第16話「少年、入浴で失敗する」

 さて、気を取り直してお風呂の準備に取り掛かろう。今まで風呂とは縁がなかったからどうやって使用すればいいのか正直分からなかったが、そこはちゃんとテーブルの上にお風呂の使用方法というマニュアルが置かれていた。細かなところまで気配りが行き届いている素晴らし宿だ。ここを教えてくれたイシスには感謝しないとな。

 

「あ゛~これがお風呂というものか……」


 マニュアルに従い、頭や身体を洗った後に湯船に浸かった。なんだか、体が芯から温まり心地よい。これなら今日の疲れが一気に取れそうだ。


「今までで一番今日が疲れたからな」


 初めての8級ランク相当の魔物との闘い、遥か格上の魔物との戦闘、イシスと初めての口喧嘩……まあ、最後のはお陰で仲が深まったから別に良いんだけどね。


「イシスといえば……」


 時々覗かせる可憐な笑み、恥じらう表情、乙女のような仕草……イシスって本当に男なのだろうか? うん、よくよく考えたら男だって説明受けたわけでもないし。あのルックスや体系から勝手に男だと俺が思っているだけで実は女なのでは? という疑念を抱いている。普段は鎧で覆われているから実際にその体の正確なラインとかも分からないしな。同じ宿で生活していればラフな格好も見られるんじゃないだろうか。流石に寝る時まで鎧を着てるなんてことも無いだろうし。


 というか、いっそのこと女であって欲しい。男にドキッとしたなんて思いたくない。別に好きとか欲情しているとかいうわけではなく、純粋なるプライドの問題だ。俺はノーマル、ノーマルなはずなんだ。受付嬢も内心では可愛いと思えているし、イシス以外の男を見ても心臓の鼓動は一切変わらない。


「って、俺は何を考えているんだ」


 だめだ、なんだか頭がぼーっとしてきて普段は考えないようなことも考えて……あれ、なんだか目の前が暗く……あ、やばっ……。



「カミト、おい、カミト大丈夫か!?」

「あれ……イシス?」 


 どうしてだろう、イシスのことをずっと考えていたからなのか、何故か目の前にイシスがいる。正確には舌からイシスの顔を見上げているような形だ。これは夢なのだろうか。イシスの右手には扇子が握られており、俺に向かって扇いでくれているようだ。そよ風がとても心地よい。


「よかった、気が付いたか。ほら、ちょっと起きてこれ飲んで」

「ああ、ありがとう」


 これは果実ジュースだろうか。冷たくて喉通りが心地よい。ふわふわしていた頭もなんだか冷えてきて、次第に意識がクリアに……。


「えっ、イシス?」

「ん、そうだよ?」


 ふう、落ち着け俺。まずは状況を整理しよう。


 まず、今いる場所はベッドだ。そのベッドの上で正座しているイシス。そして、イシスの左手に支えらるようにして俺は起き上がっている。つまり、先ほどまでイシスに膝枕をしていてもらっていたということだろう。まあ、ここまではまだいい。問題は、俺の格好が裸であるということだ。正確には腰にタオルだけ巻かれている。しかし、俺はタオルを巻いて湯船に浸かった記憶はない。つまり……。


 もうお婿に行けない……。



「その、イシスありがとう。助かった」 

「帰ってきたらびっくりしたよ。カミトが湯船でぐったりしていたんだから」


 詳しく話を聞いてみると、どうやら俺はのぼせてしまっていたらしい。のぼせる、とういう単語は初めて聞いたが、長時間お風呂に入っているとおこる症状らしい。場合によっては死ぬ可能性もあるから今後は長湯しないようにとイシスからお小言をもってしまった。

 

「それよりも、カミト。その、そろそろ服を着たらどうだ?」

「ああ、悪い」


 イシスが頬を赤くしながら顔を背ける。俺は急いで服を着ることにした。イシスがチラチラ目線をこっちにやっているような気がするが、今は気にしないようにしよう、うん。


「さて、カミトも回復したことだし、晩御飯を食べに行こうか」

「そうだな。今日は昼も食べ損ねてお腹すいてるからな」


 そうして俺たちは一緒にいつもの食事処へと向かった。



 食事中、話題は水星大蛇マーキュリーオロチで持ちきりだった。


「どうやら、3級ランクの氷魔姫のパーティー『氷薔薇』が討伐したそうだよ」

「わざわざ3級ランクが討伐に行ったのか!?」


 受付嬢の話によると、水星大蛇マーキュリーオロチのランクは5級相当だという話だ。それならば5級ランクのパーティーもしくは余裕を見ても4級ランクのパーティーであれば十分なはずだ。一般的に冒険者ランクは6~7級が中堅者、5級になれば上級者といって申し分ない。それが4級ともなれば最強と名乗っても恥ずかしくないレベルの冒険者たちだ。勿論数もそんなに多くない。しかし、それでも3級以上と4級の差は天と地ほどもあると言われており、3級ランクの冒険者からは畏怖も込めて二つ名がつけられている。今回討伐に向かったという氷魔姫もその一人だ。


「なんでも、変異種の水星大蛇マーキュリーオロチだったらしくて、4級ランクでも勝てるかどうか怪しいレベルの強さだったらしいよ」

「よく俺たち生きて帰れたな……」

「運が良かったのだろうね」

 

 氷魔姫といえば、殲滅魔法を極めた魔導士だ。その中でも氷の魔法が得意なことからその二つ名は付けられたらしい。彼女が戦場に向かえば蟻の1匹も見逃さないと言われている。そんな彼女のパーティーが4級でも難しいというのだから、水星大蛇マーキュリーオロチの強さはそれはもう凄かったんだろう。


「まあ、それでも氷魔姫の一撃で倒したらしいけどね」

「遠いな……」


 本当に遠い。俺が目指すものはなんて遠いのだろうか。しかし、だからこそやりがいがあるってものだ。着実に、一歩ずつ。急いでも良いことはない。着実に力を付けていこう。


「よし、俺たちは先ずは7級ランクを目指さないとな」

「ふふ、それでこそカミトだよ。明日からも一緒に頑張ろう」


 何が面白いんだか。さて、そうと決まれば明日に備えて今日はもう休むか。


「今日はお礼に俺がおごってやるよ」

「いいの? それじゃあお言葉に甘えるよ」


 色々世話になったからな。


 夜風の心地よさを感じながら、宿屋へ向かって俺たちは歩く。イシスの格好は普段とは違いTシャツに少しダボっとした長ズボンといったラフな格好だ。悔しいが、そんな格好でもイケメンオーラは健在だった。シルエットをみても、やはり女の様には思えない。だが男という証拠もない。

 しかし、別に性別は明らかにしないでもいいじゃないか。どっちだろうと俺の大切な相棒には変わりない。そうだ、もう性別のことを考えるのは辞めよう。膝枕されていた時に、側頭部に何かの感触があったような気がしなくもないが、それも考えるのは辞めておこう。うん。 

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