第18話「少年、葬り袋に感謝を捧げる」

 しばらくすると、川が見えてきた。地図によるとこの川でマモ村まで丁度半分だ。


「丁度日も暮れてきたし、今日はここで野宿にしようか」

「そうだな……今回は地図に記載されているちゃんとした川だから大丈夫だしな」

「あはは、そうだね……」


 水辺に対しては少し敏感な俺たちであった。


 馬を川の近くにつなぎ止め、俺たちは夕食の準備に取り掛かった。といっても、葬り袋から取り出すだけだけど。



「「いただきます」」


 俺たちは対面で座りながら食事を始めた。


「うん、噛めば噛むほど甘い味わいが口の中に広がるし、鼻から通る芳醇な香り、なによりスープなんかにつけなくても柔らかく食べやすいね」

「だろ? 勝ち取った俺をもっと褒めてくれてもいいぞ」


 先ずは出来立てほやほやのふわふわパンだ。うちの村ではカチカチのパンしか食べたことが無かったが、運のいいことに町に『粉ノ達人』というギフト持ちがいて、このパンをあの町限定で販売しているのだ。


 一度このパンを食べたら最後、他のパンを口にしようとは思えない。しかし、残念なことに一人で作っているためその数が限られている。そのため毎日このパン争奪戦が繰り広げられており、多くの敗者が涙を呑む事態になっていた。


「毎日普通に購入できるようになればいいんだけどね」

「それは、今後次第だな」


 、このふわふわパンを作るための製法を広めることにしたらしい。そのため、現在はパンの製法のレシピを作成中だとか。

 しかし、従来のやり方とはまったう違う為、ちゃんとしたパンが完成するのはどれだけの歳月を要するかは未知数だと噂されている。是非とも職人たちには頑張ってほしい所だ。


 さて、次は新鮮なサラダ肉も入っている具沢山スープだ。


「野菜はしなっていないし、シャキシャキ歯ごたえが良いね。スープはお肉も柔らかいし、飲んでみるとなんだかホッとするね。心の芯から温められるよ」

「ちょっと肌寒い夜には丁度いいだろ?」


 ホットなスープだけにホッとするってね。


「ふ~、カミトありがとう。野宿となると、食事は干し肉とか味気のない携帯食が一般的なんだけど、まさかこんなに出来立ての食事が食べられるなんてね。なんだか他の冒険者に申し訳ない気もするよ」

「俺も、葬り袋の中に入れたものは時間が経過しないなんて思いもしなかったよ」


 正確には時間が経過しているかもしれないが、どのみちそれは物凄くゆっくりと経過しているのであり、止まっているのと同じようなものだ。


 事の発端は、いつものように魔物を納品していた時の職員の何気ない一言だ。


『全然臭くないし、まるで今狩ったばかりのようだな』


 そんな職員の些細な呟きを俺たちは聞き逃さなかった。確かに、よくよく考えたらおかしい。魔物を葬り袋に入れてから数時間経過していたにも拘らず、取り出したばかりの魔物は新鮮な血を垂れ流し、魔物自体にはぬくもりが残っていた。勿論腐ったような臭いなんて全くない。


 こんなことが一般的にあり得るかといわれれば否だ。そのため、俺とイシスは1つの可能性に行きつき、様々な方法で検証してみた。

 その結果、温かいものや冷たいものを葬り袋に入れたまま1週間後に取り出してみても全く温度の変化を感じなかった。


 これにより、俺たちは、いつでも何処でも出来立ての料理を味わうことが出来るようになった。この古代魔道具を制作した人物には、もはや尊敬の念しかない。


 食事が終わればテーブルや食器を仕舞い、葬り袋から大きめのテントとダブルサイズのベッドを取り出す。別にイシスと一緒に寝るためではない。どうせなら大きいベッドで寝たいという俺の純粋な願望だ。


「野宿でベッドに寝られる贅沢な冒険者なんてこの世界にどれだけいるんだろうね」

「さあ、少なくても2人はここにいるけどな」


 今までは、人目に付きやすい場所ではこんな使い方はしなかった。それは受付嬢の助言によるものも大きい。


 葬り袋を良く知らない人からしたら、単純に何でも入れられる魔法の便利袋と思ってしまうらしい。つまり、俺たちを殺して中身ごとその袋を頂こうと考える輩が出てきてもおかしくないとのことだ。

 確かに、イシスも葬り袋の存在は知らなかった。こんなので命を狙われたのではたまったものではない。

 

 それからは、受付嬢が俺たち用にと、鑑定所で周りに見られることのない特別な場所を用意してくれたりもした。

 思い返せば、あの町に来た時からずっとあの受付嬢には世話になっている。いつか恩返しをしないといけないな。


 今回はそのことも踏まえて、テントでベッドを外から隠すことにした。わざわざ便利なものを使わない手はない。工夫して使えるのであれば、率先して使うべきだ。


 イシスは真面目だから、葬り袋でなんだかズルしているような後ろめたさを多少は持っているようだが、それは違うと俺は考えている。一級の道具を見定める能力も、それを上手に使用する能力も冒険者の力の一部だと思うからだ。

 例えばこれを武器で考えてほしい。あの冒険者は凄い武器を持っているからズルい! なんて言う冒険者がいるだろうか? まあ、嫉妬はされるかもしれないけどね。



 

「それじゃあ3時間後に起こすからイシスは先に休んでくれ」

「ああ、わかったよ」


 俺は砂時計を取り出してひっくり返した。これは3時間用の砂時計だ。外でも時間が図れるようにと、一介の冒険者が考案した者らしい。その者は別段そっち系のギフトを持っていたわけでもないが、偶然閃いて、巨万の富を得たらしい。今では野宿する冒険者達にとってなくてはならないものだ。


 野宿といえば、魔物の襲撃に備えるためにも冒険者間で見張りを交互に行うものだが、やはり常に気を張っていないといけないためストレスがどうしても溜まってしまう。そうすると、やれどっちが長いだの短いなどの些細なことで揉め事が多発していたらしい。それが、この砂時計の登場で解決したという訳だ。


 たかが時間、されど時間。どんなことで冒険者同士で揉めるかは分からない。願わくば、俺たちのパーティーは揉め事とは無縁でいきたいものだ。

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