第12話「少年、油断する」
「おい、イシス。なんでお前そんなに離れるんだよ」
「いや、別に他意はないよ?」
香りのついたレイピアを片手にイシスへ近づくも、近づいた分だけイシスは離れている。分かっている、言われなくても原因はわかっている。このレイピアを手放せば問題は解決するんだろうが、勿体なくない?
「さて、カミト。ロックウルフのことだけど」
「あ、手が滑ったー」
イシスも一度手に取れば問題ないかもしれない。そう思ってレイピアを宝利投げたのが間違いだった。
「きゃぁぁ!」
カキンッ、シュッ‼
悲鳴と共に、俺の直ぐ真横をレイピアが通り過ぎて行った。本当にスレスレだった。
「ちょっ、もう少しで顔が残念なことになるところだったんだけど!?」
「カミトがそんなもの投げるからだろう!?」
イシスの見事な棍捌きで飛んで行ったレイピアは、そのまま森の中へと消えていった。無念。
「それにしもて、今の悲鳴って……」
「ななな、なんのことかな」
はぐらかしやがったな? まぁ、あんな女みたいな悲鳴を上げたらそりゃぁ恥ずかしいわな。その気持ちは俺も良く分かる。いじってやりたいのは山々だが、仕方がないしここは見逃してやるか。
「それにしても、この棍は本当に凄いな。こんな貴重なものを私が貰っても本当にいいのか?」
イシスが所持する六角棍、その正体は骨董市で入手した六角柱の鉱石だ。実は、あれはただの鉱石ではなかった。この世界には、遥か昔の超技術により作られたと言われる古代魔道具が存在している。これはその中の一つで『伸縮重棍』と呼ばれるものだ。これは、使用者が微細な魔力を通すことで自由自在に長さを変えられるという能力を有している。これだけ聞けば、大変便利な武器のように思うが残念ながら欠点があった。それは、伸びれば伸びる程重量が増してしまうという点だ。
「ああ、イシスが適任だからな」
本音を言えば俺が使いたかった。だけども、俺は1メートル程度でも持つのがやっとだった。ところが、イシスは先の戦闘で見た通り自由自在に操っている。どちらに使われた方が武器が幸せなのかは明らかだ。
でも大丈夫。俺にはもう一つの古代魔道具がある。これはもう俺のものだ。
「ロックウルフの死体はカミトに任せてもいいか?」
「ああ、収納しておくから狩りを続けよう」
俺がロックウルフの亡骸に袋を近づけると、瞬時に袋の中へと収納された。明らかに獲物と袋の入口のサイズは大きく異なっていたが、それでも問題なしだ。
「何回見ても凄いな。この収納袋があるか無いかで狩りの効率が全然違うよ」
頑丈な作りの布袋、その正体は『葬り袋』といわれる古代魔道具だ。これは、見た目と反して中が亜空間になっており、生きたもの以外であればなんでも収納できる。その容量は、お城1個分とも言われており、冒険者であれば喉から手が出るほど欲しい魔道具だ。ただし、これも勿論欠点がある。
「登録するのは物凄く恥ずかしかったけどね」
「ははは、私にはとても真似できそうにはないよ」
この魔道具を使用するためには登録をしなければならない。その方法は、このアイテム袋の中に向かって、魂を込めて自分が思うカッコいいセリフを叫ばなければいけないということだ。しかも、この魔道具は意思があるのか、こいつ自身が納得したセリフでないと登録できないという重大な欠点を有している。正直、あの時のことは二度と思い出したくない。
ただ、この魔道具の本質はそこではない。名前の通り、この魔道具は登録者が死んだとき、中の持ち物を全て葬り去る機能が付いている。その中身がどこに行き、何処で処理されるのかは専門家でも分かっていない。
仮に、登録者が生きていれば、この袋の中に耳近づけると登録者の魂の叫び声が聞こえ、他の人が使用することはできない。しかし、登録者が死んでしまえば、中身は魂の叫びごとリセットされてしまい、再び別の誰かが使用できるという仕組みになっている。
きっとこの魔道具を制作した者は、とてつもない病気にかかっていたのだろう。
その後、慎重に狩りを進め、力は強大だが素早さの劣るパワフルベアー、見た目が最悪すぎるムカデスパイダー、毒の攻撃を得意とするニードルマウスといった8級ランク相当の魔物を討伐していった。格上である7級ランク相当の魔物や6級ランク相当の魔物を見つけた時は、勿論速やかに撤退していた。幸いにも、見つかる前に逃げるだけならばそんなに苦ではなかった。
そんな感じで順調なペースでことが運んでいたためか、何処かでお互いに警戒心が緩んでしまっていたのだろう。
しばらく歩くと、開けた空間が目の前に飛び込んできた。中央にはオアシスかと思うような綺麗な湖が広がっており、その傍に1本の巨木が佇んでいる。
「あ、カミト! こんなところに湖があるよ」
「本当だな、丁度涼みたかったしここらで休憩にするか」
木々に覆われ、日差しがさえぎられるといってもこれだけ戦闘をしていたら流石に暑い。あそこの木陰なら水辺も近いし涼む分には申し分ない。それに、これだけ開けた場所であれば魔物の奇襲に合うこともない。幸いにも、周囲に魔物の気配も感じられないからな。小腹も捨てきたことだし、休憩するには丁度いい場所とタイミングだろう。
「それじゃあ、俺は昼飯の準備をするからちょっと涼んできていいぞ」
「本当か? それじゃあ少しお言葉に甘えるよ」
そんなにキラキラした顔をされたらダメなんてとても言えませんとも。
そんな嬉しそうなイシスを目の端に置いて、俺は昼飯の準備を始めた。準備といっても、葬り袋からイスとテーブルを出して、買いためてある食材を広げるだけだけどな。
それにしても、事前に聞いていた情報通り綺麗な湖だな。水辺に反射した日差しがキラキラ輝いており、男の俺でも美しいと思うんだ。女子であれば尚更目を奪われるだろう。
実はこの森は平坦ではなく、なだらかな山になっている。そして、数か所の湖があり、山頂からそれぞれが小さな川で繋がり、そして最後に町の外れの大きな川へと流れ出るという仕組みになっている。この湖も、最終的には下流の町の川へと……。
「イシス、逃げろ‼」
まずい、まずいまずいまずい。イシスが靴を脱いで湖に足をつけようとしている。俺は全身の筋肉が悲鳴を上げるのを厭わず、全力でイシスへと近づき、その肩を引っ張った。
「カミ……ト?」
イシスは何が起こったのかまだ理解していないだろう。何をそんなに驚いているんだか。でもまあ、いつものキリっとした顔や、恥ずかしがった顔とは違う表情が見られてなんとなく得した気分だよ。
引き倒されたイシスと場所を入れ替わるようにした俺に向かい、湖が動き出した。
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