第3話「少年、現実を目の当たりにする」


 翌日、俺は冒険者ギルドを訪れていた。本当は、あの宿でもう少し泊ってからでもいいかなと夢心地で居たが、1泊の料金を聞いて完全に目を覚ました。ビックラット何千匹分の値段なんてとてもではないが払えるわけがない。

 部屋のどこにも傷をつけないように細心の注意を払いながら急いで宿を出た。色々な意味で危ない宿だった。


 気持ちを改め、冒険者ギルドの扉をくぐる。物語の中では、入ってきた新人に視線が集まるとか、先輩冒険者が絡んでくるとかそんな話があったが、そんなことは全くない。寧ろ空気のように誰も全く気にしていない。まあ、実際俺も誰が入ってこようが気にしないだろうが。


 朝早すぎるせいか、冒険者ギルドはまだ閑散としている。受付にはまだ誰も並んでおらず、無駄な時間をとらされることもなかった。こちらとしては好都合だ。


「すみません、冒険者登録をしたいのですが」

「はい、新規のご登録ですね。説明をお聞きになりますか?」

「お願いします」


受付のお姉さんがにこやかに対応してくれる。営業スマイルを徹底しているこの人であれば、田舎者とバレても表立って馬鹿にされる心配は無さそうだ。


「冒険者は1級~10級までのランクが存在します。1級が一番上で、10級が一番下に位置します」

「つまり、俺は10級からのスタートということですね」

「ええ、そうです。そして、組合側が冒険者の活躍度合いを見て、昇級させるか否かを決定します」


目標は勿論1級だ。一気に駆け上がってやる!!


「活躍度合いを見る一つの指標としては、クエストの達成状況があります」

「クエストですか?」

「ええ、魔物の討伐や、素材の納品、遺跡の探索等、あちらの右手にそれぞれのランクに応じたクエストが張りだされています。ここで一つ注意していただきたいのが一つ上のランク以上のクエストは基本的には受け付けることが出来ないということです。これは冒険者の死亡率を下げるための措置ですのでご了承ください」


 ふむふむ、それは確かに理にかなっている。自分より格上の相手と戦い冒険者が亡くなるという話は物語の中でもよくあった。偉業を成し遂げるためには無茶は必要ではあるが、それはここぞという時だけで十分だ。なんでもかんでも無茶をしていたら命がいくつあっても足りないからな。


「そして、冒険者は国に認められた立派な職業でもあります。普段の振る舞いもランクに関係しますのでご注意ください。下手すると冒険者を辞めていただくことにもなります。これは例え1級冒険者であっても関係ありませんので、ご了承ください」


 普段から礼儀正しくしている俺には全く問題ないな。人々を助けたり夢を与える冒険者が、その真逆なことをしていたら冒険者の権利をはく奪されるのも仕方のないことだ。


「ここまでで何かご質問はありますか?」

「そうですね、では一つだけお聞きしても良いですか? 大ネズミの討伐ってどのランク相当なのでしょうか?」

「……大ネズミですか?」


 奴等は攻撃力は勿論、その繁殖力も含めると相当脅威な魔物だ。最低でも8級……いや、6級位はあるかもしれない。


「フフフ、面白いことを言いますね。大ネズミなんて小さい子供でも簡単に倒せる魔物なんて、いくら新人と言っても冒険者のクエスト対象にはならないですよ」

「――――っあ、ですよね~」


 なん……だと? あれが対象外……? 俺が何とかギリギリ倒せる魔物が対象外……。受付嬢がまだ何か話しているが、正直耳に入ってこない。


「~。それでは登録としてこちらの書類に記載お願い致します」

「あ、はい」


 俺は魂が抜けたような状態で項目を埋めていく。項目と言っても名前と年齢、出身地のみだ。意識が飛びかけていてもなんとか記入することは出来た。


「それでは少しお待ちください」


 受付嬢が一旦奥へ引っ込み、2~3分ほどで直ぐに戻ってきた。


「お待たせいたしました。それではこの針で指をさして、このプレートに血を垂らしてください」

「あ、はい」


 未だに現実を受け止めることが出来ずに、半分意識が飛んだまま受付の指示に従う。俺の華々しい冒険者デビューが……。


「――――ッ」


 血を垂らしたらなんかプレートが光ったような気がした。そして、その後から何故か受付嬢の表情が引きずっている。いったい何が――。


『男とキスをすると数分の間能力がめっちゃ上がる!!濃厚であれば尚よし!!』


 え、ちょっとまって、なんかプレートに忌々しいモノが刻まれているんだけど!?もしかしなくても受付嬢の顔が引きつっている理由って……。


「あー、えっと……ですね。このプレートは神のご加護でその人が持つギフトを表示してくれるものなのですが、冒険者として働くうえでパーティーを組む場面もあるでしょう? そんな時、相手がどんな技能を持っているか分からないとパーティーを組むにも組みにくいですし、背中も預けずらいじゃないですか。だから、この機能を使ってお互いの情報交換をしたりするのですけど……」


 チラチラ俺を見ながら受付嬢は続ける。


「他者から信用されにくいですし、あんまりお勧めはしないのですが、一応ギフトだけ伏せられる機能もあるのですが……まぁ、その、趣味は人それぞれですし、私は気に…………しませんよ?」


 おいこらまて、そもそも趣味でもないし、その間はなんだ。


「伏せてください!」


 こうして俺の華々しい冒険者デビューは幕を下ろした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る