第13話「少年、自覚する」

 俺は今、魔物の体の中にいた。先ほどまで湖だったそれは、今では巨大な蛇のような魔物の姿へと戻っていた。攻撃しようにも、体が重くて思うように動かない。


 まさかこんなことになるなんてな。人生とは思い通りにならないものだ。噂で聞いたことはあった。高ランク相当の魔物の中には、自然に擬態する者も存在する。そのうちの1匹「水星大蛇マーキュリーオロチ」という水関係の物に擬態する魔物がいる。討伐するには、魔術系ギフトを持つ高ランクの冒険者が数名必要といわれている。つまり、今の俺たちには成すすべもない。


 そりゃあ他の魔物が寄り付かないわけだ。なんせ自分たちよりも遥かに格上の存在だからな。しかし、勉強になったな。高ランクの魔物には気配を隠蔽する能力を有しているものもいるなんてな。まあ、既に水の檻の中にいる身としてはどうでもいいけど。あーあ、なんで赤の他人のイシスを助けるために俺が犠牲にならないんといけないんだか。


 イシスの方を見ると、既に立ち上がって森の中へと逃げ込んでいた。人間なんてそんなもんだ。結局は自分が一番大切だ。自分を守るためならパーティー仲間であっても見捨てなければならない時がある。そうじゃないと冒険者として生き残るのは難しいからな。


 苦しい、意識が遠のいてくる。そろそろ限界だ。


 英雄みたいな凄い冒険者になりたかった……な…………。



「カミトをはなせぇぇぇぇぇぇ‼」


 朦朧とする意識の中、確かにイシスの声が聞こえた。そのぼやけた視界には、何かを抱えたイシスが、こちらへ向かって飛んできていた。


「イ……シ……ス?」


 何しにやってきたのだろうか。そしてその勢いのまま、イシスは魔物の体へ飛び込み、俺の処へと到達し、そのまま俺をつかんで魔物の体を貫通していった。


 宙に放り出された俺は、ようやく新鮮な空気を取り込むことができ、先ほどまで死にかけていた脳細胞が活動を始めた。クリアになった視界に入ってきたのは、青い空、下に見える沢山の木々、そして、俺の身を必死に包み込むイシスだ。

 そのまま俺たちは重力には逆らえず自由落下していく。


「がはっ……」


 幸いにも、木々がクッション代わりとなったのか、細かな擦り傷はつくられるものの、地面に激突した衝撃は思ったよりも少なかった。


「大丈夫かカミト!?」


 いや、本当はわかっている。イシスの背や両腕の鎧は完全に破壊されており、その衝撃を物語っていた。なぜ、あのまま逃げなあったのか、なぜ身を挺してまで俺を助けたのか。その表情は何の打算もなく、ただただ俺を心配していることがみてとれる。


「何故戻ってきた! イシスまで死ぬかもしれないだろ!?」


 思わず怒鳴ってしまった。助けてもらったにもかかわらず、何故俺はこんなに怒っているのだろうか。


「カミトが死ぬかもしれないのに私が放っておけるわけないだろう⁉」

「何言っているんだ! 出会って間もない赤の他人じゃないか‼ そんな赤の他人よりも自分の命の方が大切だろ⁉」

「赤の他人なんかじゃない! 私たちはたった二人のパーティーだろ? 仲間だろう?」

「仮に仲間だとしてもだ‼ 仲間を守って自分が死んでしまったら元も子もないだろ‼ 強い冒険者になるんだろ?」

「それを言ったらあの時カミトだって私を助けたじゃないか‼ そんなに自分の命がって言うなら、そっちだって私なんか見捨てておけばよかっただろう⁉」 

「イシスを守ろうと無意識に体が動いちゃったんだから仕方ないだろ‼」

「それを言ったら私だって!」



 全力で怒鳴りあったせいか、酸素が再び足りなくなり、お互いに肩で呼吸を行う。なんで俺たちは互いに怒っているのだろうか。それに、冷静に聞いていれば、怒るような内容じゃない。まるで子どもの喧嘩だ。

 一旦出来た空白で、お互いに頭の中を整理できたせいか、急速に怒りは収まってきた。そして、再び顔を上げて目を合わした瞬間、どちらともなく堪えきれずに吹き出した。


「…………ぷっ」

「…………くっ」


 いや、そうか。そうだったのか。言いたいことを言ってなんとなく分かったような気がする。そんなに長い期間付き合ってきたわけではないけど、いつの間にか互いに死んで欲しくないと思うくらいには仲が深まっていたんだな。


「イシス、助けてくれてありがとう」

「ああ、私の方こそカミトに助けてもらわなかったら死んでいたよ。ありがとう」


 いや、仲が深まったって言っても好きって意味じゃないよ? 嫌いってわけでもないけど。



「さて、のんびりしているわけにもいかないから冒険者ギルドへ戻ろうか」

「ああ……って、そういえば何であいつ追ってきていないんだ?」


 水の牢獄から逃げ出して数分経過するが、「水星大蛇マーキュリーオロチ」が追ってくる気配は一向になかった。


「ああ、それはあの魔物の特性のお陰かな?」

「特性?」

「あれは食事中は基本的にその場を動かないらしいんだ。だから、カミトを救出した時にロックウルフを奴の体の中に置いてきたんだよ」

「そうだったのか。それなら一先ずは安心なのか?」

「まあ、繁殖期の時はその限りではないらしいけど」

「えっ?」


 なんか、凄い不吉な言葉が聞こえたんだけど。


「まあ、今追ってきていないってことは賭けには勝ったってことだと思うよ」

「それにしても、よくそんなこと知っていたな」

「たまたま耳にしたことがあったのを思い出せてね」


 流石に特性などの詳しい情報については入手していなかった。やはり、冒険者として生き残るためには情報は重要だな。

 さて、冒険者ギルドへと向かうか。早くしないと、他パーティーにも犠牲が出てしまうかもしれない。悔しいけど今の俺たちには成すすべもない相手だからな。

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