第9話「少年、図書館に籠る」

 翌朝、冒険者ギルドで落ち合った俺たちは、魔物一覧の表を手に持ち、早速図書館へと向かった。


「へー、綺麗なところだね」

「だろ? それに素晴らしいことに魔物に関する書物のコーナーは人が少ないから静かに読める」


 一般大衆向けの書物のコーナーにはチラホラ人がいるにもかかわらず、この魔物の書物コーナーには俺たち二人しかいない。なんでこんなにも素晴らしい場所に人が集まらないのか疑問でしょうがない。俺が子供のころにこの場所があったら間違いなく入り浸っているぞ。


「これは凄いな」


 イシスが一冊の本を手に取りページをめくる。一目でこの書物の素晴らしさがわかるなんて流石俺の相棒だ。


「魔物の特性や特徴、行動の詳細、弱点、果ては好物まで網羅しているとは。この本を正確に覚えることが出来れば新人冒険者たちも大怪我する確率が大幅に下がるに違いない」

「そうなんだよ。なんでもっと皆ここを活用しないのか不思議なんだ」


 といっても、ここに保管されている書物は6級ランク相当の魔物までだ。だからそれ以上のランクの冒険者が来る必要がないのはわかる。でも、新人なら十分に冒険に役立つはずなんだ。


「あー、その前に一つ聞いてもいいかい?」

「ん、なんだ?」

「カミトは読んだ本の内容全て覚えているのか?」

「ああ、勿論。覚えていないと実践で役に立たなにだろ?」


 魔物に出会う度に逐一確認するなんて真似は到底出来ない。魔物がこちらの準備ができるまで待ってくれるのならば可能だが、わざわざ準備を待つ魔物なんて存在しないしな。


「ははは、やっぱり。あのねカミト、新人冒険者たちがここを利用しない理由だけど、まず一つは時間的効率だよ」

「時間的効率?」

「ああ、憧れて冒険者になった者は、少しでも早く魔物を討伐して華々しいデビューを飾りたいと思っているもんだよ。それなのに、わざわざ下級の魔物なんかのために、まる1日もかけて図書館に籠って情報を得るなんてことをしようと思わないんだよ。それだったら討伐する魔物について、先輩ぶりたい冒険者に直尋ねた方が手っ取り早いんだよ」


 うっ……そういえば、俺も最初は根拠もないのに自分の力を信じて無謀な冒険に出て、死にかけた覚えがある。これに関しては反論する余地もない。


「そして、多分こっちの方が重要かな。何よりも、新人たちにお金の余裕なんかないってことだよ」

「お金の余裕なら俺も無いんだけど……」

「そうじゃないよ。カミトは本をペラペラめくるだけで記憶出来るのかもしれないけど、普通はそんなに覚えられないんだよ。かといって紙にメモするにも時間はかかってしまう。それぞれのランク相当の魔物なんて数十種類はいるんだ。この周辺の魔物だけに限ってもそれなりに数は多い。それを網羅しようと思ったら連日この図書館に使用料を払わなければならないっていうことだよ」

「なるほど……」


 つまりは、俺の記憶力は凄すぎて、皆は到底真似できないということでいいのか? そうであれば、他の冒険者たちよりも有利な武器といえるだろう。ギフトが使用できなくても、皆よりも優れた武器があるというのはちょっとは自信がつくというもんだ。


「あれ? それならなんでイシスは今回の提案を飲んだんだ?」

「ああ、今は私も読んだ内容は全て暗記できるからね」


 ……俺の自信を返せ!


「しかし、二人ともすぐに覚えられるようなら残りの魔物全て調べようか」

「そうだな、その都度通うのも効率悪いし2〜3日あれば覚えられるだろ。よーし、イシスはそっちの棚から持ってきてくれ。俺はこっちの棚から持ってくるよ」



 そうして張り切って魔物の書物を集めたのは良いが…………ざっと200冊ほどあるな。比喩ではなく、テーブルの上には正に本の山が出来上がっていた。


「はは、こうして見ると壮観だね……」

「いやー、この量は流石に骨が折れるよな……」


 取り敢えず、ランク別に魔物の書籍を振り分けて一旦整理する。


「よし、それじゃあ俺は8級ランクから見ていくからイシスは7級ランクから見ることにしよう」

「ああ、分かったよ」


 こうして、静寂な空間で、ただただ本がめくれる音だけが響いていた。

 ふと視線を感じて顔を上げると、ちょうどイシスも此方を見たところなのか、目が合った。


「あっ、やっ、その……すまん」

「いや、別にいいけど……」


 いやいや、目が合っただけでそんな反応されると逆に困るんだが。何故そこで顔を赤らめさせる必要があるんだ。




「んー、そろそろ日も暮れてきたし今日はこれ位で終わるか」


 8級ランク相当の魔物の書物をなんとか読み切った俺は、最後のページをパタリと閉じて一息をついた。気が付けば夕焼けが窓を照らしており、長い時間集中して書物を読み耽っていたことが分かった。閉館時間も近づいているため、イシスに声をかけてそろそろ退出を促そうと視線を迎えると、完璧までに整っているその顔で、真剣な表情をして本のページをめくる姿はとてもサマになっていた。


 こうして改めてみると、悔しいとも思えないほどのイケメンだよな。なんか、ただ本を読んでいる姿だけであっても絵になるというか。正直、同性の俺でもドキッとしてしまうかもしれ……いやいや、それはないない。


「ん? もうこんな時間なのか。そろそろ閉館だね」

「あ、ああ。イシスはどれくらい進んだ? 俺はなんとか8級ランク相当の魔物は全て網羅できたぞ!」


 この図書館に籠っていた歴は俺の方が長い。腕っぷしではイシスに敵わないかもしれないが、果たして知能の方ではどうかな?


「私もボチボチといった所だよ。それにしても、カミトは凄いね」

「ふふん、そうだろうそうだろう。このままのスピードで行けば、あと2日もあれば何とか全部覚えられると思うぞ」

「私も頑張るよ」


 そんな話をしていると、カーンカーンという閉館の合図を知らせる鐘の音が響いてきた。


「わっ!」

「ははっ、この光景を初めて見る奴はビックリするよな」


 イシスが驚くのも無理はない。鐘がなると同時に、全ての書物が宙を漂い、勝手に本棚へと帰還していった。


「なんでも、何故か図書館に与えられたギフトで『強制収納』というものらしい。図書館に登録されている、貸出許可した書物以外は全て閉館の合図とともに元の場所に収納されるんだって」

「それは便利だね」

「俺もそう思う」


 だって片付けを自分でしなくても良いのだから。それに、効力は何処にいても無効化されないから、本が盗まれるという心配もない。


「でも、明日また本を集めないといけないのは大変だよね」

「あっ……」


 そのことは考えていなかったわ。

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