第20話「少年、掘を作る」
「それじゃぁ気をつけてな」
「ああ、カミトこそ皆をよろしく頼むよ」
翌朝、偵察へ向かうイシスを見送った俺は、改めて町の周囲を探索することにした。
村人たちは不安もあるだろうに、生きるために今日も朝早くから農業に勤しんでいる。かといって、小さな子供たちも農業に駆り出されるほど切羽つまってはいないようだ。
でも、その理由は良く分かる。畑には見たことも無い程の大量の作物が実っている。しかも、どれもこれも一般的な物よりも一回りも二回りも実が大きい。
食事さえ取れれば人は生きていける。つまり、不測の事態が訪れない限り、この村で生きていくのに困ることは無いだろう。
子供たちは、小さな枝でチャンバラごっこをしていたり、人形でおままごとごっこをしている。子供たちがのびのび暮らせるというのは、良い村である証拠だ。
しかし、俺の村でもある程度しっかりとした防壁があったんだけど、何度見てもこの村の防壁はやはりひどいな。
今まで大した被害が無かったのが奇跡みたいなものだ。怖いものは魔物だけではない。もし、この村が野盗に目をつけられていたら一たまりも無かっただろう。
「今回オークをなんとかできたとして、今後も安心して暮らせるようにしてあげたいんだけど……資材が無いんじゃどうしようもないよな」
「あはは、お恥ずかしい……」
村の倉庫を見ても、あるのは食料だけだ。
「実はこの村って今まで魔物の被害にあったことが無いんですよね。だから今まで対策とかも考えたことが無くて、かといって今更どうすることも出来なくて」
なるほど、だから資材が全然無いのか。しかし、資材から集めるとなると正直難しいな。何か凄いギフト持ちがいれば別かもしれないが、ダリさんに一度確認はとってみよう。
「それで、これからどうするんですか?」
「そうだなあ…………って、トト! どうしてここに?」
いつの間に俺の背後をとっていたんだ!?
「カミトさんが何か考えて見て回っていたので、なにかしらお力になれないかと思いまして……」
他の子たちと一緒に遊んできたらいいのに、なんて律儀な子なんだ。村長の子どもだからって、無理する必要もないのに。将来は村長の後を引き継がないといけないのかもしれないが、今はまだ10歳だ。きっと、色々遊びたいのを我慢して俺に付き合ってくれているのだろう。
「で、何かお手伝いできることはありませんか?」
キラキラした目で見上げるトト。
訂正、どうやら彼女自身も楽しめているようだ。
でも、そうか。そうだよな。俺だって村に冒険者が来て今のような状況になっていたら、自分が大した能力がなくたって同じことをしていたに違いない。だって、冒険者に憧れていたんだから。
「う~ん、それなら、皆のギフトとか何人か知っている人いるかな?」
「あ、それなら全員分かります!」
何人か知っている人がいれば御の字だと思っていたけど、まさか全員網羅しているとは。
しかも、トトは何かメモを取ってくる素振りも無い。もしかしなくても頭の中に全て入っているのだろう。
つまり、イシスはああ言っていたが、案外俺の暗記力なんかは普通なのかもしれない。
「まず、お父さんは『動物の狩人』でしょ? で、後の他の皆は『農業の達人』です」
「えっ? 全員?」
「はい、全員」
ふむふむ、なるほどなるほど。そりゃあ、全員のギフトを覚えられるはずだ。だって2種類しかないじゃん!
あのクソ女神絶対手抜きしただろ! 1人を除いた村人全員が同じギフトってどうしてだよ!
難易度が一気に上がった。せめて木材系のギフト持ちか、穴掘り系のギフト持ちがいればやりようがあったんだけど、いないもんは仕方がない。
ダリさんなら多少は力もあるだろう。俺と二人で木を伐採して、葬り袋で運搬。後は使っていない建物があればそれを壊させてもらって、その数少ない資材で森側の正面だけでもそれなりの防備を整える。
正面だけなので正直あまり意味のない張りぼてではあるが、多少警戒心を与えることが出来るだろう。1分1秒でも時間を稼げるなら、やるにこしたことない。そのわずかな時間で命運を分けることもあるはずだ。
「ありがとう、トト。お陰で方針は固まったよ。後は、使っていなくて壊してもいい建物とかないかな?」
「あっ……」
しまった、トトにそんな顔をさせるつもりはなかったのに。
苦い気持ちが思わず顔に出てしまったのだろう。折角俺たちの役に立とうと意気込んでいたのに、水を差す形になってしまった。
俺が後悔に苛まれていると、トトの口から耳を疑う言葉が発せられた。
「あ、あの! 実は私もギフトを持っているんです」
いや、それはあり得ない。ギフトが授けられるのは15歳になってからだ。例外はただの一度もない。あの女神が『このシステム』という言葉を口にしていたのを覚えている。つまり、15歳になれば女神のもとへ赴き、ギフトを授かる。この一連の流れがシステムによって決められているということだ。
「あんまり役に立たないギフトなので黙っていたけど、カミトさんは全員のギフトが知りたいっておっしゃってましたもんね」
しかし、トトの表情から嘘を言っているようにも思えない。短い時間しか接していないが、彼女はそんな無駄な嘘をつかないタイプだ。
「トトはまだ10歳だよな。どうやってギフトを授かったんだ? 15歳にならないとギフトを授かるなんてことは出来ないはずだぞ」
「んー、カミトさんだから私の秘密教えますね。私のお母さんは2年前に病気で亡くなったのですよ」
やはり母親は亡くなっていたのか。しかし、それとこれと一体何の関係が?
「お母さんのギフトは『託ス者』というギフト持ちでした」
『託ス者』? そんなギフトは今まで聞いたことが無い。
「その効果は普段は何の役にも立たないんです。役に立つのは死んだその瞬間だけ。『死ぬ瞬間、誰かにランダムでギフトを授けることが出来る』というのが『託ス者』の効果でした」
なるほど、つまりその効果によって、本来得られるはずのない年齢のトトにギフトが宿ったと。これは建物に宿るギフト以上に珍しい者なのではないだろうか? しかし、別に隠すようなことでもないはずなのに、トトは何故隠していたのだろうか?
「私のギフトは『縁の下ノ力持ち』というギフトです」
「縁の下ノ力持ち?」
名前からではどんなギフトなのか分からないな。ギフト名的に戦闘系ではなさそうだけど、後方支援的な能力かな。
「それで、どんな能力なんだ?」
「それが良く分からないんです」
「良く分からない?」
「はい、普通はギフトを与えられたら詳しい内容が分かると聞いているのですが、私の場合ギフト名以外分からないんです」
ギフトを授かっているのに、ギフトの能力が分からない。そんなことが本当にあるのか?
いやでも、そもそも普通ではありえない方法でギフトを授かったんだから、そのようなこともあるのかもしれないな。
「あ、でもでも、2つほどは能力分かったんです」
「2つ?」
「はい、どんな木でもバターの様に伐れます。そして、どんな地面でもバターの様に掘れます」
「えっ?」
マジで? もしそれが本当なら使い勝手がいいなんてどころでない、レア中のレアのギフトだ。この村が抱えている問題点もすぐさま解消できる。
なんでそんなに凄いギフトを隠していたのだろうか。有能なギフトであるのにもかかわらず隠す理由となると、使用するうえで大きなデメリットがあるということだろうか。
「でも、実はこの2つとも大きな欠点があるんです」
「欠点?」
やはり、思った通りデメリットがあったか。伐採した木が腐るとか、掘った土が腐るとか。もしかしたら、身体的に物凄い負荷がかかるとかかもしれないし、1日1回しかできないといったような回数制限があるのかもしれない。
「私が切った後の木は重さが倍以上になって、運搬するのが大変なんです。そして、私が掘った地面は、何故か固くなって他の人が掘ろうにも、全然掘れないんです。それに、土を掘る瞬間はいいんですけど、掘った後はギフトの効力が失われるのか、土を頭上に持ち上げるのも大変で、私より低い深さまでしか掘れません」
木が倍以上の重さになれば、農業の達人と動物の狩人のギフトしかない個々の村人では運ぶことは困難であり、仮に運ぶとなると大仕事になると。
そして、掘った後の土が邪魔になってまともな深さを掘れない。しかも、地面が固まって他の人が掘れないとなると、色々問題も出てくるだろう。なるほど、確かに普通に考えれば欠点なのかもしれない。
「すみません、やっぱりこんなギフトでは役に立たないですよね」
俺が考え込んで黙ってしまっていたため、勘違いしてかトトがそんなことを言ってきた。まったく、何を言っているんだか。
だから俺は爽やかな笑顔を浮かべて答えた。
「トト、それは最高のギフトだよ!」
「へぇ?」
普通なら、デメリットになるそれであっても、俺なら問題ない。何故なら俺には葬り袋がある。そして、単純な力仕事で済むならイシスが使える。
つまり、俺とイシスのパーティーに限って言えば、トトのメリットだけを最大限活用することが出来るということだ。
「カミトさん、どうするんですか?」
今、俺たちは村の外側に来ていた。そして、俺の手には葬り袋、トトの手には大きなスコップが握られている。
「避難用のシェルター的なのを地下に作ることも考えたけど、下手したら逃げ道が無くなるし、空気を確保するための仕組みも必要になる。しかも、全員が入る大きさとなればそれはどれだけの大きさを必要とするか分からない。だから、まずは基本的な堀を作ろうと思う」
「堀ですか?」
「ああ、幅が4メートル、深さが俺の身長の倍くらいあれば十分だろう。取りあえず、この村の周りを少しずつ掘ってみてくれ」
トトは意を決して掘り進めていく。その周囲に掘った後の土はない。
「はは、凄い、凄いよカミトさん! この掘り方なら確かに後ろに土を飛ばしたら良いだけだし、その土はカミトさんがなんとかしてくれるから、困ることないね!」
トトが掘った後に残る土、それは全て俺の葬り袋の中だ。この古代魔道具を正確に把握しているわけではないのだが、掘った土を収納できるのは実験済みだった。
しかし、何でも収納できるわけではない。地面そのままの土はいくら頑張っても収納できないし、掘って1分経過した土は収納できなかった。つまり、葬り袋に収納できる土は、掘って1分以内のものに限られているという事だ。
「あはは、なんだか体が軽くなってきたような気がする!」
ザク、ザク、ザク、ザク
「もっと早くできそう! 凄い凄い、こんな感覚初めて!」
ザクザクザクザク
「えっ、ちょっ、まっ」
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク
なんだこれ、トトが全力疾走するだけで地面が掘られていく。最早スコップが見えない。 その代わり土がシャワーの様に頭上に振ってきている。
これは、俺も本気でついていかないと土葬される‼
「あはは~‼」
結局、なんとかトトを落ち着かせたときには幅10メートル、高さ7メートル程の堀が完成した。
この短時間でここまで出来るとは予想だにしなかった。トトのギフトは、掘れば掘るほど能力向上するといった類の能力が間違いなく付与されているに違いない。
「確かに崩れる気配がないな」
「でしょ?」
堀の壁に向かって短剣を全力で振るうも、土がえぐれるどころか一粒たりとも剥がれ落ちることは無かった。
「トト、この能力は本当に凄いぞ?」
「そ、そう?」
「ああ、普通の土なら最悪無理やり足場を作って登ることが出来るかもしれないが、トトが掘った後の土ではそれが出来ない。それに、崩れる心配もないからわざわざ補強するなんて手間をかけることなく地下室を作ることが出来る」
それがどれだけ便利なことか。地下室や、地下通路といったものの最大の懸念が天井の崩壊だ。生き埋めになったら助かるすべは先ずないが、トトのギフトで作ればこの問題が完全に無くなる。
「それだけじゃない、地下は地上よりも温度が低いから夏場の野菜の保管場所とかにも適しているんだ。場所によっては氷を年中保管することが出来るとも言われてるんだ」
「そ、そうなんだ……」
おっと、思わず長々と熱く語りすぎた。トトの目の端に涙が溜まっているような気がするけど、気のせい……じゃないな、うん。
これはもしかしなくても、俺が泣かしたのだろうか? 気持ち悪すぎるって?
「私のギフトって無駄じゃなかったんだね……。お母さんが残してくれたものは無駄じゃなかったんだ……ありがとうカミトさん!」
「お、おう」
指で目じりをぬぐいつつ、トトは今まで見てきた中で一番うれしそうな笑みを浮かべた。
そうか、そうだよな。このトトのギフトは、言い方を変えればトトの母親が命と引き換えにトトに残してくれた宝物だ。それが、もの凄い価値のあるものだと分かって嬉しくないわけがない。間違いなく良い母親で、トトは大好きだったんだろう。
いや、本当に俺に引いて泣かれたわけじゃなくてよかった。
「カミトさん、これで終わり?」
いつの間にか、トトは他人行儀な話し方ではなく素の状態で話してくれていた。少しは気を許してくれたのだろうか?
俺としてはこっちの方が断然いい。子供に敬語で接されるのはやはり苦手だ。
「いや、念のためにここからもうひと手間加えようか」
「うん、どうすればいい?」
「ここをこう、斜めにして……」
その後、トトと協力し、時には肩車をして更に壁を削り、最終的には台形のフラスコみたいな形の堀が完成した。これでより、この壁を上がるのは困難だ。
少なくとも、俺の力では登れない。
そう、登れないんだ。
「ね、カミトさん、どうやってここから上に上がるの?」
「うん、それはだな」
トトの期待の眼差しが俺を射抜いている。きっと、俺の天才的な方法を期待しているんだろう。
上がる方法ね……それは俺が、誰かに一番尋ねたい内容だ。
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