第21話「少年、準備完了」

 葬り袋の中に常備しているものの中に使えるものは果たしてあっただろうか。


 食料品、食器や家具は役に立たない。ベッドは少し足場になるかもしれないが、高さ的にあんまり意味がない。


 トトがキラキラした目でこちらをじーっと見つめている。年上の男としてこの期待を裏切るわけにはいかない。なにより、カッコが付かない!


 大きなものといえば、後は大きいテント一式位だ。でも、その骨組みも細いし、俺の体重では折れてしまう。テントの布は伸ばせば長さは足りるが、引っ張ってくれる人がいなければこれに捕まって脱出という訳にもいかない。


 いや、まてよ?


「トト、今から言うようにそのスコップで土を削ってもらってもいいか?」

「うん、わかった!」


 うむ、元気な返事で大変よろしい。


 俺はテントの布のみを広げ、その上に葬り袋に収められていた土をきれいに敷き詰めていく。幸いにも土は腐るほどあるから困る心配はない。

 その後、細かい指示を出してある形を形成していく。


「せーのでひっくり返すよ」

「うん、せーのっ」


 完成すれば次は布をひっくり返して、布を取り除く。やはり、布の接していた面だけはさらさらと土が零れる。


「最後はこっちの表面を削ってくれ」

「はーい!」


 これはあれだな。トトのギフトは俺が先ほどまで想定していたものよりも更なる可能性を秘めている。土を掘った所が固まって自分以外では掘れなくなる、他の人物が傷をつけることはできない。つまり、完全に固まるという事だ。

 それは、なんでも地面の土だけに適用しているわけではなかった。土の塊を対象と見立てて、スコップで削ればそれもしっかり固まることが出来ている。


「完成だ」

「すごい! さすがカミトさん、土で梯子が出来るなんて思わなかった!!」


 俺も驚いているんだけどね。

 

 土で出来た梯子は、俺がどれだけ力を込めてもビクともしない。試しに数段登ってみても、びくともせず安心感は抜群だ。


 これは、絶対に折れない剣でも作れるのではないかと思ったが、流石にそこまで甘くはなかったようだ。

 地上に上がった後、試しに剣を作成してもらったが、剣先は簡単にポッキリ折れてしまった。要検証しないと細かいところまでは分からないが、ある程度の太さはないと耐久力は低いということだろう。


 しかし、トトは新たなギフトの潜在能力をしれて大変ご満悦だった。



 次はトトを引き連れて森の方へやってきた。勿論、最大限の警戒をしているが今の所浅い所に魔物の気配はない。


「それじゃあ、次はこの木を伐ってもらってもいいか?」

「うん!」


 1本の大木の前でトトが斧を構える。例え木がどれだけ重くなろうが、葬り袋のお陰で運搬には困らない。トトもその事が分かっているからかとても楽しそうだ。


「えいっ」


 斧が一瞬光ったかと思えば、トトの一振りで、簡単にその大木は倒れた。


 いや、もうこうなると笑い声しか出てこないな。まだ斧が通った所だけ木が切れているなら分かる。しかし、斧の刃の大きさは大木の1/5程度しかない。それにも関わらず、一撃だ。正直意味不明すぎる。


「トト、もう一度、次はあの木を伐ってもらてもいいか?」

「わかった」


 先ほどはトトの後ろにいたが、次は側面に回って再度木が伐られる瞬間を確認する。


「えいっ」


 カッ!


 大木と斧が触れる瞬間、再び斧は発光した。しかし、それだけではない。只光っていただけではなく、その光は斧の先端から伸びていた。そうしてスッパリ大木は伐られた。

 木の幹がこんなに簡単に切断されるんだ。邪魔な枝を取り除くのも訳なかった。あっという間に丸太の大量生産が可能だ。


 俺はふと自然に落ちていた木の枝を拾う。そして、1割にも満たない力を籠めると、案の定いとも簡単に折れた。 次に、トトが切り離した同じ位の太さを拾う。


 1割、2割……まだか、3割……4割……。


 そこまで力を籠めるとようやく枝は折れた。


 うん、思っていた通りだ。トトが伐った木は、ただ単に重くなるだけじゃない。耐久度が段違いに上昇している。こんな固い木を簡単に加工できるようになれば、この木を売るだけでトトは普通に生活する分にはお金に困ることも無いだろう。


 とりあえず、枝を切り落としたりするのは村の中でも出来るため、木を伐り倒すことだけにしてもらった。大量の丸太が必要になるため、あんまり時間もかけていられない。今は周囲に魔物がいないからといっても早くこの場を離れるに越したことはなかった。


 そうして数百本の木を伐り倒したところで村へと戻った。

 先ほどまで元気一杯だったトトも、流石に長時間歩いたためか少し疲労が見て取れた。因みに、斧をずっと握っていた腕はどうもないらしい。これまたギフトの恩恵なのだろうか?


 少し休憩したのち、トトと再び作業を開始した。といってもそんなに難しいことではない。枝を全て切り落とした後、杭の様に先を尖らせただけだ。

 村周りの壁を作ると考えた時に、頑丈な紐もなければ、加工するためのまともな道具も無かった。まあ、仮にあったとしても、そんなちまちまやっていては何日かかるかもわからないため今回は採用することは無かったけどね。



「トト、お疲れ様」

「カミトさんもお疲れさまー!」


 最後の1本を作り終えた時、既に日が傾いていた。


「流石にへとへとだよ~」

「トトには一杯頑張ってもらったからな」


 今日はトトにとって濃密な時間だったことだろう。なにより、同じ作業を続けることは精神的にも疲労が溜まる。今日はゆっくり休んでもらいたいものだ。


「今日は頑張ったご褒美に、晩御飯には町の美味しい食べ物を提供するよ」

「本当? やったー!」


 そんな話をしていると、後ろから地面に着地するような音が聞こえた。


「カミト、ただいま」

「おかえりイシス、お疲れ様」

「流石に驚いたよ。まさかこの短時間であんなに大きな堀が出来ているなんて。でも、村全て堀で囲まれているからどうやって渡ればいいのか悩んだよ」


 そう言って、イシスは肩をすくめた。


「すまん、足場を片付けたままだった」


 村へ帰るときに使用した丸太を加工した板は、念のために再度葬り袋へと仕舞っていた。帰還したイシスはどうやって村の中へと戻るのか困ったことだろう。


 右手に伸縮重棍を持っていることから、あの時みたいに堀を飛び越えてきたんだろうが、器用な奴だ。


「イシスさん、お帰りなさい。その、森の中の様子はどうでしたか?」

「そうだね、オークの拠点を見つけたよ。それも、かなりの数だ。正直この村を守りながら戦闘するのは難しいかと思っていたけど、どうやら杞憂の様だね」


 イシスは苦笑しながら堀を眺めた。




「そうですか、オークの集団が20体程ですか……」

「ええ、しかもかなり装備も整えていましたね」


 夕食時に偵察の結果をイシスは報告した。思った以上の数にダリさんは苦虫を押しつぶしたような顔をしている。


「その、お二人で大丈夫なのでしょうか?」


 その心配をするのも無理はない。低級の魔物ならまだしも、オークはそこそこの強さを持つ魔物だ。それが20体vs2人だ。ダリさんが心配するのも当然と言える。

 そんなダリさんの不安を取り除こうと口を開こうとした時、俺よりも先にトトが口を開いた。


「お父さん、大丈夫だよ!」

「トト?」

「カミトさんなら何とかしてくれるよ! ね、カミトさん?」


 おっと、別に戦闘面に関する力は見せていないのにまさかこんなに信頼されているなんて。でも、そんな真摯に見つめられたのであれば応えないわけにはいかない。


「任せてください! あ、でもトトにはもう少し手伝ってもらうからな?」

「へっ?」


 依頼人の心配を取り除くのも冒険者の務めだ。俺はなんの気負いもなく即答した。

 俺とイシスの2人だけでも何とかなるとは思うが、こう大見栄を張ったからにはもっと大胆にいかないといけない。



 トトに少し手伝ってもらった後、明日に備えて寝るように促し、今は村の入口でイシスと二人きりだ。

 俺は何も言わずに、そっとイシスの目の前に加工した丸太を取り出した。


「カミト、これは?」

「聞いてくれイシス、これは新しい柵だ」

「うん、それで?」

「俺では重くて持てないんだ」


 いや、本当に重いんだよ。頑張っても片方を浮かせるの精一杯だ。本来なら使い物にならないが、ここには怪力お化けがいる。


「イシスにしかこんなことお願いできないんだ」

「はあ、仕方がないなあ……引き受けた」


 イシスは目の前の両手で持ち上げ、堀の手前に勢いよく突き刺した。


 うん、凄いな。やはりイシスを信じて正解だった。イシスならなんとかできると思ったよ。


「はぁぁぁっ!」


 それでも流石のイシスでもそこそこ重たいようで、気合を掛けながら1本1本差していく。これを村を囲うまで続ける必要がある。

 でも、俺にはこれ以上どうしようもない。イシス以外には不可能だ。頑張れイシス、この村の命運はお前にかかっている。


「ファイト、イシス!」

「ああ、がん……ばるよ! はぁぁぁっ‼」


 俺は応援を頑張るぜ!



 そこから数時間もしないうちに、無事に森方面とその真反対の2か所の出入り口以外は全て丸太で覆われた。


「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ、おわった……」

「本当にお疲れ様、助かったよ、ありがとう」


 イシスは地面に大の字になり、荒い呼吸を落ち着かせる。そして、胸郭が徐々に規則正しい動きになってきたところで突然イシスは口を開いた。


「実はさっきは恐怖を与える恐れがあったから言わなかったことがあるんだ」

「上位の存在か?」

「……驚いた、流石カミト、気が付いていたんだね」


 もしかしたら、という程度で言ったがやはり本当にいたか。なんせ20体ものオークの集団だ。そんな大所帯になると、それを取りまとめる存在、つまりより上位の魔物がいると考えるのが自然だ。


「遠目からチラッと見えた程度だけど、恐らくアレはストロングオークだと思うよ」

「7級ランク相当か……」


 7級ランク相当、つまり俺たちにとって格上の相手だ。しかし、そんなに心配はしていない。それはイシスの表情からしても、同じ気持ちだろう。


「どのみち、今回のクエストをクリアして昇級したら相手しないといけない魔物だしね、それに、カミトとトトちゃんが作ってくれた堀と、用意してくれた防壁のお陰でこの村の被害をそんなに心配する必要がなくなったからね」

「イシスも最後の仕上げを頑張ってくれたからな」


 お互いに顔を見合わせ、ハハッと笑い合う。


「奴らは準備を整えていたし、地面に書かれていた地形からしてすぐにでもこの村に攻め入るつもりだった。あと数日遅かったら手遅れになっていたとこだよ」

「そうか……」

「この村の皆の為にも、絶対に勝とう」

「ああ、そうだな」


 お互いに拳を差し出し、こつんと突き合せた。

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