別だ。


 それから幾度となく同じようにチクリチクリと攻撃を加える。


「GAAAA!!」


 お、いい感じだ。いい感じに苛立ち始めた。


 暗黒龍からしたら、俺がなぜ自滅しないのか不思議に思っていることだろう。でも、暗黒龍を覆っているオーラを可視化できている俺であれば、オーラのない所に攻撃を繰り出すのは容易だ。


 暗黒龍が身にまとうオーラは、例えどんなものであれ、消滅させるものだ。つまり、触れたら全て溶けて無くなってしまうということだ。

 そう考えると、問題が一つ出てくる。そりゃあそうだ、もしも本当に全てにオーラを纏っていたら歩けるはずもない。つまり、足の裏やその付近に限り、全くオーラが無いということだ。


 それならば、効くか効かないかは置いておいて、攻撃を暗黒龍に届かすことぐらいはこんな俺でも可能だ。


 お陰で暗黒龍の意識は完全に俺に向いており、氷魔姫たちと反対方向に暗黒龍を誘導することが出来た。こっちならば、例えブレスを吐かれたとしても彼女たちに当たる心配もない。


 しかし、そんな幼稚な戦法も長く続くことはなかった。


 ついに暗黒龍が動き出した。ちまちまやられてフラストレーションがたまったのだろう。フミにしたように指弾でも俺ならば簡単に倒すことが出来るはずなのに、奴は翼をはためかせて飛び上がった。


 そして、今度は足の裏も含めて余すところなく全身をそのオーラで覆いつくした。そうして暗黒龍の口に再び赤黒い光が収束している。


「ま、多少は頑張ったんじゃねーか俺」


 少なくとも、あの4人よりもこの暗黒龍を怒らせることは出来たと思う。


 あーあ、こんな短時間しか時間は稼げなかったけど、イシスは出来るだけ遠くに逃げれたかな?

 出来ることならトト達と同じ所に行けたらいいな。そしたら、今度は約束を守ってあげるんだ。


 暗黒龍は地上から俺に狙いをつけ、その光輝く顎を開けた。


 本当なら、もっと近づいてから使いたかった。これだけ離れていたら、当たる確率は低い。でも、やらないよりはマシだよな。


 そうして、葬り袋からあるものを取り出そうとした時、地上から六角棍が暗黒龍の下顎にぶち当たり、開いた顎を強制的に閉ざした。


 ボフンッ


 丁度光線を吐き出そうとしたタイミングで閉ざされたのだろう。光線は奴の口の中で爆ぜた。


「GRUAAAAAAAAAAAAAA!」


 奴にとって初めての被害といっていいだろう。流石の暗黒龍でも、自分の攻撃が効くらしい。それを知って俺はほっと胸をなでおろした。まだ可能性は0ではない。


 そしてなにより……


「さっきまであんなに震えていたくせに」

「カミトがあんな風に戦っているのを見て、私が逃げるわけにはいかないだろう?」


 暗黒龍に一撃を加えた伸縮重棍の持ち主、イシスの完全復活だ。


「カミトのどれだけやられようともあきらめの悪い姿、昔を思い出したよ」

「昔だって?」


 一体いつのことを言っているんだか


「実はカミトと出会ったのはギルト会館が初めてじゃないんだよね」

「え、俺は覚えていないぞ?」


 流石にイシスみたいなやつがいれば、忘れることは無いだろう。


「そりゃそうさ。私が一方的に見ていただけだからね。まあ、これ以上は宿に帰ったら話すよ」

「そこまでいってそれは酷くないか? 気になって死ぬにも死にきれないんだが」

「それなら頑張って生き残るしかないよね。カミトだってただでくたばるつもりはないんだろう?」

「もちろん」


 勿論奴を倒すための方法はあるさ。生きて帰れるかは別だけどな。

 それよりも、1つ疑問に思っていることがある。何で伸縮重棍は無事なのだろうか。


 少なくとも、先ほどまで俺が使用していた武器は、少しでもオーラに触れた瞬間跡形もなく消滅していた。それにも関わらず、奴に直撃した伸縮重棍は溶けることもなく無傷だ。

 考えられる可能性は二つ、それはこの伸縮重棍自体が暗黒龍のオーラを無効か出来るというもの。しかし、それの確率は正直低いと思っている。それよりも可能性が高いもう一つ。それは、イシスの魔力だ。


 暗黒龍は、闇の中の闇、つまり闇そのものだ。それに対して、イシスはいつもニコニコ、人当たりも良く、心優しい人間だ。ぶっちゃけていえば眩しい奴だ。つまり、イシスの眩しくてキラキラした光の魔力が暗黒龍のオーラと打ち消し合っているのではないだろうか。そう考えるのが一番しっくりくるな。


 まあ、でも正直なところどちらでもいい。奴に攻撃が届くと分かっただけでも上出来だ。


「GYAOOOOOOO‼」


 暗黒龍は頭を振って地上へ舞い降りた。その口に生えていたであろう牙は2本ほど消失している。口の中も所々ただれている様だ。

 それにしても偉いお怒りだな。その目は血走っており、相手も本気モードだ。


「それじゃあやるぞイシス」

「ああ」


 どちらともなく拳を突き出しコツンとぶつける。さーて、巨大なトカゲ野郎の討伐開始だ。


 俺はイシスと肩を並べて疾走する。


 イシスが伸縮重棍を限界一杯まで伸ばし、フルスイングする。巨体差により、普通ならイシスの方が飛ばされそうな気がするが、逆に腕に直撃を食らった暗黒龍の体が少しではあるが浮き上がった。


「おいおい、イシス力さらに増していないか?」

「そうだね、何だか以前よりも力が湧いているような気がするよ」


 イシスが急にパワーアップした理由。それは正直分からない。しかし、あの暗黒龍相手に拮抗できているんだ。今は別に考える必要もない。

 逆に暗黒龍は混乱しているだろう。なんせ遥かにデカい自分が、小さな人間に吹き飛ばされそうになっているんだから。


 俺はそのまま伸びた伸縮重棍の上を走り、跳躍。暗黒龍の顔面まで到達する。しかし、奴はやってきたのが俺だと分かると、焦ることもなく余裕そうだ。そりゃあそうだろう。なんせ今までの攻撃が今までだったからな。


 でも、イシスのお陰で思い出したよ。何があっても壊れないものを俺が所持しているということを。

 

「いけぇぇぇ、梯子クラッシュ!」


「GYAa!」


 まさか、暗黒龍は自分の肉体に届きうる武器がイシスの持っているもの以外に存在するなんて考えていなかったのだろう。トトお手製の梯子が無防備な暗黒龍の瞳に傷をつけた。

 これが、鱗のある場所であればダメージは全くなかっただろう。しかし、一番柔らかい組織である眼球だけは別だ。


 怯んだすきに、イシスが再び伸縮重棍を振るい、足元をすくった。

 バランスを崩した暗黒龍は、オーラを仕舞う隙も無く背後から地面に倒れ伏した。そしてそのまま沈んでいく。


 宙に放り投げられていた俺は、体を回転させながら地面を転がり、落下の衝撃を和らげる。何度も経験しているからこの着地方法はなれたもんだ。


 肩で息をする俺とイシス。正直体力はそろそろ空に近い。このまま戦闘を続けたところで終わりはすぐそこだ。そうなる前に後はうまく誘導するしかない。


 暗黒龍が沈んだ大地からにょきっと黒い腕が生え、体を持ち上げようとしていた。しかし、そんな隙を見逃すイシスではない。天高く真っ直ぐ伸ばした伸縮重棍を上段の構えから重力に従うようにそのまま一気に打ち下ろした。

 それは、這い上がろうとしていた暗黒龍の頭部に見事に的中し、再び地の底へと叩き落した。


「GYARURURURRURURU!!」


 おお、頭に血が上ってる上ってる。


 今度は暗黒龍は地中から光線を解き放ってきた。


「あぶねっ」

「流石にそんな単純に行かないね」

「ああ、そうだな。というか地中にいられた方が厄介だ。何処から光線が飛んでくるのか分からないのは対処に困る」


 これならまだ地上にいてくれた方が良い。


 今度は何も攻撃を加えずに暗黒龍が地上に出てくるのを待つ。


 イシスの一撃が効いていたのだろう。暗黒龍の歯がさらに1本粉砕されていた。

 

 暗黒龍は俺たちの姿を捉えるや否や、高速で俺たちの方へ突っ込んできた。咄嗟に体をかがめるが、その風圧により俺もイシスも吹き飛ばされた。

 

 すぐさま体勢を立て直すも、頭上に暗黒龍が陣取っていた。その距離はあまりに近い。


 先ずは俺を殺さんと、暗黒龍はその手を振り下ろしてきた。


「させないっ!」


 横合いからイシスが伸縮重棍を伸ばすことで、一瞬その拳を受け止める。その隙に俺は離脱してイシスの元へと向かう。今、イシスと別々になるのが一番まずいからだ。


 無理な体勢から放ったせいだろう、それにあの暗黒龍と何合も打ち合ってきた。いくらオーラが効かないからといって耐久自体は無敵ではない。ついに伸縮重棍にヒビが入ってしまった。良くて後1回しか使えないだろう。


「イシス、残り1回は俺の言うタイミングで使ってもらってもいいか?」

「ああ、カミトを信じるよ」


 再び暗黒龍は腕を振りかぶりラリアットの要領で俺たちに向かって突進してきた。


「伏せろっ」


 それを再び地面に伏せることでギリギリ躱す。


 しかし、追撃は直ぐにやってきた。暗黒龍も、急に伸縮重棍で攻撃しないことで気が付いたのだろう。その武器の限界に。


 暗黒龍が前転の要領で宙から一回転し、その尻尾を使って鞭のように振り下ろしてきた。


「イシス、今だ!」


 イシスが伸縮重棍そ伸ばし、真正面から受け止める。


 ピキピキピキッ


 一瞬だけ力は拮抗するも、伸縮重棍のヒビは全体に広がり、ついに粉砕された。思ったより早く粉砕されたことで、完全に尻尾の威力を殺しきれていない。これをしのげなければ俺たちの負けだ。


「まだまだぁっ!」


 俺は再び土ハシゴで尻尾を受け止める。しかし、真正面から受け止めるのではなく、斜めにそらすように力を流した。


 ドシーンッ


 完全には衝撃を受け流しきることが出来ずに俺はそのまま後ろへと倒れた。

 ふと横を見ると、暗黒龍の尻尾が目と鼻の先だ。正に危機一髪だ。

 

 俺は体を起こして少しでも尻尾と距離をとる。

 

 暗黒龍はそのまま追撃を加えることはせずに、俺たちの前にゆっくり降り立った。


 イシスの伸縮重棍も俺の土ハシゴももう既に無い。つまり、暗黒龍に対抗する武器はもう無い。


 暗黒龍は面白そうに顔をゆがめる。完全に俺たちに抗う術がないことを理解しているのだろう。そうして至近距離で口の中を赤黒く光らせる。所々抜けた牙から、その光が漏れ出ていた。


 やっぱりな、暗黒龍の今までの戦い方や、氷魔姫を光線で殺そうとしたことからもお前が俺たちを光線で殺すと思ったよ。

 なによりも、一回俺を光線で殺そうとして失敗している。無駄にプライドの高い暗黒龍ならそうすると思った。


 賭けは、俺の勝ちだ‼


「GYAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 暗黒龍が超至近距離で大きく口を開けた。


「お前の敗因はその無駄なプライドだ‼」


 光線なんかに固執せずになりふり構わず俺たちを殺そうとしていたのならとっくに俺たちは死んでいたと思うからな‼


 葬り袋から紅の指輪を取り出し装着する。

 

絶対反射防御イージスリフレクト‼」


 発動した瞬間、急速に俺の中から何かが吸い取られていった。

 

 『絶対反射防御』それは、術者の魂と引き換えに、どんな攻撃であろうと一瞬だけ確実に反射させる古代魔道具だ。

 オークがいた洞窟で偶然見つけた物であり、こんなもしもの時のために隠し持っていた。


 よかった、これでイシスや氷魔姫たちを救うことが出来る。

 だめだ、だんだん意識が遠のいていく。せめて、防ぐところを見届けるまでは意識よ保ってくれ。


 もはや立っているのは意地だ。

 そんな俺の背後から一つの腕が伸びてきた。


「やっぱり、そうだと思ったよ」


 背後から伸びる手、そんなものはこの場に一人しかいない。


「何してるんだイシス!」

「カミト忘れたのかい? 私も記憶能力は高いんだよ? カミトがこの指輪をギルドに提出していなかったことは知っていたよ」

「えっ」

「形は覚えていたからね。時間があるときに古代魔道具について様々な書物を読み漁ったさ」


 イシスは俺の手に自分の手を重ねる。


「ぐぅぅっ、なるほど、これはなかなか」

「放せイシス、お前も死ぬぞ!」

「その台詞は丸まる返すよ。それに、そんなボロボロの状態なら必要な供物は足りないかもしれないだろ? 私と2人分なら確実さ」

「イシス……お前って損な性分だな」

「それはカミトも一緒じゃないか? そっくりそのまま返すよ」

「フフッ」

「ハハッ」


 本当に俺の思った通りに動いてくれないやつだ。でもこんな奴だからこそ信頼できたし、一緒に冒険をしていても楽しかった。


「イシスに出会えて本当に良かったよ」

「私もだよカミト。今までありがとう」


 暗黒龍は何かに気が付き急いで光線を止めようとするも既に手遅れだ。


「「絶対反射防御イージスリフレクト‼」」


 俺たちの前に透明なシールドが形成される。それと同時に放たれた暗黒龍のブレスを見事に弾き返した。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 暗黒龍の絶叫が留まることなく響き渡る。


 ざまあみろ……。そうして俺は意識を手放した。



 

「ハッ」


 一瞬意識が飛んでいた。一体どうなったんだ!? ……いや違う、なんで俺は意識を保っているんだ!? 


「イシスッ!」


 隣を見ると、俺と同じようにイシスが横たわっていた。起き上がろうにも力が入らない。

 俺は何とか這いつくばってイシスの方へと向かった。


「よかった、どうやらまだ生きているようだ」


 うっすらではあるが、胸郭が上下に運動をしている。


 って、そういえば暗黒龍はどうなった!?


「GURU……GURU……」


 失っていた聴覚が次第に戻ると、弱弱しくはあるが暗黒龍の声が確かに聞こえてきた。


 恐る恐る振り返ると、左上半身を失ってもなお倒れずに奴は存在していた。

 

「くそっ、ここまでやってもまだ駄目なのかよ‼」

 

 地面には粉々に砕け散った絶対反射防御。もう同じ手は使えない。


 奴も俺がまだ生きていることに気が付いたのだろう。俺と目が合うと、その憎悪の瞳で俺を睨んでいた。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼」


 暗黒龍は天に向かって再び吠えた。すると、天に亀裂が生まれ、そこから暗黒龍に向かって闇が降ってきた。その闇は、暗黒龍の失った左上半身へ到達すると、ウヨウヨと動き――――何事も無かったような五体満足な暗黒龍がそこにはいた。


「マジかよ……」


 回復付きなんて聞いていない。


「GYAGYAGYA」

 

 暗黒龍は俺を馬鹿にするように笑いやがった。まるでお前がしてきたことは無駄だったと言わんばかりに。

 そうか、そうなのか。良く分かったよ。


 お前、知っていたか? 俺は今までギフトを使わずお前と戦っていたんだぜ?


 お前、知っているか? 俺のギフトは男とキスすることで発動できるんだぜ?


 黒龍は最早光線に拘っていない。憎き俺たちを踏みつぶそうと足を持ち上げた。正直多少能力が向上したところでどうせ倒すことはできないだろう。でもせめて、死ぬまでにもう何度か奴をイラつかせてやるさ。


 はあ、俺今までキスなんかしたことが無かったんだ。ファーストキスは女の子が良かった。可愛い可愛い女の子が良かった。

 イシスはどうせとっくに済ませているんだろうな。

 そうだ、イシスはどうせファーストキスは既に経験済みだろう。だってあんなに女子にモテモテだったんだ。今までやる機会なんて沢山あっただろう。

 そうなると多少は罪悪感が薄れる。うん、一番傷つくのは俺だ。なにより、イシスはいま意識を失っている。俺が口外しない限り分からないだろう。


 安心しろ! この秘密は墓場まで持って行ってやるよ‼


「すまん、イシス」


 出来るだけイシスを意識しないで済むように目を閉じる。そうして俺はイシスと唇を重ねた。

 

 うわっ、こんなに柔らかったのか……って違う違う。そうだ、濃厚だともっといいっていう条件だったな。ここまで来たらどうせ一緒だ、俺は舌も絡めながらキスを続けた。


「んっ……ん!? んーんー‼」


 あれ、可笑しい、幻聴なのだろうか。どこからか可愛い女の子の声が聞こえてくる。


「んんーんー‼」


 そうか、男とキスをするっていう現実から逃避するために脳が勝手に作り出したのか。人間って都合よくできているんだな。


「んーんー、んーんーんー!」


 何かが俺の胸板をポカポカと叩いてくる。誰だおれを叩くのは。邪魔をしないでもらいたい。邪魔を……俺を叩いている? この状況で俺を叩く人物といえば誰だ?

 暗黒龍か? いやいや、奴が叩いたらこんなポカポカじゃあ済まないだろう。


 というか一人しかいないじゃないか!


「すまん、イシ――ス?」


 どうしてだろう。俺は身も心も完璧な金髪爽やかイケメンとキスしていたはずだ。それなのに、いま俺が抱えているのはどこからどう見ても可憐な少女だ。


 腰まで伸びた絹のようなサラサラとした髪の毛、小顔でそのうるんだ瞳はクリクリとしており、キラキラと宝石みたいに輝いている。そして、今まで俺が口をつけていたであろう場所は、ピンク色の瑞々しく可愛らしい小さなお口だ。その頬は朱に染まっている。

 そして何より、胸部にはたわわに実った果実が二つ付いていた。


「えーっとイシスさん?」

「うん……その、イシスです」


 なるほどなるほど、目の前の彼女はイシスであると。うんうん良く分かったとも。


「それで、もしかしなくてもイシスって……女性」

「うっ……そう……です。元々女の子、でした」


 イシスが女の子。そうか、イシスは女の子だったのか。


「それで、俺がキスしたイシスは一体何処に?」

「うう、だからそれは……私、です」


 そうかそうか、これは――やっちまったかもしれない。


「GYAAAAAA!」

「うるせえ、こっちは今立て込んでるんだ‼」


 上から降ってきた何かの足を殴り飛ばす。すると、それは大した抵抗もなくどこかへ飛んで行った。


 いや、そんなことはどうでもいい。俺は……俺というやつはうら若き乙女の唇を無理やり奪ってしまった。


「申し訳ありませんでした」


 すかさず土下座を決め込む。これは100%俺が悪い。許してもらえないかもしれないが、それでも頭を下げるしかない。


「あの、べ、別に嫌じゃなかったから……」

「あへぇ?」


 おっと、思わず気の抜けた声が出てしまった。


「でも、その、もう少し雰囲気というか……時と場所というか……」


 え、なに? つまり、俺は別に嫌われていない?


「GYAOOOOO」

「だからうるさいって!」


 俺は横合いから飛んできた何かを再び殴り飛ばした。


「って、カミト、その力……」

「あっ……」


 俺は何のためにイシスにキスをしたのか思い出した。先ほどまで立つのも困難だったのに、今は嘘のように体が軽い。

 そういえば暗黒龍は何処に行ったんだ!?


 周囲を見渡すと暗黒龍は地面に逆さまに墜落していた。何をしているのだろうか?


「いや、カミトが、殴り飛ばしたんだよ?」

「えっ?」


 そういえば、さっきから飛んできた何かを無意識に殴っていたような気がする。それが暗黒龍だったのか。


 でもそれは当然だろう。


 男っていうものは可愛い女の子の前ならいくらでもカッコつけられるし、普段は出ない謎の力も出るってもんんだ‼


「その、私はカミトを信じてる。頑張って」

「ああ、今度こそ任せろ!」


 可愛い、とにかく可愛い。もう可愛い以外の言葉が思いつかない。ふつうにしている顔も可愛いし、恥じらう顔も可愛い、少し拗ねたような表情も可愛かったし、小首をかしげる表情も可愛かった。


 こんな可愛い女の子を不安にさせる存在はどこのどいつだ?


 暗黒龍は起き上がり、俺に向かって次は光線を撃とうとしてきた。いまこっちにあんなのが撃ち込まれたらイシスに当たる。

 そんなことが許されるわけがない。


「イシスに当たったらどうするんだよおめぇぇぇ‼」


 一瞬で暗黒龍に距離を詰め、下顎目掛けて拳を突き上げる。そんな全力で飛んだつもりもないのに、暗黒龍の顎にぶち当てるだけでは勢いは止まらず、そのまま暗黒龍の巨体は100メートル以上宙を舞った。

 そのまま宙で暗黒龍の口の中が再び爆ぜる。なんて自爆が好きな野郎だ。


 そういえば、オーラにめちゃめちゃ触れているのに全く平気だな。結局このオーラは何だったのだろうか?


 暗黒龍は完全にキレたのか、口の中から色々なものを垂れ流しつつ、俺に向かって拳を繰り出してきた。

 それを俺は手のひらで受け止める。そしてそのまま受け止めた指に力を入れ、暗黒龍の拳に俺の指を食い込ませる。そしてそのまま巨体を地面へと打ち付けた。


「ふんっ」

「GYAッ」

 

 なるほど、オーラを纏っていても、勢いよく打ち付ければ溶ける真もなく地面に打ち付けることが出来たのか。ひとつ暗黒龍について賢くなった。

 

 流石にこれは堪らないと、暗黒龍は羽を広げて空高くへと逃げた。そして暗黒龍の姿が見えなくなったと思ったら、空から赤黒い光線が降り注いだ。


 なるほど、つまりあの直線状にいるってことだな。


「だから危ねえだろっ‼」


 俺は降り注ぐ光線に向かって拳圧を放った。それは光線の中を裂けて進む。


「gyaaaaa」


お、かすかながら悲鳴が聞こえたってことはきっと攻撃が届いたんだろう。いや、俺凄くない? これ絶対副作用あるやつじゃん。書いてないだけで間違いなく副作用あるやつじゃん。


 それにしても、上まで上がられるのは厄介だな。なんていうか、あの羽が邪魔だ。


 再び恐らく暗黒龍がいるであろう所へ向かって無数の拳圧を放った。


 それからしばらくすると、意識を失っているのか、ダメージのせいなのかは分からないが暗黒龍が空高くから落ちてきた。


 ズドォォォン!


 地面へと激突する暗黒龍、どうやら今はオーラが出て着ない様子だ。良く見ると、暗黒龍の目は閉じており意識を失っている事が分かる。


 なるほど、意識を失うとオーラは消えると。


 それはそうと、邪魔なものは取り除かなければならない。俺は意識を失ったままの暗黒龍の背に伸ぼり、翼の付け根を握って思いっきり引っ張った。


「GAPAIDUU!」

 

 どうやら意識を取り戻したようだ。だがしかし、余りの痛みに最早何を言っているか分からない。のたうち回る暗黒龍に振り落とされないように俺はもう片方の翼の付け根に掴まり、先ほどと同じように引きちぎった。これでもう飛べないだろう。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!」


 暗黒龍は思わず、再び虚空へ向かって雄たけびを上げた。すると、再び天に亀裂が入り、暗黒龍に向かって闇が落ちた。

 すると、先ほど無くなったはずの翼が再度生える。これは完全な堂々巡りだ。あの天の亀裂をどうにかしないと永遠に暗黒龍と戦い続けなければならないことになる。それは御免だ。


 それに、俺のギフトは何だった?


『男とキスをすると数分の間能力がめっちゃ上がる!! 濃厚であれば尚よし!!』


 そう、俺の能力が上がるのはわずか数分だけだ。俺がイシスとキスしてからどれだけの時間が経っただろうか。

 長期戦になり、この力が失われたら今度こそ終わりだ。


「はぁぁぁぁっ!」


 そうなれば、短期決戦、速攻だ。


 俺は光の速さで暗黒龍を打ちのめし、そのどでっ腹に無数の穴をあけた。


「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!」


 再三虚空へ向かって叫ぶ暗黒龍、奴の回復は無尽蔵なのか。となれば、闇が落ちる前にあの亀裂を何とかしなければならない。かといって流石に拳1つではどうしようもない。


ってそうだよ、さっきからなんで俺は拳1つで戦っているのだろうか。俺は別にファイターではない。これでも一応剣士のつもりだ。


 俺はこの力の使い方を知っているはずだ。


 目を閉じ、俺の中に流れる力の正体を探る。


 集中して俺の奥底に眠るものを探す。


 そうか、このちからはそういうことだったのか。俺の体の中には自身の魔力だけではなく、神々の魔力が宿っていた。

 今出ているこの力はその神々の魔力によるものだ。しかし、それを俺は上手に使いこなせていない。こんなの、ただただ垂れ流しにしているだけだ。本来の使い方はそうではない。


 両手に集中して力を集める。


「GURUッ」


 そうか、暗黒龍であるお前にもきちんと畏怖という感情は存在していたのか。思わず一歩足を下げているぞ?


 俺は地上を蹴り、闇が再度暗黒龍へ落ちる前に虚空に現れた亀裂に向かって腕を振るう。その手に握られているのは黄金の一振りの剣だ。


 亀裂の中に切り傷をつけた後、最初は小さな連鎖だった。しかし、それは連鎖に連鎖を重ね、次第に大きな轟音が鳴り響く。そして、亀裂の中にあるすべての闇が消失した時、亀裂はガラスの様に音を立てて弾け飛んだ。


「GYAAAAAAAAAAAAA!」


 暗黒龍は俺の剣が完成したのを見た瞬間、超特急で上空へ逃げた。今度は先ほどまでとは違い、完全にこの場から逃げるための飛行だ。最早、暗黒龍の頭の中に俺を攻撃するという選択肢は残っていない。

 確かに賢い判断ではある。今の俺に暗黒龍であるお前は勝てない。しかし、俺が力を失うその時まで逃げきれればお前の勝ちだ。


 だが、残念だその行動に移るには既に時遅かった。


 俺は今まで見たことある天使の姿を思い浮かべ、背中に疑似の羽を作り出す。本来は無い羽根であるが、それは元々俺についていたかのように既になじんでおり、使い方も理解できている。


「イシス、ちょっと行ってくる」


 ずっと俺の戦いを見守ってくれていたイシスに一言つげ、俺は一気に空へ飛びあがった。


「うん、決着をつけてきて」



 初速からトップスピードで飛び上がった俺は暗黒龍を追いかける。奴も必死に逃げているのであろうが、俺の方が圧倒的に早い。


 俺が近づいてきたのが見えたのであろう、暗黒龍は後ろに向かって必死に光線を吐き続ける。しかし、俺は片手に握っている剣でそのこと如くを砕く。俺に攻撃が当たることはない。

  そして、俺の攻撃がお前に届かないわけはない。


「つかまえ……った!」


 俺は暗黒龍の尻尾を掴むと、真下に見える森林に向かって勢いよく投げ飛ばした。何処まで飛んだのかは分からないが、幸いにも周囲に村や町は見当たらない。ここでなら思う存分力を発揮できるだろう。


 森の中央にあおむけに倒れた暗黒龍。俺は奴が逃げられないように尻尾の上に飛び乗った。そして、神々の魔力を真下に放出し、尻尾を大地に縫い付ける。


 今度こそ本当にこれで終わりだ。


 暗黒龍を滅ぼすためには一瞬で全ての細胞を消滅させなければならない。少しでも残っていたら、それから復活する可能性もある。

 もう、二度とこいつを復活させるわけにはいかない。


 俺は頭上に剣を掲げる。その剣は俺の中にある神々の魔力を際限なく吸い上げ徐々に巨大になっていく。


「GYAッ! GYAAAAA!! GYAOOOOOOOOOOOO!」


 どれだけ体を捻じろうとも、顔をそむけようとも、最早お前は逃げきれない。


 俺の中の神々の魔力を吸いつくした剣は、既に暗黒龍の全長を超えていた。しかし、それだけではまだ足りない。

 この世界には様々なものに神々の魔力が宿っている。それらも全て集約だ。


 この世界のあらゆるところから、俺の掲げる剣に向かて黄金の光が集まってくる。その光景はとても綺麗であり、イシスにも見せてあげたい光景だ。


 そうこうしているうちに、剣は暗黒龍の3倍は優に越していた。


「二度と俺たちの前に現れるな」


 俺は目の前の哀れな龍に狙いを定める。


「全てを滅せよドラゴンスレイヤー‼」


 剣の名を決めると、一際輝いたそれを全力で振り下ろす。


「GYAAAAaaaaaaaaaaa――――」


 周囲が白い閃光に染まる。


 こうして地図上から大森林が一瞬にして消え去った。








 いや、俺としてもこんなことになるとは思いもしなかった。


 すっかり忘れていた。


 ここは何処なのか、どれだけ離れているのか。


 どの方向に進めば正解なのか。


 幸いだったのは、葬り袋を所持していたことだろうか。


 お陰でお金に困ることはなかった。


 道中で人助けなのもしたが、それはまた別の話だ。


 ああ、懐かしい門番が見える。

 

 懐かしい街並み


 懐かしい食事処


 懐かしい宿屋


 ここまで来るのにどれだけの歳月を要しただろうか。


 それでも俺は君に会うために諦めなかった。


 だから俺はこう言おう。


「ただいまイシス」

「お帰りなさいカミト、必ず勝つって信じていたよ!」


 こうして再び運命の相手と俺は巡り合うことが出来た。


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