第24話「少年、絶望し、羨望し、絶望す」
あの激闘から数か月、俺たちは選別の森で7級ランク相当の魔物を相手取っていた。どの魔物もなかなかの手強さではあったが、あの激闘に比べたら可愛いものだ。資金に関しても、葬り袋のお陰で数年は何もしなくても充分な額を貯蓄することが出来ている。
それに、このままいけば3か月もたたないうちに7級ランクへ昇級できると受付嬢のお墨付きをもらえた。まさに順風満帆だ。イシスとは、5級まで昇級出来たら旅に出ようと話をしている。最悪、他国へ行かないといけない可能性もあるため、やはりある程度の実力は必要だからだ。
いつものように、依頼を受けるために朝早くからギルドへと向かった。
「今日はどれにする?」
「そうだね、私的には素早い魔物が相手が良いかな」
以前は倒しやすい魔物から選んでいたのだが、一通り7級ランク相当の魔物は討伐し終えたため、今では各々の能力を伸ばすための訓練として適した魔物を選ぶようにしていた。
「それじゃあ今日はこれに――――」
「大変だ‼」
今日もいつもと変わらない日々が過ぎると思っていた。しかし、人生はそんな甘いものじゃなかった。
「ド、ドラゴンが出た‼」
報告に来た職員は息も絶え絶えといった感じだ。
「ドラゴンだって?」
「どこに出現したんだ! この町の近くじゃないよな!?」
「やばい、少しでも遠くに避難しないと‼」
ドラゴン、それは3級ランク相当の厄災をもたらす魔物だ。普段は人里離れた遠い大陸に生息しているが、稀に人里へ降りてくることがある。その際、どれもこれも町の一つや二つは消し炭にしているという前例がある。
ドラゴンの全長は15メートルを優に超える。その性格は気まぐれで、残虐的、好戦的といわれており、どこかのオークを彷彿とさせる。しかし、オークとの違いはその圧倒的な強さだ。パワーは勿論、多彩な魔法を使いこなし、鱗に覆われた体には生半可な攻撃は通じない。そのため、純粋な物理的な攻撃は殆ど効かないといわれている。魔法を使えない今の俺では傷1つつけることも叶わないだろう。
あれだけ苦労して倒したストロングオークであっても、ドラゴンにとっては羽虫のような存在だ。
突然降ってわいた凶報にギルド内は喧噪に包まれていた。
しかし、そんな空間に一際鋭い声が響き渡った。
「落ち着きなさい‼」
その声は、俺にとっては聞きなれた声。いつも俺たちを担当してくれている受付嬢だ。そんな受付嬢の一喝によって、ギルドホールは静まり返った。
「ぎ、ギルド長」
「マルク、正確に報告しなさい。出現場所は? 数は? 被害は?」
「は、はい、場所はここから南西方向、数は1匹です。被害は今のところありませんが、付近に一つ村があるそうです」
「分かりました。緊急会議を開きますので直ぐに会議室へ集まってください。冒険者の皆さん。一旦全てのクエストは中止します。既に達成し終えたクエストのみあちらの受付で対応させてもらいます」
いつもの雰囲気と違い、凛としたその姿は正に上に立つ者そのものだった。
というか、あの受付嬢ってギルド長だったの? お偉いさんじゃん!
「イシス、彼女がギルド長だって知っていたか?」
「ああ、その、彼女と私は昔からの知り合いだったからね」
つまり、知らなかったのは俺だけと。教えてくれても良くない?
ギルド長が去って行ったあと、先ほどまでの喧噪は鳴りを潜めているが、それでも小さな声でボソボソと様々な憶測が行き交っていた。
「なあイシス、ドラゴンについて何か知っているか?」
「残念ながらカミト以上に知らないと思うよ」
やっぱりそうか。歴史上でもドラゴンは人里で4回ほどしか確認されていない。そのため、圧倒的に情報が不足している。
でも、少なくとも今の俺たちがどうこう出来る相手ではない。場合によってはこの町から一時撤退する必要性もあるから出来るだけ何時でも動けるように準備しておかないとな。
大半の冒険者たちは、自分たちには関係ないと思いつつも、その動向が気になるのかギルドの会議が終わるのをギルドホールでじっと待っていた。
俺たちも例外ではない。それに、最新情報に乗り遅れるのは愚策だ。
2時間ほど経過しただろうか、既に話題も尽き、静寂で包み込まれているギルド内に新たな冒険者が足を踏み入れた。俺は遠目からチラッとしか見たことが無く、こんな至近距離で彼女たちを観察するのは初めてだ。
「あれ? 皆やけに静かだけどどうしたんだろうね?」
「稼ぎでも悪かったんじゃね? それか散財したか」
「皆さん貴方ほど馬鹿なお金の使い方はしませんよ」
「なんだとぅ!」
「うるさい」
「「はーい」」
彼女たちは唯一空いている受付の所へ向かい、1枚のクエスト用紙を差し出した。
「
「あ、はい。確かに承りました」
彫刻のような圧倒的美貌、流れるような蒼髪に、雪の様に白い玉肌。身長は高くはないが、そんな小さい身でありながらも強者のオーラを放っている。
鋭い眼光で他者を心の底から凍らせんとする、口数少ない彼女こそ、数少ない超級の冒険者だ。
「氷魔姫さん、ちょうどいい所に戻ってくださいました」
「なに?」
「ひゅー、さすが姫はモテモテだな!」
『氷魔姫』それは俺の宿敵である
「これまた大物がやってきたな」
「おお、彼女たちなら何とかできるだろ」
「これで一安心だな」
その数々の実績から他の冒険者たちからも彼女の信頼度は高い。実際に、俺も内心ではほっとしていた。彼女たちが引き受けてくれるならそこまで大きな心配はしなくても良いだろう。
「実はドラゴンが出現しました。貴方にはそれの討伐を依頼したいのです」
「ドラゴン……図体のデカいだけのトカゲ。大変興味深い、引き受けた」
「うわ、姫っちがたのしそうな顔をしている。折角久々にゆっくり布団で寝られると思ったのに」
「いいじゃねえか。かくいう私も楽しみだぜ? そのデカトカゲは私を突破できるのかってな!」
「やれやれ、仕方がないですね。水を差すのも気が引けますし、もうひと頑張りしましょう」
「ありがとう、レナ、フミ、シズカ」
傍から見ていると、彼女の表情に変化は認められなかったが、長年一緒にいる仲間たちは微細な変化が分かるらしい。
「詳しい話はこちらでお願いします」
「分かった」
ギルド長と氷魔姫のパーティーはそのまま応接室へと引っ込んだ。
さて、もうここにいてもあんまり意味がなさそうだ。イシスも俺と同じ気持ちだったのか、同時に椅子から腰を上げ、ギルドを後にした。
今日はこれ以上探索出来ないと、日も高いが双方部屋へと戻ることにした。
優雅に朝風呂に浸かりながら、明日以降のことを考える。少なくとも、完全にドラゴンが討伐されるまでは冒険は控えた方が良いだろう。
「となると、しばらくは町で英気を養うか」
イシスと隠れた名店探しなんていうのも楽しいかもしれない。また、お金にもある程度余裕が出来ていることだし、再び骨董市で掘り出し物を探すのも悪くないかもしれない。個人的には、贅沢を言えば遠距離攻撃が可能な古代魔道具、それが無理なら普通の魔道具でもいいから俺に向いた装備を整えるのも良いかもしれない。
後でイシスに提案でもしてみよう。
「なあ、イシス。明日から暫くは町の中だけで過ごそうと思うんだけど、何かやりたいこととかあるか?」
いつもの場所で晩飯を食べつつ、明日以降の行動方針をイシスと共有する。
「う~ん、そうだね。今すぐには思い浮かばないし、カミトが行きたいところについていくよ」
「いいのか? つまらないかもしれないぞ?」
「私は別に構わないよ」
ふん、付き合いのいいやつめ。というか、いつの間にか冒険以外でもイシスと行動を共にするのが当たり前になっているな。
最初はこんなキザなイケメンと仲良くなれるわけがないと思っていたが、人生何があるか分からないもんだ。
「よし、それなら――」
スプーンを片手に声高らかに骨董市へ! と言おうと思ったら他の客の話し声が耳に届いた。
「氷魔姫たちはもう既に出発したらしいな」
「ああ、今の所被害はないそうだし早く討伐してほしいもんだ」
「被害がないって言っても、それは数日前の段階だろ? 近くに何もなければいいんだが」
「そういえば、1か所だけ近くに村があるっていってたっけな。えーっと、なんだっけ、モリ……マリ? いや、違う違う。マー、マー……そうだ、マモ村って所だ」
「マモ村? 聞いたことないな」
「ここから結構離れているからな。それに――――」
この世の中は理不尽がありふれている。何にも悪いことをしていなくても、ただただその日を精一杯生きていても、魔物という脅威の前には逆らうことが出来ず、笑顔で過ごせるはずの将来を一瞬で剥奪される。
いつその理不尽が自分に降りかかるのかも分からない。いつ、大切な人たちが巻き込まれるのかも分からない。
彼らは一体何て言ったのだろうか。俺の聞き間違いであって欲しい。しかし、そんな俺の願いとは裏腹に、頭の中で彼らが話していた村の名前が反芻する。
マモ村、彼らが最後に見せてくれた笑顔は今も尚健在なのだろうか?
俺は衝動のままに食事処を飛び出す。何か出来るわけでもない、それでも、ただただ黙ってここにいるなんてことは出来ない。
「カミト待って!」
イシスが俺を追いかけ、肩に手を掛けた。イシスには俺がどうしようか理解したんだろう。
「すまんイシス、明日の町で過ごすという案は撤回だ。なんならパーティーを解消してくれても構わない」
これは俺の身勝手だ。自分でも驚いているが、思っていた以上に自分で守ったものというのは大きかった。これが、名も知らない村や町であればなんとも思わなかったんだろう。何もできない自分に落胆しつつも、直ぐに忘れていつも通りの日々を過ごしていたことだろう。
なんとも自己中心的な人間だ。イシスに呆れられても無理はない。
そう思ってイシスに顔を向けるが、その表情は穏やかであり、笑みをも浮かべていた。
「カミトって時々勘違いが激しいよね。勝手にパーティーを解消されても困るよ。私たちの夢はまだまだこれからだろう?」
「イシス……」
「それに、さっきも言っただろ? 明日行く場所はカミトに任せるって」
「はぁ。ったく、お前って奴は……ありがとう」
本当にお前は最高のイケメン野郎だよ。
既に閉店している馬貸店へ向かうと、店主を叩き起こして馬を入手した。最初は不機嫌だった店主も、返却不要で10倍の金額を提示したら一転機嫌よく馬を貸してくれた。
こういう緊急時にはお金の力は強いと改めて実感した。
そうして、急いで残りの準備を整え、俺たちはマモ村へ向かって再び出発した。
赤、赤、赤。
俺の目の前には真っ赤な色で視界が埋め尽くされていた。
ここは何処だろうか。少なくとも俺の知っているところではない。
俺の知っている村は、笑顔が絶えない村だった。しかし、今では何の声も聞こえず、人の気配はない。
俺の知っている村は簡素ではあるが、様々な木造建築が立ち並んでいた。しかし、目の前には炎に包まれた巨大な焚火しかない。
俺の知っている村は、様々な作物が伸び伸びと育ち、緑豊かな畑が広がっていた。しかし、目の前の畑には炭が転がっているだけだ。
「あぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁぁ‼」
ごめん皆、ごめんトト。約束したのにな。一緒に冒険しようっていう約束守れなかったよ。俺がもっと早く駆けつけていれば。
イシスは何も言わない。だけども、俺と同じ気持ちでいることだけは確信できる。
「イシス、行こう」
「ああ、そうだね」
目的地は今まさに戦闘が繰り広げられている場所だ。
といっても、近くにいれば氷魔姫たちの邪魔になる。今の俺たちにできることは、少しでも多く戦闘を目に焼き付け、今後の糧とするだけだ。何もできないのが心苦しいが、ここで無駄死にするのは違うことだけは分かる。
遠くの岩場に身を隠し、彼女たちとドラゴンの戦闘を見守ることにした。
「グルァァァァ!」
全身緑の鱗で覆われた全長15メートルの化け物がそこにはいた。そのドラゴンの咆哮に、普通の冒険者なら足がすくみそうなものだが、彼女たちは意に介している様子も無かった。
ドラゴンの顎が開かれ、口の中がオレンジの光に包まれた。アレは、ドラゴンの十八番、火炎ブレスだ。その威力は石で出来た堅固な城壁でさえ一瞬で蒸発させると言われている。バターの様に溶けるのではない、蒸発だ。普通であれば只の人間には成すすべもない。
閃光、まごうことなき死の光線が彼女たちに向かって吐き出された。
「へ、効くかよ!
赤い短髪がまるで炎の様に揺らめいでいる女性が大盾を構えると、光線と接敵する瞬間青い光が盾より迸り、火炎ブレスを見事に防ぎきっている。そればかりか、ブレスに押されるどころか、前へ、前へとジリジリ歩みを進めていた。
「おいおい、なんて軽い攻撃だよ。そんなんじゃ私を倒すなんて夢のまた夢だぜ?」
ブレスと衝突して1分が経過しても、盾が破られる気配は一向になかった。それどころか、ブレスの方が徐々に弱まってきている。どうやらあのブレスは長時間持続しないようだ。
そうしてブレスが収まった瞬間、大盾使いのフミだったかな? その脇から一人の少女が飛び出した。
「ほ~らほら、図体がデカすぎて私に追いつけていないよ?」
ポニーテールを揺らす軽装に身を包んだ少女、確かレナといっただろうか。俺の数倍は素早い動きで縦横無尽に動き回り、ドラゴンを翻弄していく。よくよく観察すると、既にドラゴンの鱗には数本の剣が突き刺さっていた。本来であれば、刃物なんかで傷がつけられる筈もない。
望遠鏡を取り出し、更に注意深く観察すると、刃物が刺さっているのはドラゴンが屈曲した際に僅かにできる鱗と鱗の隙間だった。
あのスピードであんな針を通すような攻撃、それがどれだけ途方もないことなのか。俺はどうすればあの域まで技術を高められるのだろうか。
「レナ、ちょっと繊細さが欠けてきているわ。それに、フミも片腕が炭と化していますわよ?」
「ごめーん、シズカちゃん。援護頼んだ~!」
「え、マジで? 全然気が付かなかったぜ」
一番後方で佇むシズカが水晶の杖を掲げた。
「疾風迅雷!」、「
シズカが呪文を唱えた途端に、レナの動きは更に2倍以上素早くなっており、最早目で追うのは限界だ。そして、フミの片腕は何事も無かったように復活していた。
これが、4級冒険者達の力か。どれだけギフトを使いこなせればこのような芸当が出来るようになるのだろうか。それを、俺はギフトの力なしで追いつこうとしている。
遠い、はるかに遠い。順調に進んでいたため、もしかすると手が届くかもしれないと思っていたそれは、ただの幻影であり、本物は遥か先にあったのか。
しかし、さらにそれの上を行く存在がこの場にはいる。
「
氷魔姫が呪文を唱えると、ドラゴンを囲むように、宙に数百を超える巨大な氷槍が展開された。
レナとフミは巻き込まれては堪らないと、急いでその場から離脱する。
明らかに過剰ともいえるそれに対し、ドラゴンはその翼で咄嗟に全身を覆い隠した。
「シュート‼」
次々とドラゴンに襲い掛かる氷槍、天変地異の前触れかと思うような衝撃が大地を大きく揺らす。攻撃の後に残ったのは、陥没した大地と、氷で覆われたドラゴンだけだ。
ピシッ、ピシッ
しかし、やはり相手は同じく彼女と同じく3級ランク相当の力を有する魔物だ。
氷をブチ破ったドラゴンは、所々血を流しているものの致命傷は避けているらしくていまだに健在だ。
「なるほど、腐ってもドラゴン。なかなか頑丈。でも、貴方はもう既に手遅れ」
「姫っち、あらかた金属はぶち込んでおいたよ」
「ナイス」
既にレナとフミは氷魔姫の所へと退避していた。どうやら先ほどの攻撃は、彼女たちを安全圏まで引かせるための足止めでもあったようだ。
「
呪文に合わせて、上空に巨大な黒い雲が出現、それは次第に巨大になり、ドラゴンを中心に100メートルにまで成長した。
それは正に神の一撃、天空よりドラゴンへ向かって巨大な雷が降り注いだ。
グルァァァァァァァァァ‼
余りの苦痛に雄たけびをあげるドラゴン。レナの攻撃もこれの為の下準備だったのか。そこまでダメージは与えられていなかった無数の剣を伝い、ドラゴンの内部にまで雷撃が浸透していた。
この攻撃には、流石のドラゴンも大ダメージを受けたようで、全身から黒い煙を上がらせていた。それでもまだ立ち上がろうとするドラゴンには敵ながら凄いと言わざるを得ない。
それでも彼女たちの方が一枚も二枚も上手だったようだ。
「お前は寝てろ!
フミが上空から盾を構え、ドラゴンの上からのしかかる。普通に考えたら重量差でフミの方が吹き飛ばされるだろう。しかし、目の前で起こった出来事は全く真逆の光景を生み出していた。
ドシンッと、一際大きな地揺れが鳴り響き、ドラゴンが倒れ伏した。それだけではない、余りの衝撃にドラゴンの真下の地面まで陥没している。
「姫、後は頼んだぜ!」
再びフミは戦場を離脱。そうしている間に、ドラゴンの周りに白い霧のようなものが出現していた。
「そろそろ終わり。お前はなかなか頑張った。苦しめずに殺してあげる」
氷魔姫が片手を突き出し、詠唱を紡ぎ始めた。
「汝ニ捌キヲ与エン。身モ心モ時サヘモ凍レ」
その白い霧は徐々にドラゴンに纏わりついていく。
「永久ニ続ク暗闇ヘ誘ワン」
最終的には全身に纏わりつき、最早ドラゴンは指の一本も動く気配がない。
「
詠唱が完全に終わった時、ドラゴンの氷像が完成していた。そして、その瞳は既に何も映していなかった。
これが3級冒険者、正に桁違い。彼女一人で国を亡ぼすことは可能だろう。
出来ることなら俺がトトたちの仇をとりたかった。俺にもあの力があれば……、同じような力さえあれば理不尽に抗うことが出来るのに。
だがいい、背中も見えない程遠いが、改めて目標を見据えることが出来た。
「ジャッジメント」
最後に氷魔姫がパチンと指を鳴らすと、ドラゴンの氷像は細かく砕かれ、風に流され消えていった。
今回は借りだ。氷魔姫たちは何のことだかも分からないだろうが、俺が強くなったら絶対にこの借りを返してやる。
「なかなか強かった。楽しかった」
「それは良かったですね」
「姫っち相変わらずえげつないわー」
「それよりも腹減ったぞ! 飯だ飯だ‼」
氷魔姫たちは警戒心を解いて和気藹々と帰路に就こうとしている。こうしてみると、只の仲が良い女子グループにしか見えない。
「いや、天辺は高かったな」
「……」
「まさか、あんなに差があるとは悔しいを通り越して憧れさえ抱いてしまいそうだ」
「…………」
話しかけても返事がない。確かに言葉にならない気持ちもわかるが、俺からしたらイシス怪力という点では充分あっちの世界に足を踏み入れている。
「おい、イシ……ス?」
イシスの方に目を向けると、顔面蒼白、唇は紫色になっており、蹲って全身を両手で包み、ガタガタと震えていた。
別に俺の周囲は寒くもないし、ここは日の光も充分に注がれている。
こんなイシスは今まで見たことが無い。一体どうしたというのか、まさか氷魔姫の魔法の影響がこちらに!?
「おい、イシス。大丈夫か? 氷魔姫の魔法の余波でも食らったのか?」
「ち、ちがっ」
「え、なんだって?」
「氷魔姫……じゃない。あれは……アレはいったい……に、逃げようカミト。ここにいちゃ駄目だ」
怯え方が尋常ではないし、逃げるっていったい何からだ?
ドラゴンは既に倒し終わっている。あれだけ細かく砕けたのであれば再度復活することも無いだろう。少なくとも今までの文献にそんな能力は認められていない。それに、仮に復活したところで氷魔姫たちの敵ではないだろう。
そうなれば、残る敵というのはまさか氷魔姫たちの誰か……なのか?
実はあの中の誰かがイシスのことを知っており、命を狙っていると? もしそうならばマズイ。いくらイシスが怪力お化けであろうが、今の俺たちではあのパーティーに勝つことは不可能だ。
あれ? でもそれだと可笑しい。よく考えたら既に冒険者ギルドで彼女たちと相対していたはずだ。その時はイシスはいつも通りだった。
彼女たちではない? しかし、辺りを見渡しても、他に魔物もいなければ人っ子1人いない。
氷魔姫が生み出した雲がまださ迷っているのか、時々日の光を遮り、辺りを一帯を暗闇が支配する。
「カミト、お願い。アレは違う。アレだけは関わっては駄目だ!」
「イシス、だから一体……」
再び、光が遮られ、辺りを真っ暗な闇が染め上げた。
違う、なにかが可笑しい。普通ならば、例え雲に遮られたとしても、ここまで暗闇になることなんてあり得ない。
イシスは俺を見上げているとばかり思っていたが、それは違う。俺に対してこんな瞳を向けない。イシスの瞳に俺は映っていない。イシスの瞳には俺のはるか後方、天から舞い降りる
GRUXAAAAAAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!
それは一言で表すと、この世の悪をすべて集めたような闇そのもの。
ああ、いつか読んだ英雄譚の一つに、これと似たような魔物が登場したような気がする。
そう、その名も暗黒龍。1回の攻撃でこの世界を3度滅ぼすことのできる災厄の魔物だ。
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