第11話「少年、集団戦デビュー」

「よし、それじゃぁ8級ランク相当の魔物討伐に出かけるぞ!」

「ああ」


 6~8級ランク相当の魔物の詳細を暗記し終えた俺らは、この日再び冒険者として活動を開始することにした。


「本日向かう森は別名『選別の森』だ。意味は知っているかねイシス君」

「それは9級ランクに上がったばかりの冒険者が、調子に乗って8級ランク相当の魔物にろくな準備もせずに挑んで返り討ちに合うことの多いことが由来しているんだけど……その口調はどうしたんだ? 疲れているのなら今日はもう休むか?」


 ちょっとでも緊張を紛らわそうとしただけなのに、何故そんなに心配そうにするのか。解せぬ。


「んんっ、何でもない。行くぞ!」

「あ、ああ」


 何はともあれ、冒険のスタートだ!


 しばらく森を進むと、時々小動物は見かけるものの、魔物の姿はまだ目にすることはなかった。しかし、目に見えていないだけでその気配は少し前から察知していた。


「イシス、気が付いているか?」

「ああ、数は4……いや、5ってところか?」

「そうだな、かすかに聞こえる足音と、ここらへんで見かけた足跡の種類から察するに5匹といった所だな」


 選別の森で出てくる集団行動する魔物といえば1種類しかいない。


「まさか最初の魔物がロックウルフなんてね。運がいいのか悪いのか」

「いつかは通る道だ。一人ならまだしも、二人でやれば無理な相手という訳でもないって」

「確かにそうだね」


 そのままゆっくり歩いて進み、少し開けた場所が前に見えたところでイシスへアイコンタクトを送った。

 俺が、真正面に飛び出すために足に力を籠めると、すぐ脇を冷たくて長い六角柱の棒が通り過ぎていった。棒の到達場所にいたロックウルフは咄嗟に左に避けることで衝突を回避し、目標を失った棒はそのまま土埃を上げながら地面を抉り取った。先制をとられたことで、激高したロックウルフは雄たけびを上げてイシスを睨みこむ。しかし、イシスはお前には興味ないと既にそのロックウルフに背を向けていた。


「それがお前の敗因だ!」


 正面に飛び出したと思わせて急旋回し、丁度ロックウルフが避けたその真横に向かい、勢いはそのまま俺が突っ込む。狙うは勿論左の眼球だ。


 ロックウルフ、それは毛皮が岩のように固い狼型の魔物だ。勿論よっぽど特殊な代物でなければ、その毛皮に阻まれ逆に刃こぼれを起こしてしまう。武器を失えば待っているのは死だけだ。しかし、そんなロックウルフにも弱点はある。その一つ目としては頭に血が上りやすいところ。そして、2つ目は毛皮以外の防御力は普通のウルフと大差はないということだ。


「キャウンッ」


 短剣が見事に眼球を捉え、そのまま脳まで貫通させて刃を回転させる。その衝撃によりロックウルフはビクンと一瞬体を硬直させ、そのまま横に倒れ伏した。


「よし、1匹撃破だ」


 イシスの方を振り返ると、先ほどの棒――棍を振り回して大立ち回りをしていた。流石のイシスでも、現在5メートルはある棍を動かすのは骨が折れるようで、いつものような攻撃速度は出ていない。それでも、ロックウルフたちの素早さと差異が殆どないというのには驚かされる。俺ではとてもではないが、あんな重すぎる棍を振るなんてことは出来ない。


 おっと、観戦に甘んじている場合ではなかった。俺も頑張らないと。


「シッ」


 俺は、一番近場のロックウルフの眼球に向かって短剣を投擲した。日頃の努力のお陰か、中心に吸い込まれるかのように短剣は寸分の狂いもなく眼球へ向かって飛んでいった。しかし、その奇襲をもってしても、ロックウルフはギリギリのところで躱し、かすり傷さえっ負っていない。


 といっても、致命的な隙は出来たけどな。


「カミトナイス!」


 先ほどまで辛うじて均衡を保っていたところに、新たに思考のリソースをとらなければならない相手が出てきた場合どうなるのか。

 ロックウルフの弱点その3は、敵の人数が増えれば増えるほど、頭のの処理が追いつけなくなり判断力が低下する、だ。そして――。


「ロックウルフは打撃系の攻撃に弱い‼」


 一瞬の判断の遅れでロックウルフは回避の行動がとることが出来ず、棍の先端がその頭に直撃していた。脳震盪を起こしているのかロックウルフの足取りは覚束かず、イシスの2連撃目が再度頭部へと直撃して大地に赤い花を咲かせていた。


 そんな光景を、俺は木の上から眺めていた。


 今、ロックウルフの目に映っているのは自身を殺しうる可能性を持つイシスだけだ。2匹がやられてからは、残り3匹は少し及び腰になているようだ。先ほどまで果敢に攻めていたにもかかわらず、今ではイシスの攻撃が届かないギリギリのラインを保っている。このまま戦闘を続けるのか、逃走を甘んじて受け入れるのかを迷っているのかもしれない。


 しかし、残念なことにこれから更に1匹減ることになるだろう。

 

 音もなく地面に降り立った俺は、右手に握った細くて長いレイピアを、全力で目の前の穴をめがけて刺突した。


「肛門も弱点ていう情報は間違っていなかったな」


 レイピアからは、何かをブチブチ貫いていく感覚が腕まで伝わってきている。レイピアの先端が腸を突き破り、その多数の腸壁をもってしても受け止めきることは出来ずに最終的に心臓まで到達した。

 生きる上で重要なポンプ機能を傷つけられてしまえば、如何に頑丈な外皮を持っていたとしても生命活動を続けることはできない。


 形勢逆転、完全に不利と悟ったロックウルフたちは、プライドをかなぐり捨てて、俺もイシスもいない方向めがけて全速力で逃げて行った。


「イシスの馬鹿力はやっぱり凄いよな」

「カミトの技術の方が圧倒的にすごいと思うんだが」


 何を言っているんだか。こんなのは練習を積み重ねれば誰でもできることだ。それよりも、明らかに人間のリミッターが外れている圧倒的な攻撃力の方が魅力的だ。

 

 そんなことを考えつつ、レイピアを引き抜こうとした俺は気が付いた。貫かれた心臓、グチャグチャになった腸管、果たしてこのレイピアはどこへ突っ込んでしまったのか。


 気が付いた時にはもう手遅れだ。


 こうして俺は、排泄物にまみれたレイピアを手に入れた。

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