第4話「少年、それでもやっぱり諦めきれない」

 懐かしい夢を見た。あの日は人生のどん底と言っても過言ではなかった。しかし、あれだけ大見栄をきった今、俺には後戻りするという選択肢は存在しなかった。


 そして、焦りのあまり俺は死にかけた。大ネズミは無傷で倒せるのだから、その格上の魔物であっても無理じゃないのではないかと、新人冒険者にありがちな勘違いをしていた。




 俺ならば出来るはずだと、根拠もない自信だけをたよりに、9級のランク相当の魔物である巨角ウサギの討伐に挑戦した。




 何時ものように気配を消し、背後をとる所までは問題なかった。しかし、刺そうと短剣を振り下ろした瞬間、反転したと思ったらその角で俺の短剣を吹飛ばした。思いがけない反撃を受けた俺はさぞ隙だらけだっただろう。巨角ウサギはそのまま俺の右腹にその角を突き刺し、あろうことかその角を高速に回転させた。

 段々潰されていく自分の臓器の感触は痛みと共に今でも忘れることは出来ない。思わず突き刺さったままの巨角ウサギを横殴りしたら、少し怯んだのかそのまま俺の体から抜け出し、逃げていった。もし、あのまま再度突っ込まれていたら俺はもうこの世にいなかっただろう。

 因みに、殴った反動で更に腹の傷が広がり、ドバドバと血が流れた。めっちゃ痛かった。なんとか所持していた回復ポーションを全て使い切ることで治すことが出来たのは奇跡としか言いようがない。


 今では大怪我が絶対ないように、それを第1に考えて行動している。ポーションも無くなり、宿代+食費で持ってきていた資金もほとんど底をつきていた。魔物から逃げ回って薬草集めしても、収入はたかが知れている。新人冒険者は新人同士でパーティーを組んで魔物退治をしたりするらしいが、弱いうえにどんなギフトか隠している俺は当然のことながらお呼びではない。それでも俺は諦めなかった。


 この街には図書館なるものがある。利用料さえ支払えばそこで様々な情報が書かれた書物を読むことが出来るという施設だ。俺は最後の望みを託して利用料を支払い、魔物生体図鑑という書物を見つけることが出来た。俺が魔物に負けたのは、その魔物のことを全然知らなかったからだ。魔物のことをよく知り、行動パターンを予測できれば、俺でも対処しようがあるはずだ。そう思い込むことで俺は精神を持たせていた。

 その日から俺は図書館で魔物について学びつつ、薬草採集の合間に、10級ランク相当の魔物をこっそり観察すつ日々を続けた。その成果もあって、数か月には後10級相当の魔物、それも1対1に限ればなんとか討伐することが出来るようになった。


 そうして半年が過ぎた今、俺は毎日同じことを繰り返していた。慣れてくれば1日に3匹は討伐することが出来た。薬草の収入と、魔物3匹の利益。それだけでなんとか俺は1日を過ごすことが出来ていた。毎日宿なんて勿論借りる金はないため、基本的に寝るのは門の外だ。寝心地はよくないが、常に門番がいるため、変な奴らに襲われる心配もない。そうして節約して貯めたお金で時々宿に泊まり、シャワーで汗水流すのが唯一の贅沢だ。

 10級相当の魔物は倒せるようになったが、9級相当の魔物を相手するのは未だにあの時のトラウマが蘇り、手を出すことが躊躇われた。


『もういいじゃないか』

『こんなギフトしかないから仕方がない』

『今のままでも生活できている』

『高望みすると死ぬ』


 頭の中で同じ言葉がグルグル回る。俺は何時しか自信というものが欠落していた。


 そんないつもと変わらない日々を過ごしていたある日、俺は運命の本と出会った。図書館の隅にひっそりと置いてあったその書物のタイトルは『女神の祭壇』。書物の内容を要約すると、この世界のどこかにある祭壇で祈りを捧げると、女神様に会うことができてささやかな願いを1つだけ叶えてくれると書かれている。

 つまり、俺が祭壇に行って、女神を呪ってあの時のことを抗議したらギフトを変更してもらえるかもしれない?


「フフフフ、ハハハハ、ハーハッッハッハ。きたきたきた! これだ‼ これで俺はまだまだやれるかもしれない!」


 そうだ。こんな所で腐っている場合ではない。俺は物語の様な冒険者になってやるんだ。目標が出来たとたん、一気にやる気がわいてきた。一度負けたからってなんだ、相手をしっかり研究すれば怖いものなんてない!

 とりあえずは、女神の祭壇の手掛かりを求めて各地を転々としよう。それには旅の資金が必要だ。10級相当の魔物では報酬なんて微々たるものだから目下の目標は8級相当の魔物を討伐して資金を稼ぐこととしよう。


 

 まずは仇敵である巨角ウサギの討伐だ。そのための準備として残りの資金を全てつぎ込んで、回復薬を購入する。これでもう後には戻れない。


 慎重に森の中を探索すると、ちょうど巨角ウサギを発見した。前は不意打ちを打とうとして返り討ちにあったが、同じ轍は踏まない。

 なんでも、巨角ウサギの角は微細な超音波を放っていて、半径50メートル、全方向において敵を感知できるという特性を持っているのだ。あの距離で不意打ちしようとした俺は愚かとしか言いようがない。前もって魔物の情報をきちんと入手していればあのようなことにはならなかったはずだ。

 

 前回と同じように巨角ウサギの背後から近づく。そうして短剣を振り下ろす――――ふりをする。案の定、その自慢の角で葬ろうと巨角ウサギは飛んできた。しかし、その場に俺はすでにいない。俺の目の前を通り過ぎた巨角ウサギに対して俺は素早く刃を突き刺した。


 巨角ウサギのもう一つの特性、それは攻撃がワンパターンであり、対象に向かって一直線にしか飛べないというものだ。攻撃が来る軌道が分かるのであれば反撃はたやすい。後は巨角ウサギの素早さと、俺の反射神経どちらが早いか、という問題だけになるが、どうやら俺に軍配が上がったようだ。

 

 今までやってきた訓練は決して無駄ではなかった。それが無ければ、軌道を読めていたところで躱す事なんて出来なかっただろう。今まで積み重ねてきたもの、それは確かに俺の中にあった。


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