第7話「少年、イシスの実力を目の当たりにする」

 翌朝、冒険者ギルドへと向かうと、既に冒険者たちが集まっておりガヤガヤと騒がしい空間が広がっていた。

 中には、今日登録したばかりであろう新人冒険者たちの姿もチラホラ見受けられた。


「よ~し、俺たちも遂に冒険者デビューだぞ。今日は記念日としてはサクッと9級ランク相当の魔物から倒してとっとと昇級しようぜ」

「そうだな、村に時々現れる強力な野犬なんかも『剣技の将』を持つ俺には敵わなかったしな! 魔物だろうが敵じゃないぜ!」

「で、でも、受付のお姉さんは先ずは10級ランク相当の魔物から討伐した方が良いって言ってたけど……」

「もう、そんなにビビらないの。多少怪我しても私の『癒しの民』のギフトで治してあげるわよ」

「うぅ、そ、そこまで言うなら……」


 そんな新人たちは当初の俺の様に楽観的な思考で冒険者ギルドを出て行った。せめて死ななければいいのだが……。死にさえしなければ、ミスをしても挽回できるチャンスはあるからな。


 そんなことを考えつつ、建物の中を見渡すと、イシスが既に椅子に座って待っていた。


「すまん、遅くなったか?」

「いや、私も今着いた所だよ」


 その割には、飲み物を頼んでおられたようで。それにコップの中身が既に空ですが? 気遣いももイケメンかよ!


「それじゃあ早速行くとするか」

「ああ、そうだね」


 俺たちは早速、巨角ウサギ討伐クエストを受付嬢へ提出した。


「お姉さん、これお願いします」

「カミトさんとイシスさんですね。お二人がパーティー組んでからの初クエストですね! 巨角ウサギはお二人とも慣れてらっしゃるので大丈夫だとは思いますが、十分に気をつけて下さいね」


 受付嬢はイシスの顔をガン見しながらクエストを受理した。その間手元は一切見ていない。いや、器用すぎない?   

 

 手続きを終えた俺たちは、巨角ウサギの出現する森へと向かうために他の冒険者の脇を通ってギルドをあとにした。


「残念なくらいイケメンなんだよねぇ……」


 扉が閉まる直前、受付嬢が何か呟いたようだが、喧騒に遮られて俺の耳に届くことは無かった。




 森へ到着すると、まずは互いに1匹ずつ巨角ウサギを狩ることにした。暫く探索すると、丁度1匹の巨角ウサギに遭遇した。


「それじゃあ俺から行くぞ」


 俺はいつも通りに右手で短剣を構えて慎重に巨角ウサギの後ろへと回り込む。そして、左手に持っていた石を巨角ウサギへ向かって投擲する。予想通りに巨角ウサギは半歩横にずれ、そのまま反転してこちらへ向って飛んできた。俺は半歩身を引いて、巨角ウサギが到達する場所を予測して、短剣を置いておく。今回は前みたいに軌道が変化した際のことも考え、いつでも回避できるように心の余裕も作っておく。

 狙い通りに短剣は巨角ウサギの腹に命中して、その臓物を地面へと撒き散らした。


「よし」

「おお、最小限の動きでこうもあっさり倒すなんて。カミトは凄いね」

「いやいや、こんなのは技術でもなんでもないって。何回も繰り返したから出来るようになっただけだし」

「それが凄いんだけど……。さて、次は私の番だね」


 次にイシスが前に出て、長い両手剣を握りこんだ。その姿はとっても悔しいが、まるで物語に出てくる勇者のようにカッコイイ。


 早速巨角ウサギを見つけたイシスは、装備の重さを感じさせない滑らかな動きで背後を取り、剣を振りかぶった。


 巨角ウサギは当然のように反転して、弾丸のような速度でイシスの胸元へと向って突進した。しかし、そんな動きを当然予測いるイシスは、そのまま剣を振り抜いた。


「まじかー」


 振り抜いた剣は見事に巨角ウサギに命中し、そのご自慢の角はヘシ折れ、更にそのまま勢いつけて背後の木を2本なぎ倒してようやく勢いが止まった。

 正直言葉にならない。圧倒的暴力の前には、多少の変位種だろうが意味をなさないということが良くわかった。少なくとも俺よりは間違いなく強い。


「カミト、私はどうだった?」

「どうもなにも、正直予想以上だ。言うことないよ」

「そうか! ありがとう!!」


 だからその褒められるのを待つ犬みたいな顔は辞めろって……。


 それから、俺たちは巨角ウサギを見つけては1人が狩り、1人が見張るというという方法で討伐を続けた。先程の戦闘でイシスの力を理解できたため、9級程度の魔物しか出ないこの森では安心して背中を任せることができる。周囲を気にせず目の前の敵だけに集中できるというのは案外気楽なものだ。一人でやるよりも効率が上がったのは言うまでもない。



 結局、その日は巨角ウサギを20匹狩ったところで引き上げることにした。町へ戻ると、ちょうど同じように仕事を終えて戻ってきたであろう冒険者でごった返している。普段ならこの混雑も気にならないが、今だけは違った。


「あ、イシスさん! この後ご飯でも食べに行きませんか?」

「イシスさ~ん、なんで私の誘いは断ったのにそんな冴えない男と一緒にいるんですか?」

「ちょっと、あんたイシスさんの足を引っ張ったらただじゃ置かないわよ!」


 歩く度に女性冒険者から声がかけられる。勿論、俺ではなくイシスがだ。それだけならギリギリ許せるが、中には俺の悪口を言うやつもいた。


「すみません、私はカミトとご飯を食べに行く約束をしていますので」

「私が好きでカミトと組んでいるのです。それにカミトはカッコいいですよ」

「カミトのことを知りもしないのに悪く言うのは辞めてください。彼はとても頼もしいパートナーです」


 ちょっと、イシスさん何を言っているのですか? ご飯食べに行く約束なんてまだしていないし、お前にカッコいいなんて言われてもね。それに、いつの間にパートナー認定しているんだよ。


「イシス、俺のことなんて気にせず女の子たちと遊んできてもいいんだぜ?」

「気にするとかではないよ。それとも、カミトは私といるのは……嫌なのか?」

「べべ、別にそんなことは言ってないだろ」


 そんな捨てられそうな仔犬のような顔されたって俺は騙され……騙さ……ふぅ、仕方がないな。


「ほら、カミト。早くギルドに報告してご飯を食べに行きましょう!」

「あ、こら、そんな引っ張るなって。分かったから、落ち着けって」


 やれやれ、なんでこんなに懐かれているんだか。でも、それも悪くないと思っている俺も俺かな……。



 ギルドへ到着すると、受付嬢に今日の成果を伝えた。


「この短時間で巨角ウサギ20匹ですか。9級に上がったばかりの新人とは思えない成果ですね。やはりお二人が組んだのは正解だったようですね」

「ええ、紹介してくれたお姉さんには感謝しています」

「いえいえ、冒険者のサポートをするのも私共の仕事ですので。うまくいっているのなら何よりです」


 営業スマイルではあろうが、受付嬢は微笑んだ。何故、冒険者ギルドの受付は女性が多いのかと疑問視していたが、こんな可愛い笑顔を見れるのなら、男であれば誰しもが明日も頑張ろうと思えるものだ。

 

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