第15話「少年、宿屋に感激する」
初めてこの街に来たときは、最上級と思われる宿に泊まった。しかし、それは俺の力で成しえたものではない。その次の日からはお金に余裕が無かったため、門前で野宿でしのいでいた。俺の実力では底辺な宿屋に宿泊するのも困難だったためだ。
そんな俺が今日からは宿屋で宿泊することが出来るようになる。ここまで到達するまで本当に長かった。今までのことを思い出すと、なんだか感慨深いものがある。
大きな一歩、大きな前進といったところであろうか。ようやく一般人が思い描く普通の冒険者生活を送ることが出来る。ここからだ、ここから俺の冒険者としての物語は新たなスタートを切る。これからの日々が楽しみだ!
「ここが私が宿泊している『ハクシロの宿』だ」
イシスの案内についていくと、外観が真白色の宿へとたどり着いた。大きさ的に宿泊できる人数は10名程度だろうか。この規模の宿屋なら、宿泊費が高すぎるなんてこともないだろう。しかし、外に看板も何も出ていないため、イシスに教えてもらわなければ宿屋なんてだれも思わないだろう。
宿の中に入ると、外観と同じく白色がメインの装飾で彩られている。受付に目を向けると、白髪のご婦人が椅子に座って編み物をしていた。
「シロさん、只今戻りました」
「あらあら、イシスさんおかえりなさい。そちらの方は?」
「初めまして、イシスと一緒にパーティーを組んでいるカミトと言います。今日からこの宿に宿泊する予定なんですけど良いですか?」
「大丈夫ですよ。部屋は丁度イシスさんの横が空いていますのでそこで良いですか?」
「はい、お願いいたします」
無事に部屋を確保できた俺は、取りあえず1週間分の宿代を支払い、指定された部屋へと向かった。
部屋に入ると、俺が10人は寝ころべるであろう空間に、ベッドが一つ、そして小さいテーブルとイスが置かれていた。
「思ったよりも広いな」
「だろう? そして、私がこの宿をお勧めした理由はその奥にあるんだ」
イシスが部屋の奥にある2つの扉を指さした。促されれるままに扉の中を確認すると、一つ目はトイレ、そしてもう一つは――。
「風呂じゃん‼」
「ふふん、そうなんだ。この宿はお風呂が付いているんだよ!」
イシスが俺に向かってどや顔をする。普段だったらうっとおしいと思うような行為だが、逆の立場だったら俺だってどや顔していただろう。それくらいの衝撃を俺は受けている。
正直トイレが個室についているだけでも内心驚いていたが、お風呂までついているとは完全に予想ができなかった。
大抵の宿屋はトイレは共同が当たり前だし、風呂ではなくシャワーが一般的だ。勿論シャワーも共同だ。お風呂なんて裕福な家庭にしかなく、そんな贅沢がこんな宿で、しかも格安で体験できるなんてどれだけ良心的な宿なんだろうか。だが、疑問もある。
「なあ、イシス。なんでこんなに凄いのにこの宿に空きがあったんだ?」
「それは、誰もこの宿屋を教えたくないからだよ」
「教えたくない?」
「ああ、カミトも入る前に見ただろう? この宿屋は外観だけみてもまず宿屋とは思われない。そうなると、実際に宿泊した奴が他の人から教えて貰わなければ宿泊は不可能なんだ。しかし、カミトだったらわざわざ教えるかい?」
「そりゃあ……教えないな」
だって、教えたらライバルが増えてしまい、自分が泊まりたいときに泊れないじゃん? でも、そうか。それが満室でなかった理由か。
「でも、宿屋に空きがあったらその分宿主の生活きつくならないか?」
「それは大丈夫だよ。ここはさっきのシロさんと、その旦那であるハクさんの2人が趣味で始めた宿屋らしいんだ。彼らは既に生活するには全く困らない貯金があるらしくて、例え宿泊客が0人でも問題ないって言ってたよ。だからわざわざ宣伝なんかせずに隠れ家的宿屋を目指すって」
なるほど、だからハクシロの宿か。しかし、なんとも楽しそうなご夫婦だ。俺も将来隠居する時がきたらマネでもしてみようかな? その時に金があれば……だけど。
「それじゃあ、私は装備を修理してくるからカミトはゆっくり休んでいてくれ」
「わかった、そうさせてもらうよ」
今回は自分でちゃんとお金を支払って泊まるんだ。この時ばかりは警戒心を解いて日頃の疲れを癒しても罰なんて当たらないだろう。まずは、風呂だ風呂。初めて入るから少しドキドキするぞ……
「あ、そうだ。勿論今日も一緒に晩御飯食べてくれるよね?」
部屋から一度出て行ったイシスが、顔だけひょっこり出して恐る恐るそんなとぼけたことを聞いてきた。やれやれ、何言っているんだか。
「今更だろ、晩飯は勿論、朝飯でも昼飯でも何時でも付き合ってやるよ」
「うん、ありがとう。それじゃあまた‼」
今度こそイシスは部屋から出て行った。
まったく、お礼を言うようなことでもあるまいに。どうやらイシスは1人で食事をするよりも、他の誰かと一緒に食事をするのが好きらしいからな。相棒である俺が付き合ってやるさ。ただな、1つだけイシスに言っておきたい。最近お前キャラ変わってきてないか? 特に、今みたいに花開くような笑顔とか……いや、似合っていないわけではないんだけどな? 寧ろ普段のキリっとした表情とのギャップと言いますか……って俺は誰に言い訳しているのだろうか?
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