第14話「少年、宿屋デビューを決意する」

 ボロボロになりながらも、俺たちは冒険者ギルドへ戻ってこれた。その間に「水星大蛇マーキュリーオロチ」が戻ってくることは勿論なかった。

 いつもの受付嬢の所へ向かうと、彼女は目を真ん丸にいて俺たちを凝視していた。


「だだだ、大丈夫ですか!?」

「はい、何とか命は守れましたよ」

「それは良かったですけどお二人がそこまでボロボロになるなんて……一体何があったんですか?」


 そんなに俺たちが怪我をするのが珍しいのか、受付嬢は神妙な面持ちで姿勢を正した。


「実は、選別の森で「水星大蛇マーキュリーオロチ」と思われる魔物に遭遇しまして」

「「水星大蛇マーキュリーオロチ」ですか⁉ あの5級ランク相当の魔物が選別の森に出現するなんて……。皆、一旦選別の森へ入るのは中止よ!」


 流石ギルドの受付嬢。あの魔物の危険さを良く分かっているのだろう。ギルドの他のスタッフや、冒険者たちに聞こえるように大きな声を張り上げていた。そこから、町の門兵に選別の森へ入ることを一時中断する旨を伝えに行く者、ギルド前に公表しにいく者、討伐可能な冒険者をリストアップする者など、各々でしっかり役割分担を担い、流れるように対応していた。


「イシスさん、カミトさん、申し訳ありませんがもう少し詳しい話をお願いいたします」


 それから魔物の特徴、攻撃方法、出現場所など事細かに受付嬢へと説明した。その結果、やはりというか

水星大蛇マーキュリーオロチ」で間違いなさそうであった。


「ありがとうございました。他に何かご用件はありますか?」

「はい、魔物の買取りをお願いしたいのですが」

「魔物の買取りですか?」


 受付嬢が不思議そうな顔をして俺たちを眺めている。そんな顔をしてどうし……って、そうか。今の俺たちは傍から見たら殆ど手ぶらのようなものだ。葬り袋を持っている冒険者なんてめったにいない。それに、つい先日まで俺たちは普通に魔物を持ってきていた。彼女がそんな顔をしてしまうのも無理はないか。


「実は葬り袋を入手しまして……」

「葬り袋ですか⁉」


 カウンターにガタっと手をつき勢いよく受付嬢が立ち上がった。それに加えて、興奮するあまりに鼻息が荒く、頬が紅潮している。そうか、やはり受付嬢は古代魔道具の存在も知っているのか。


 改めてここのギルド職員の質の高さに感心しつつ、葬り袋からロックウルフ1匹を取り出した。


「凄い、あんな小さな布袋からこんな大きな魔物が出るなんて。やっぱり本物なんですね!」

「はい、それで他にも何匹か魔物が入っていまして……」

「それでは、奥の鑑定所で出していただいてもいいですか?」

「分かりました」


 鑑定所、それは冒険者ギルドの奥に続く、倉庫も兼ねている建物だ。小さな魔物は直接受付でやり取りされるが、大きな魔物になると受付では処理しきれないためこの鑑定所で直接やり取りをしている。因みに、鑑定所には外にも入り口があり、大物を狩ってきた冒険者は普段はそちらから直接出入りしている。


 鑑定所の建物へ入る瞬間、何かを通り抜けるような妙な感覚を覚えた。不思議に思って周りを見渡すものの、何もない。


「カミトも感じた?」

「ああ、イシスもか?」


 俺と同じくイシスも違和感を感じていたそうで気味悪そうに体をさすっていた。そんな俺たちの疑問に対して、何故かついてきた受付嬢が口を開いた。


「お二人とも敏感ですね、大抵の人たちは気が付かないんですよ。実はこの鑑定所は建物自体に神からギフトを授かっているのですよ」

「建物にギフトですか?」

「ええ、『貯蔵ノ王』というギフトなんですけれども、外観と比べて中の広さは100倍、時間経過が1/10になるという物凄い能力なんです」


 受付嬢がエヘンと胸を張るように、自慢げに答えた。神のギフトに干渉した結果、妙な感覚に襲われたということだろうか。図書館以外にもギフトを授かった建物があるなんてしらなかった。もしかしたら俺が知らないだけで他にも似たようなことがあるかもしれないな。受付嬢の話を聞いて口を開けているイシスの様子からみても、たいていの人は知らないだろう。でも、それが嘘ではないことだけはわかる。


「確かに凄い大きいですね……。天井の高さも、奥行きも外観からは全く想像がつかないです」


 例え疑い深い人であっても、目の前に広がる光景を見たら信じざる終えない。神っていうのは何でもありだな。


「それではこちらで鑑定させていただきますね」

「お願いします」


 受付嬢に従い、指定場所に保管していた魔物を次々出していく。量が量だけに山積になるのは許してもらおう。


「わぁぁぁ、葬り袋ってどれだけ容量があるんですか⁉ ねね、カミトさん。その葬り袋お売りになりません?」


 受付嬢の目はキラキラ輝いており、物欲しそうにこちらを見つめてくる。それだけでなく、突然両手で手まで握ってきた。


 あー、女の子の手ってこんなに柔らかい――。


「すっません、葬り袋は売る気はありませんので。それよりも査定をお願いいたします」

「あら、イシスさんったらそんなに怖い顔をしなくても良いじゃないですか」


 しょうもないことを考えていると、イシスが受付嬢の手を俺から離し、俺と受付嬢の間に割り込んできた。後ろからその表情は見て取れないが、受付嬢の様子からしていつもの爽やかな笑みを浮かべているわけではないのが分かる。


 いやまあ、売る気はないから断ってくれていいんだけど少しは余韻をだな……。


「それにしても、短時間でよくこれだけ狩れましたね」

「ええ、私とカミトの2人で協力して倒した魔物です。カミトと私の相性が良いからでしょうか、思ったよりも狩りにかかる時間は少なかったです」

「ふふ、そんなに2人を強調させなくても。でもそれは私がパーティーを組むようにお勧めした結果というのも忘れないでくださいね」

「ええ、それに関しては感謝しています」


 えっ、なんかイシスって今本気で怒ってる? もしかして……いやいや、それはないよな。


「ふふ、イシスさんは良い方向に変わられましたね。さて、からかうのはこの位にしときましょう。はい、こちらが査定結果になります」


 受付嬢の提示した金額を見ると、苦労に見合った金額ではあった。しかし、やはり8級相当ランクの魔物では、そこまで目が飛び出るほどの金額でもない。でも、これだけあればそろそろいいかもしれない。


「なあイシス、お前の泊っている宿屋って今空きあるか?」

「えっ?」


 おれが金額を見ながらイシスに問いかけると、先ほどまでの怒気が嘘みたいなマヌケな声が返ってきた。


「あ、あるとおもうけど」

「そうか、それなら今日から俺もその宿屋に泊ることにするよ」

「ほ、本当か?」

「ああ、そっちの方がいいだろ。その……イシスは仲間だしな」

「カミト……」


 信頼し合える相棒なら、近くにいた方が何かと便利だしな。それに、宿屋といっても当たり外れが激しい。今から当たりの宿屋を探すよりも、イシスが問題なく使えている宿屋に決めた方が時間の無駄もない。うん、合理的な判断だ。


「ご馳走様です」


 どうしたのだろうか、何故か受付嬢がげんなりした顔でこちらを眺めていた。

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