第22話「少年、オークとの死闘」
翌日、早朝から村は喧噪で埋め尽くされていた。
「これがうちの村なのか?」
「すごい、まるで別の場所みたい」
「安心感が凄いな~」
村人たちの視線の先、それは昨日作り上げた丸太の柵だ。柵といってもただ突き刺しただけではあるが、以前と比べるとその防衛力の違いは一目瞭然だ。
「カミトさん、これは……」
案の定、俺たちが出てきたことに気が付いたダリさんが声をかけてきた。
「これは、トトが頑張ってくれた成果ですよ」
「トトがですか?」
「ええ、あの丸太を用意できたのも、そして入口の方へ行ってみてください」
ダリさんたちを引き連れて出入り口付近まで連れていく。まるで民族大移動の様だ。
昨日は危ないからとダリさんに説明して村人たちには村の中心部から出ないように説明していた。遠目からは何かやっているな~、という程度のことは見えていたかもしれないが、実際にどうなっているのかを目にするのは今が初めてだ。
出入り口には橋が既にかけられている。橋といっても丸太を板状に削って並べ、最後に両端に丸太をそのまま置いただけの簡易な橋だが重さ的にちょっとやそっとのことではずれる心配もない。
「落ちたらひとたまりもなさそうですね……」
「これを掘ったのもトトなんですよ。トトのギフトの能力です」
「そう……ですか。トトのギフトのお陰なのですか。ということは、カミトさんにトトはギフトのことを伝えたということなんですね」
「ええ」
ダリさんは、何か考え込んでいるような顔をして空を見上げた。その間も、他の村人たちは代わる代わる堀を覗いては驚愕な声を出している。
そんな時、トトがこちらへ向かって来ていたのが見えた。
「カミトさ~ん、あれ、私が作った丸太ですよね?」
「ああ、そうだよ。トトのお陰で立派な防壁の完成だ」
「えへへ、役に立てて良かったです。あ、カミトさんたち朝ごはんまだですよね? 準備してきますね」
トテトテと元気よくトトは自宅へ戻っていった。
「カミトさん」
「はい」
背後から声を掛けられたのでそちらを振り返ると、ダリさんが俺に向かって頭を下げていた。
「村長としてではなく、一人の親としてお礼を、トトを救っていただきありがとうございます」
「頭を上げてください、私は何もしていないですよ」
「それでも、お礼を言わせてください。本当にありがとうございます」
「わかりました、わかりましたから、ほら、朝ごはんを食べに行きましょう」
ここまでお礼を言われると、逆になんだか恐縮してしまう。本当に俺は特別なことはしていない。全てはトトの頑張りのお陰だ。
「カミト、顔が赤いよ」
余計なことを言うんじゃねーよ!
何かの気配を感じて目を開ける。
「カミト、気が付いた?」
「ああ、来たな」
時刻は闇に包まれた夜遅く、既に村人たちは夢の中へと旅立っていることだろう。知能がある魔物のことだから、襲撃するとしたら闇夜に乗じてくるだろうという俺たちの予想は見事に的中した。
橋の上から腰を上げ、森の中に目を凝らす。
草木を揺らす音と一緒に、赤い無数の光がゆらゆら揺れている。そうして間もなく姿を現したのは、件の魔物、オークの集団だ。
何処からか調達してきたのか、その身は皮や鉄の鎧で固められており、槍や剣、斧といった武器も装備されている。それがずらりと20体、なかなかな迫力だ。
なによりも、こちらに恨みでもあるのかというほど戦意は高ぶっており、その残虐的なオーラが隠せていない。
俺もイシスもそれぞれ武器を握り、臨戦態勢を整える。
さあ、豚野郎ども何時でもかかってこい。今から俺は死神の鎌だ。お前たちを地獄の淵に送り込んでやろう。
武器を握ってから3分は経過しただろうか、一向にオークたちがこっちに向かってくる気配がない。それどころか、先ほどまであったオーラは鳴りを潜め、今は何か困惑した雰囲気であった。どうやら、村の変貌を目の当たりにして戸惑っているようだ。
いやいや、俺のやる気を返してくれ。というか、そのまま引き返されては困る。
なまじ知能があるせいで、警戒心が高まったのが仇になったか。そう思っていると、森の中から雄たけびが轟いた。
ブヒィィィィィィィィ!
その巨大な声に、木々に泊っていた鳥たちが一斉に飛び去る。
まずい、このまま奴が出てきたら作戦があんまり意味なくなってしまう。
「カミト、どうする」
イシスもおんなじ気持ちだったのか、目線はそのままで俺に話しかけてきた。
「どうするもこうするも……挑発するしかないだろ! クソ豚やろぉぉぉぉぉ!」
未だにこちらに気が付いていないオークたちに向かって雄たけびを上げると、やっとオークたちも此方に気が付いたようだ。
俺たちがいるのは村の入口、森の方向から村の中へと通じる唯一の出入り口だ。
しかし、それでもオークたちは迷っているそぶりを見せていたため、さらに挑発するために俺は弓に矢をつがえた。
限界まで引き絞った弦を手から解き放し、一番後ろに控えていたオークのお腹へと到達した。しかし、威力が弱すぎたのかオークの腹に刺さることなくその矢は弾き返された。
大した脅威にならないことは予想がついていた。しかし、それ以前にだ。俺は確かに戦闘のオークの頭を狙たつもりだった。
「ブヒッ」
「ブ、ブヒッヒッヒ」
全く脅威にならない攻撃を受けたオークたちは、なんて雑魚なんだと言わんばかりに笑い声をあげた。
「カミト、ナイス演技だよ」
「あ、ああ」
思わず横からイシスのフォローが入った。しかし、あれは演技なんかではない。
あのオークたち笑いやがったな? ぶっつけ本番なんだから仕方が無いだろう?
今ではオークたちの困惑の色は薄れ、再度殺意を漲らした目で俺たちを捉えた。結果オーライ、どうやら俺たちのことをとるに足らない相手だと思ったのだろう。
4列になって、全力でオークたちが突っ込んできた。あわよくば勢いのまま俺たちを吹き飛ばして村の中へと入る腹積もりなのかもしれない。
オークたちと接敵するまで50メートルを切った。そして、40メートル、30メートル、20メートル……。
「俺は剣専門なんだよ‼」
残り10メートルといった所で、急に先頭を走っていたオークたちの足場が崩れた。後続に続くオークも、目の前の惨状を目の当たりにしてブレーキをかけるも間に合わない。次々と突如現れた奈落の底へと落ちて行った。
残りはギリギリ転落を免れた8体のみだ。しかも、相手は体勢を崩している。
「イシス‼」
「ああ‼」
イシスは伸縮重棍を一気に伸ばしてそのまま振りかぶる。常時であれば、そんな大振りが当たることはないが、混乱し、姿勢を崩している今ならば容易にぶち当てることが出来る。
「「ブギャッ」」
自身の体重よりも遥かに重い一撃を受け、右端にいたオーク2体の頭蓋が陥没する音が木霊した。
「残り6匹‼」
イシスが振りかぶると同時に走り出した俺はそのまま伸縮重棍の上を走り抜け、奈落を突破した。
「遅い‼」
その勢いのまま起き上がろうとしたオーク1体の眼球にフランベルジュを突きさし、そのまま回転を加えて脳味噌を破壊した。
残り5匹
そうしているうちに、残りのオークはゆらゆらと立ち上がり、俺の方に向き直った。
だけどもまだまだ追撃は終わらせない!
立ち止まっている状態であれば、味方だらけの密集地帯はオークにとっては戦いにくい形だ。そのため、自然と後方のオークは後ろに下がらざるを得ない。
「奈落が一つだけだとでも思ったか!」
「「ブヒィィィィ!」」
左側の2体がお手本の様に奈落へと落ちて行った。
思わずオークがそちらを振り返る。しかし、既に仲間は地の底だ。
次々と仲間がやられたことで殺意を漲らせるオークたち。俺の方を向き直ると同時にオークたちは各々が武器を振り下ろす体制をとっていた。
「だから遅いって、そして戦闘の最中によそ見なんかしてるんじゃねーよ‼」
「プギッ」
既に距離をとって助走をつけていた俺は、1体のオークに向かって飛び蹴りを繰り出しており、奴が振り返ると同時に顔面を踏み抜き、それを足場に奈落を飛び越える。
一方踏みつけられたオークは、そのまま背後へと倒れ、奈落へと真っ逆さまへと落ちて行った。
「こっちを忘れて貰っても困るよ」
「ブギャッ」
再度振り下ろされたイシスの伸縮重棍によって、大地にオークの血がしみ込んだ。
残り1匹だ。
オークからしてみれば、他にまだ奈落はあるのか、何処に奈落があるのかも分からない。流石に分が悪いと思ったのか一番安全な来た道を引き返そうとする。
「まあ、当然そうするよな。でも、そうやすやすと見逃すわけがないだろう?」
前方の俺、後方のイシス、横はいつ奈落に落ちるかも分からない。
残ったオークは意を決して俺へと突撃してきた。
「こいっ!」
オークが右手で斧を俺へ向かって振り下ろす。その瞬間、俺は半歩のみ後ろへ下がる。その強力な力が込められた一撃は前髪の数本をかすったまま、地面に振り下ろされた。
「仲間を失い冷静さを欠いた時点でお前の負けだ!」
その斧を足場としてオークへと肉薄し、フランベルジュ突き出す。先ほどの光景を思い出したのか、オークは籠手のついた左手で眼球を覆った。
しかし、俺が狙っている場所は別の場所だ。
「オークの弱点、引き裂く攻撃には弱い!」
腕の間を縫って首元へと到達したフランベルジュを一気に引き抜く。引き裂かれた頸動脈から赤い飛沫が吹き上がる。
思わず左手で首元を抑えるのはいいが、顔面ががら空きだぞ?
「はぁっ‼」
「プギャァァァァ‼」
再度剣を突きだし、脳味噌を掻き混ぜる。オークは一瞬痙攣した後、どさっと地面に倒れ伏した。引き抜いたフランベルジュから血をぬぐい、ふぅと息を吐き出す。
なんとか第一関門はクリア出来た。俺もイシスも損傷という損傷を受けていない。
「プ、プギィィ!」
「プゴォォ!」
おっと、まだ完全には終わっていなかった。奈落の方からオークたちの怨嗟が響いてきている。
「カミト、あれらはどうするの?」
「そんなの……埋めるしかないな」
大抵の魔物は人間と一緒で酸素が無いと生きていけない。上位の魔物であれば話は変わってくるが、人間と構造的に近いオークは間違いなく呼吸しなければ死んでしまう。
「それにしても、俺とイシスで5体、トトの罠で15体か」
「トトちゃんのお陰で楽に処理できたね」
奈落の正体はトトが掘った深さ20メートルにも及ぶ穴だ。穴の蓋として、これまたトトお手製の薄い土の板を被せていた。これでぱっと見は分からないが、乗った瞬間真っ逆さまだ。
俺は未だに声が聞こえる奈落へ向かって、葬り袋の口を向けた。
サラサラサラサラ
葬り袋から保管していた土が少しずつ排出されていく。
「それ、もっとドバっと出ないの?」
「それが出来たら良かったんだけど、どうやら入れた時の量と同量しか排出されないんだ。つまり、スコップ1杯分ずつしか出ないんだよね」
まあ、それでも永続的に出続けるのでまだマシだけどね。そうして暫くすると、オークたちの断末魔は聞こえなくなった。魔物であっても出来ればあんまり苦しめずに殺したかったが、俺の力不足のために申し訳ない。
ブギィィィィィイィィィィィイィィィィィ‼‼‼‼
再度雄たけびが森の中から木霊した。
それだけではない、今度は奥の方から木々をなぎ倒す音も聞こえてきている。どうやら部下の帰りが遅すぎて、待ちきれなかったらしい。
「どうやら本命のお出ましだね」
「ああ、覚悟はいいか?」
「勿論」
さっきまでのは肩慣らし、これからが本番だ。
木々をなぎ倒す音だけではなく、次第にドスンドスンという地響きが大きくなってきた。ただ、想定していたものよりもはるかに大きい。
「なあ、イシス」
「偶然だね、私も同じことを考えていたよ」
ストロングオークといえば、通常のオークの2倍程の大きさで、少しお腹のへっこんだ筋肉質な魔物だ。
「イシス、チラッと見たって言ってたよな」
「確かにあの時は他のオークよりも一回り大きい程度だったんだよ」
バリバリバリバリ、ドシーン‼
最後の邪魔な気をなぎ倒して、ようやく1匹のオークが姿を現した。
その大きさは、オークの3倍はあり、体はちょっとお腹がへっこんでいるどころではない、腹筋が12個に分かれている、ガチムチのオークだ。その腕には、ストロングオークの特徴である流れるような炎の文様が刻まれている。間違いなくストロングオークで間違いはない。
ただ……。
「変異種だよなぁ……」
「そうだね……」
これ、下手したら7級どころではない。
「かといって、逃げるわけにもいかないよな」
「それは、勿論だよ」
今からでは応援を頼もうにも間に合わない。自分たちだけが逃げればいいのなら逃げられるかもしれないが、見捨てるなんてもっての外だ。
ストロングオークは、ゆっくりと辺りを見渡し、現状を把握していた。そして、オークたちの死体に目を止め地団太を踏んだ。地響きが凄く、まるで地震でも起きているような錯覚を覚える。どうやら完全にお冠のようだ。
メキメキバリバリッ
「おいおいマジかよ」
「カミト、そのままっ‼」
イシスが俺をつかんで伸縮重棍を一気に伸ばす。今では手慣れた緊急脱出方法だ。
後ろに目をやると、先ほどまで俺たちがいた所に大木が横たわっていた。
「あんなデカい木を掴んで投げるとか反則だろっ!」
「本当にねっ! とにかく奴の注意を引きつつ村から離れないと」
「ああ、あいつの巨体や投擲力なら堀なんか関係ないしなっ!」
一番最悪なのは、俺たちを無視して村に責められることだ。
「こっちにこい、デカブツ! のろまのお前に追いつけるかは分からないけどな‼」
そう言いながら森と並走するように村とは反対の方向に走った。時折、手近な石を拾って投げることも忘れない。
「ブッヒーイイイイイイイィィィィィィ‼」
ストロングオークはよっぽど頭に来たのか、村自体ではなく、しっかり俺たちを追っている。まあ、これは挑発に乗ったという事よりも、逃げられる確率の高い俺たちから仕留めようという魂胆なのだろう。あんな村なんかいつでもひねりつぶせる。まるでそういわんばかりの態度だ。
完全に俺たちを侮っているのが良く分かるが、今はそれに感謝しよう。
「とりあえず、まずは奴の力量を図ろう」
イシスは再度大木が引き抜かれる前に、伸縮重棍を振り下ろした。それは、イシスが持てる最大限まで延ばされており、その威力は正に破壊級。
轟音を予測して俺は少し身構えたが、残念ながら予想通りの地響きは発生しなかった。
「まさか、イシスに対抗できる魔物がいたなんてな……」
「やれやれ、嫌になっちゃうよね」
流石に片手とはいかないが、ストロングオークは両手でガッチリ伸縮重棍を握りこんでいた。ここからは完全に力勝負だ。
「はぁぁぁ!」
「ブピイィィィィィ!」
いつまでも拮抗し続けられるように思っていたが、十数秒もしないうちにその拮抗は破られた。
「ブッキィィー‼」
「うわっ」
伸縮重棍をイシスごと上空高くへ放り投げたストロングオークは、そのまま拳を握ったまま着地点へと向かって疾走する。
「させるかっ!」
俺は咄嗟に同じく疾走し、フランベルジュでストロングオークの膝を切り抜けた。しかし、俺の期待とは裏腹に、柄を握っていた手にはまるで石にでも打ちつけたような強い衝撃が返ってきただけだ。思わずフランベルジュを落としそうになるものの、皮膚の正面にうっすら傷がついただけだ。血の一滴も出る気配はない。
「ゴプッ」
そのまま、悪態をつく間もなくストロングオークに蹴り飛ばされた俺は地面をゴロゴロと転がった。なんていう衝撃だ。余りの衝撃に胃液が口から零れる。咄嗟に後ろに飛んでいなかったら内臓は無事ではなかっただろう。
しかし、追えない速さではない。冒険者に憧れていたあの時の俺なら成すすべもなかったかもしれないが、様々な経験を経た今ならなんとか出来るはずだ。
すぐさま体勢を立て直し、再びストロングオークへ向かって疾走する。奴は落ちてくるイシスへ向かって既に右拳を繰り出そうとしている。そして、俺には興味が無いと言わんばかりに、視線を向けることなく先ほどと同じように左足で蹴りを繰り出してきてた。
「舐めるな‼」
俺は、先ほどみたいに後ろへ引くことはせず、蹴り上げられる前に更に加速する。狙うは小指のただ一点だ。
そして足から滑り込み。地面と足底の間の僅かな隙間をギリギリ通り抜ける。
「プギッ」
初めてストロングオークが悲鳴らしい悲鳴を漏らした。
痛みにより、ストロングオークの拳は少し軌道が逸れていた。それだけあれば、イシスには十分だ。
ストロングオークの拳は、いつの間にか空中で態勢を立て直していたイシスの右頬を掠めて通り過ぎる。
イシスはそんなことはお構いなしで、落下の勢いのまま再び伸縮重棍を目いっぱい伸ばし、頭上を目指して振り下ろした。
「いけぇぇぇ!」
ストロングオークは不意の一撃を防ぐ術はない。それでも咄嗟に首を左に曲げて頭部への直撃は避けた。別の言い方をすれば、イシスの一撃はやはりストロングオークを絶命させるだけの威力を秘めているという事だ。
「プギィィ‼」
勿論、頭に当たらないからといってダメージが無いわけではない。鈍い音と共に、右肩に伸縮重棍は食い込んだ。
その反動でイシスはストロングオークの背後へと周り、地面に着地した。
「カミトならなんとか隙を作ってくれると思ったよ」
「は、俺もイシスなら奴に一撃を食らわせてくれると信じてたぜ」
ストロングオークの左足の小指、その爪と肉の間にはフランベルジュが食い込んでいた。うっすら血もにじんでいる。あれは間違いなく痛い。
「プギィィッィィッィィ! プギッ! プギッ‼」
「へっ、遠くからチマチマ大木を投げるような奴じゃなくて助かったよ。それだったら勝ち目は殆どなかったからな」
振り返ったストロングオークの目は赤黒い光を放っており、完全なる憎悪が見て取れた。侮っていた相手に一撃をもらったことを奴のプライドが許さなかったのだろう。
しかし、その思いとは裏腹に奴の右肩は左と比べて少し腫れており、動きに繊細さが欠けていた。
「それでもやっぱり頑丈だね、骨を折るつもりで振るったんだけど、あの様子からして良くて少しひびが入った程度じゃないかな?」
「いや、少しでも奴の力が落ちたなら十分だ。少しは奴の戦闘能力を奪うことが出来――――」
「ブビビビビビビイイイイイィィィィィ‼‼‼‼」
そう安心した瞬間、ストロングオークは夜空に向かって一際大きな雄たけびを上げた。そして、再びこちらに顔を向けたと思ったらその筋肉が膨張しだした。比喩表現ではない。
「おいおい、まだこんな力隠していたのかよ」
「普通のオークの5倍はあるね」
ここまで巨大になるなんて誰が想像できただろうか、怒りにくるっているせいか人間を丸のみにできそうな巨大な顎からはとめどなく涎が流れ出ている。
先ほどまで均衡を保っていたのに、あれ以上デカくなった奴に成すすべなんか……いや?
「カミト、どうする?」
「イシス、もう一撃だけいけるか?」
「勿論いけるよ。というか、やるしかないしね。それで?」
もはや、手段に迷っている時間はない。奴のあの巨体がいつまで維持し続けられるかは分からないが、奴が力尽きるよりも前にこちらの疲労の方が早そうだ。短期決戦しか道はない。
「イシス、ストロングオークの柔らかい部分は何処だと思う?」
「まさかカミト……」
「ハハっ」
俺は長剣を両手に持ち、奴に向かって全力で突っ込んだ。これが正真正銘のラストラウンドだ。
「イシス、今だ!」
「わかったよ、信じているからね! はぁぁぁっ‼」
よっぽど無理しているのか、先ほどよりもさらに長い伸縮重棍がストロングオークへ向かって振り下ろされる。もし、奴が引いたりするという方法をとれたなら結果は異なっていただろう。しかし、攻撃的な奴の辞書には引くという言葉は存在しない。
再びイシスとストロングオークとの力比べが始まった。案の定、どれだけ体が大きくなったところで怪我まで回復するわけではなさそうだ。やはり右肩の動きがおかしい、あれならば100%の力を発揮することは困難だ。例え、最終的にはイシスが力負けしようが十数秒稼げれば問題ない‼
勢いに乗ったまま、伸縮重棍を駆け上がりストロングオークの顔面へと肉薄する。そして奴の眼球めがけて両手の剣を振りかぶった。
両手が塞がっているため、ここで奴に残された手段は2つしかない。首を振って避けるか、迎え撃つかだ。
そして、奴の性格上とられる手段は限られてくる。
ストロングオークはそんな矮小な攻撃は効かんと、両手なんて無くても充分だと、俺を噛み砕かんと巨大な顎を開いた。
「やっぱりな、ストロングオーク、お前が更に巨大化してくれたおかげで助かったよ‼」
俺は躊躇うことなく、両手の剣を放り投げ、更にスピードを上げて口の中へと飛び込んだ。
眼球? 巨大化したこいつ相手では、脳まで剣が達する見込みはなく一撃で倒すことは困難だ。しかし、何でも柔らかいのは眼球だけじゃない。粘膜、口の中なんて絶好の攻撃場所だ。
「MVPは間違いなくトトだな」
トトが一生懸命作った両端の尖った巨大な丸太。足りなかったら困ると大量に作ったそれは、まだ少量だけ葬り袋の中に残っていた。となればやることは1つ。
「PGUgausuuauuauaaau!!!!!」
ストロングオークから声にならない声が上がった。
俺はそのすきに、再び大きく開いた口から脱出した。
「イシス、トドメは頼んだ!」
ストロングオークは既に伸縮重棍を手放し、最早まともに立つことも出来ず、痛みでのたうち回っていた。
これで、俺たちの勝利だ‼
「いっけぇぇぇぇぇぇ!」
イシスが本日一の神速で、ストロングオークの頭部めがけて振り下ろした。
その一撃を以ってしても巨大化した頭蓋を割ることはできなかったが、中は別だ。
ただでさえ至る所に突き刺さっていた丸太は、その衝撃により更に深々と食い込み、内臓、心臓、果ては脳まで達し、ストロングオークを絶命至らしめた。
俺もイシスも双方疲労困憊ではあるが、大きな傷は負っていない。完璧とは言えないが、格上相手によくやったのではないだろうか。
「やったなイシ――」
「「うおぉぉぉっぉぉぉぉ! 冒険者万歳! カミトさん、イシスさんありがとうござました‼」」
「うわおっ」
イシスにねぎらいの言葉を送ろうと思ったら、村の方から大歓声が聞こえてきた。
そりゃそうだ。あの騒ぎで寝続けられるわけがないよな。
俺たちが時間を稼いでいる間に逃げればよかったものの、彼らは逃げずにずっと見守ってくれていたのだろう。
俺はちょんちょんと肘でイシスの体をこついた。
「ほら、イシス。とどめを刺したのはお前なんだからカッコいい台詞を頼むぜ?」
「ええっ、それはカミトズルいよ」
そんな愚痴をこぼしつつも、イシスは仕方がないなぁと伸縮重棍を頭上に掲げた。
「今まで皆さん不安だったでしょう。戦いをじかに見て死を実感したかもしれません。ですが安心してください。もう脅威は過ぎ去りました。オークの集団は私たちが打ち取りました」
「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」」
大地を揺るがすような村人たちの歓声、まだ辺りは暗いがこのまま寝るなんてことは出来そうにないだろう。さて、葬り袋の中に食料は後どれだけため込んでいたかな……。
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