第10話「少年、骨董品を買う」

 図書館籠り2日目、再度必要な書物を集めて残りの魔物の情報を記憶していく。7級ランク相当を半分まで暗記したところでふぅと一息をつく。

 昨日よりもスペードを上げたおかげか、まだ昼前だ。しかし、その代わりエネルギーを使いすぎたせいでいつもよりもお腹のすき具合が早い。


「なぁ、イシス。ちょっと早いがそろそろお昼ご飯を――」


 空腹が限界突破した俺は、イシスに声をかけようとして言葉を失った。真剣に書物と向き合っているイシスのページをめくるスピード。それが尋常ではない。しかし、その目は高速に動いており、適当に読んでいるという訳でもない。


 昨日ボチボチとか言ってたけど、絶対イシスの方が読み進めてたじゃねーか。


 イシスに普通は出来ないことをしていると言われて、俺は少し天狗になていたのかもしれない。どんなことでも俺の上をいく者は存在する。全てイシスの方が俺よりも上を行っている。ただそれだけだ。


「あ、ごめん。カミト何か言ってたか?」

「なんでもないやい!」

「へ、な、なにを不貞腐れているんだい?」

「別に不貞腐れてねーよ!」


 ふん、いいさ。今に見てろ、今はまだイシスよりも劣っているかもしれないが、いつか絶対追い抜かしてどや顔してやる‼


「あ、お腹がすいたんだね。そろそろお昼ご飯食べに行こうか」

「いや、なんでやねん」


 そうだけど、そうじゃねーよ‼


 

 図書館籠り3日目、イシスは昨日の間に全ての魔物の情報を暗記し終えたことを知っていたため、俺が別行動を進言した。正直今日に限ってはイシスがこの図書館へ来るメリットがないためだ。イシスは渋っていたが、明日のために腕を磨いておいてほしいと頼むと、それならば仕方ないと言って9級ランク相当の魔物討伐へと向かった。そのため、本日俺は1人だ。

 といっても、俺も昼前には全て暗記し終えたため、今は骨董品売り場へと赴いていた。もしかしたら明日からの冒険に役立つ掘り出し物があるかもしれない。


 うん、もっともらしい理由を言ってみたけど、本音としては、骨董品ってなんだかカッコよくね?


「この壺は2000年前のアルジャン時代に作られた、歴史ある壺アルヨ。この光沢のある黄金の輝きを見るアル。今を逃したら次に手に入るチャンスはないアルヨ! 今ならなんと、1千万Gの所をなんと半額の500万Gにまけるアルヨ! 早い者勝ちアルヨ~!」

「この剣は、かの有名な雷の名工が作られた一振りの名剣、雷刹剣です! 魔力を通すとご覧の通り、電気を発します。そこの貴方、ちょっと剣先に触れてみてください。ほら、ビリッとしたでしょ? ここでは危険なため実演は出来ませんが、さらに魔力を込めるともっと強烈な電撃を発することが出来ます! さぁ、この名剣を手に入れられるのは只1人。私としても手放すのは惜しいですが、一番高い値段を提示した人にお渡しします‼」


 アルジャン時代の作品は寧ろ陰性、質素な色合いで構成されているんだよな。あんなキラキラするものがアルジャン時代の壺の訳がない。

 雷の名工の剣にしても、かの名工はその独特の作り方から、その作品には雷の紋章が刻まれるはずだが、あの雷刹剣にはそれがない。それに、ほんの少し魔力を込めるだけでその威力は人であれば直ぐに絶命させるほど強力なはずだ。だからこそ、魔力の殆どない魔法系ギフト以外を授かった冒険者たちが喉から手が出るほど欲しいがっているというのに。あれは完全に偽物だな。

 やはり、この手の市場は玉石混交であり、いかに本物を手に取ることが出来るのかにかかっている。埃のかぶっていた、図書館に保管されていた骨董品の書物を気分転換に読み漁っていた俺の時代が来たようだ。

 

「この回復薬はどんなに重い病でも直すと言われている、あの幻のエリクサーらしいです。本当に必要な方のみ早い者勝ち、10万Gで如何でしょうか?」

「らしいってなんだよ!」

「いえ、たまたま通りすがりに助けた農民のお爺さんがそう言って譲ってくれたもので……」

「はは、そんな高価なものを農民のじいさんが持ってるわけないだろ。それに、なんだそのどす黒い色。俺がはエリクサーってどんなものか知ってるから教えてやるよ!」


 おいおい、あのエリクサーって本物じゃないか。あれなら1億Gであっても王族とか有力貴族であれば絶対に買うぞ? くそっ、金さえあれば速攻で買ったのに! 残念ながら全くお金が足りない‼


「教会で大神官様が使用したのを見たことあるが、その時は効果が絶大で衝撃的だったぜ。なんせ無くなったはずの腕がニョキニョキって生えてきたんだからな。その時、その使用されたエリクサーの色は透き通ったエメラルドグリーンだったぜ」


 ふ~ん、あの客は営業妨害かと思ったけどそうでもないようだ。彼は知らないのだろう。彼が見たのは、怪我にだけ有効なエリクサーだな。あのどす黒い色のエリクサーはそれ以外の病全般に効くものだ。なんでも毒も組み合わせ方によっては薬になるんだとか。本物の見分け方は簡単だ。本物のエリクサーはその絶大な効果から液体の中で物凄いエネルギーが渦巻いており、容器が静止している状態であっても中の液体は常に渦を描くようにゆっくりではあるが対流している。黒すぎてはっきりとは見えないが間違いない。


「そ、それを譲ってくれ! 10万G払う!」


 お、どうやら本当に欲している人の手元に渡るようだ。惜しかったが、別段今の所俺が必要ってわけでもない。本当に必要な人の手に渡るのであればそれが一番だろう。ギャラリーは購入した男をあざ笑う声が大半であったが、品が無いとしか言いようがない。

 それにしても、あんなものを持っていた農家のじいさんっていったい何者なんだろうか?


 それから暫く散策するも、ピンとくるものは無かった。あそこの露店で最後か。遠目から見る限りでは良さげなものもなさそうだな。やっぱり、そう簡単には掘り出し物は見つからないか……。


「いらっしゃい」


 最後の露店へ向かうと、若い店主が客に商品のアピールをしていた。


「この剣を見てみな。何の変哲もない剣のように見えるけどところがどこい、毒を分泌するんだ。ほら、ただの石でさえご覧の通り毒により腐敗してしまうんだ。この剣なら魔物討伐も怖くないぜ? 今なら100万Gにまけてやるよ」

「おぉー! 俺が欲しい‼」

「いや、俺が先だ!」


 あー、あの剣か。どうやら本物の様だが、如何せん使い勝手が悪い。あの毒を分泌する剣の名称は『陰陽の双剣(陰)』だ。この剣はただ毒を分泌するだけじゃない。この剣を使用している使用者の体をも徐々に毒で蝕む諸刃の剣だ。使用さえしなければ毒の浸食は進まないが、気が付いた時には手遅れになる可能性が高い。それに、分泌する毒も含めて、今の時代に解毒する方法は存在しない。そのため、間違って自分を傷つけてしまえばその時点でゲームオーバーだ。

 唯一救われる手立てがあるとすれば、『陰陽の双剣(陽)』を所持することだ。この剣さえ所持していれば、『陰陽の双剣(陰)』の浸食を無効化できるし、その毒を消し去ることも可能だ。つまり、この剣は二振り揃ってようやく使える剣という訳だ。

 そんなことを知らない冒険者たちは、その身でこの剣の恐ろしさを実感するだろう。


 そんなことを考えていると、乱雑に置かれている2つの品が目に飛び込んできた。1つは顔位の大きさの布袋だ。試しに引っ張ってみるも、破れそうな気配はない。袋のひもを開けて耳を当ててみるも何も聞こえない。

 2つ目は拳大のちょっと冷たい六角柱の鉱石だ。しかも、その見た目の質量に反して相当重い。


「おにいさん、この2つ買いたいんだけどいくらですか?」

「あん? ああ、それな。ちょっと頑丈な布袋と謎に冷たいだけの良く分からん鉱石か。1つ1万Gでいいぜ」

「それじゃぁ2万Gどうぞ」

「ああ、そこに置いといてくれ――おっと、400万Gが出たぞ!」

「410万Gだ!」


 どうやらいつの間にかオークション形式に切り替わっていた模様で、最早こちらに見向きもしない。まぁ、別にいいさ。もしこれが本物だったら相当の儲けもんだ!


 俺はとても良い買い物が出来たと、スキップしながら骨董品売り場を後にした。 

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