第19話「少年、村長宅へ泊る」
翌朝、手早く身支度を終えた俺たちは再び街道を激走し、途中から道なき道を進んでいった。そうして、日が沈みかけた頃、ようやく目的のマモ村が見えてきた。
マモ村に入る前にざっとマモ村全体を見渡した。まず、村自体はそこまでの大きさはなく、ざっと家屋を見た感じ100名程度の人数しかいない。そして、村全体に防御壁として木柵が張り巡らされているも、全てが俺の腰程度の高さまでしかなく、所々朽ち果てている部分もある。
村の周囲に目を向けると、俺たちが来た方向の反対側は大きな森が圧倒的な存在を解き放っている。地図を見た限りだと、その森の大きさはマモ村の100倍は優に超えている。
オークがマモ村に襲撃してくるとなれば間違いなく森のある方角から攻撃されるだろう。そして、襲撃されたが最後、このような脆弱な防御壁に非戦闘員である100名程度の村人が加わった程度では太刀打ちできないだろう。
マモ村の入口へ向かうと、すでに数人の村人たちが集まっていた。その中でも代表格であろう30代の大柄な男が一歩前へと踏み出した。
「マモ村へようこそいらっしゃいました。貴方たちはもしかして……」
「初めまして、私はイシスでこっちがカミトと言います。私たちはこの村の依頼を受けに来た冒険者です」
「おお、そうでしたかそうでしたか。私は村長をしておりますダリと申します。立ち話もなんですので、わが家へご案内いたします」
俺たちが冒険者だとわかると、強張っていた村長の表情が少し和らいだ。周りに集まっている村人たちの表情も似たり寄ったりだ。
いつオークの襲撃を受けるかも分からないという恐怖と日々戦っていたのだろう。そこに冒険者という希望の光がやってきたら、安心するのもうなずける話だ。
村長の後に続いて俺たちは村の中を進んでいく。そして村人とすれ違う度に『冒険者だ!』と歓喜の声が聞こえていた。
まだ依頼を達成したわけでもないのにこの喜びようだ。しかし、頼られるというのは悪い気がしない。その期待に添えるように頑張らないとな。
「中へどうぞ」
村の中央には、周りと比べても一際大きい家屋があった。ここがどうやら村長の家のようだ。
「改めまして、わが村にお越しいただきありがとうございます」
椅子へ腰かけた俺たちへ向かい、村長が改めて頭を下げてきた。
村長というのは大なり小なり、その権力を笠に横柄な態度になってしまう人物が後を絶たない。実際は大した権力も無いのに、小さな世界でしか生きていないから勘違いをしてしまうのだろう。
その点、この村長は言葉の端々からもそんな様子が見受けれられることもない。見た目とは違いすぎるが、良い人なんだろうという事が分かる。
『ただ、良い人っていうだけでは村といえどトップの器ではないけどな!ガハハ‼』
俺の村の村長である酒好きの爺がよくそう言っていたっけな。果たしてこの人はどちらなのだろうか。
会話の主導権はイシスへお願いした。見た目からいっても、イシスが主になった方が印象も良いし、安心感も与えられるに違いない。
「それでは詳しい話を聞いてもよろしいですか」
「はい、実は……」
村長の話をまとめるとこうだ。
村で唯一小動物を狩ることが出来る村長が、先日いつものように森の中へ入ると、血なまぐさい匂いがした。嫌な気がして臭いのする方には直接向かわず、近場の木に登り遠くを見渡すと、丁度小動物を食しているピンク色の魔物、つまりオークの姿を発見したと。
急いで逃げかえって、その後すぐに村長が冒険者ギルドに依頼を出したそうだ。因みに、その1匹しかまだオークは見ていないそうだ。だからといって、他のオークがいないとも限らない。まずはオークの規模を確認しないといけないな。
そんな話をしていると、玄関から荒い息を吐いた10歳くらいの少女が姿を現した。
「冒険者様、マモ村へようこそお越しくださいました。私は村長の娘のトトと――って、ちょっと、お父さん! お客様にお茶も出さずに何しているのよ‼」
「あっ……」
「はは、かまいませんよ」
「はっ、すみません、失礼いたしました。今すぐお茶のご用意させていただきますね」
イシスの爽やかスマイルで一瞬にして我に返った少女は奥へと引っ込んだ。
恐らくアレが少女――トトの地なのだろう。しかし、俺としてはそっちの方が好ましかった。褐色の肌に茶色のポニーテールを揺らすトトには、どちらかというと元気で活発な姿の方が似合っているような気がする。
少女が入れてくれたお茶で一息ついていると、恐る恐るという感じでトトが尋ねてきた。
「父が何か失礼なことをしなかったでしょうか?」
「トト……」
「いえいえ、素敵な父君でしたよ」
なんだかこの二人の力関係が分かってきたような気がする。
「それでは私たちはそろそろ暫く泊まる宿を探そうと思うのですが……」
「それならぜひ、わが家の空き部屋をお使いください」
「あ、ああ。そうですね。私たち2人には大きすぎる家でして、部屋が余っていますので是非そちらをお使いください」
そんな風に言われては断るのも忍びない。
なによりも、トトの目がキラキラと輝いている。その日の生活でいっぱいいっぱいの村では、旅人や冒険者から外の話を聞くというのは数少ない娯楽の一つだ。しっかりしようとしていても、やはりまだまだ子供だ。トトもきっとそのような話が聞ける機会を期待しているのだろう。
「それではお言葉に甘えて泊まらせてもらいます。でも、ただで泊めてもらうのも悪いですし……」
一呼吸おいて、俺はトトへ向き直った。
「私たちの冒険の話なんかでよければ、晩御飯の肴に如何でしょうか?」
「えっ! 良いんですか!?」
俺の提案に対して、思わず『やったー!』と、両手を上げて素で喜ぶトト。うんうん、やっぱり小さい子供は元気が一番だ。
それにしても、私たち二人か……。奥さんはどうしたのか、と聞くのは野暮だろう。
案内された部屋は、10畳程度の広さでベッドは2つ置いてあった。ここで暫くイシスと共同生活を送ることになる。
イシスの方に目をやると、少し戸惑っている様子が見受けられた。よくよく考えてみれば、イシスと同じ部屋で過ごすのはこれが初めてだ。といっても、一応男同士だしそんな気にすることも無いと思うのだが……。
まあ、細かいことは置いておいて先ずは今後の方針を決めなければならない。
俺の表情の変化に気が付いたのだろう。イシスもいつものような真剣な表情へ戻り、俺たちは今後の方針について話し合うことにした。
「まずは、オークの規模が分からない限り対応も困難だな」
「それと、いつオークが攻めてくるのかも分からないのが不安だね」
「仮に攻めてこられたとしたら、この村の防備では一瞬で破壊されるだろうな……」
オークの大群が攻めてくるとなれば、ボロボロの木柵しかないこの村を2人で守るのは困難だ。せめて、もう少し村の防備を整えられれば……。
「明日は一先ず二手に分かれるしかないな」
「偵察に行くか、この村に残って周囲を警戒するか、だね」
「となると、俺が偵察に行って、イシスが残る方が無難だよな」
俺の方が俊敏性はある。それに、俺なんかよりも、イシスがこの村に残っている方が皆安心感がある。
なにより、俺は基本的に近距離でしか戦闘出来ないが、イシスは遠距離からも攻撃可能だ。防衛にどちらの能力が優れているのかは一目瞭然だろう。
「いや、私が偵察に行くよ」
「イシス、どうしたんだ急に?」
基本的に今まで俺が提案した方針をイシスは断ったことが無い。俺としても、最善の策を考えてきたと自負しているし、それをイシスが信頼してくれていると思っていたのだけど、それは俺の思い上がりだったのだろうか?
「カミトは自分のことを低く評価しすぎだよ。私よりも、カミトの方が村人の信頼を得られると思うよ」
「いや、そんなことは」
「そんなことはあるよ。少なくとも私はそう信じている」
茶化しているわけでもなく、イシスの目は真剣だ。相変わらず、仲間だからということで俺のことを信じているのだろう。
「それに、この村の防壁をなんとかしようという考えているのだろう? 私には、そっち方面の知識はあまり無いけど、本の虫のカミトなら色々と何かいいアイデアが浮かぶのではないかと思うんだよね」
「いや、そこまで詳しいわけでもないし、俺は素人だぞ?」
でもまあ、そこまで言ってもらえるなら悪い気もしないし? それに、期待を裏切るわけにもいかないし?
「でもまあ、頑張ってみるよ」
いっちょやりますか!
その夜、俺たちは約束通り晩飯時に、トトに今まで経験してきたことを話した。
英雄でもなければ、キラキラと輝いているような話ではない。そんな不格好な内容にも関わらず、トトは終始目を輝かせながら真剣に耳を傾けていた。
少しは盛ったけど許容範囲内だよね?
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