第2話「少年、町へ行く」

「そんなわけで、ちょっと冒険者やってくる」

「そうか、それじゃぁ父さんも準備を——」

「そうじゃねーよ!」


 森から帰った翌日、俺はさっそく両親に決意表明をした。次にこの村に戻ってくるのは偉業を成し遂げた後だ。

 この日の為に実は前から色々と準備をしていた。コツコツ貯めたお金で、時々やってくる行商人に俺にあった装備品を手配してもらったり、回復薬などの消耗品を用意してもらったりしていた。ようやく長年の準備が実を結ぶ日が来たのだ。


 玄関の前で深呼吸をする。1週間分の携帯食よし、短剣よし、鞄よし、装備よし、お金よし、キメ台詞よし。ここからだ。ここから俺の物語の始まりだ。この玄関を出たら俺はもう冒険者だ‼


「あ、そうそう。街に行ったら冒険者ギルドってとこに行って登録しないと冒険者になれないからね?」

「母さん、ちょっと水を差さないでくれる!?」 

「かーさんや、カミトが……カミトがお俺の下から去っていくよぉぉぉ!」

「あらあら、そんなに寂しいなら2人目でも作りましょうか」

「子供の前でする話じゃないよね!?」


 

 さて、家を出たのはいいものの、これからどうやって街まで行こう。聞いた話では、歩いていけないこともないが3~4日はかかるのに加えて危険も多い。流石にそれは遠慮したいし最後の手段だ。それよりも堅実的な方法となると……やっぱりあれしかないか。


「えぇ、ちょうど積荷も少なくて空いてるから良いですよ」


 偶々村に立ち寄っていた行商人に、街まで馬車に乗せてもらえないかと交渉すると快く引き受けてくれた。あの大きなお腹は間違いなく太っ腹だからだろう。こんなにも気前が良い商人であれば、これでけ立派なお腹をしているのも納得できる。


「それでは料金は大銅貨4枚でお願いします」


 この金の亡者め!!


 背に腹は代えられない。仕方なく足元を見られた金額を支払い、馬車に乗り込む。こんな悪徳商人の言う通りにしないといけないなんて、俺はなんて無力なのだろうか。



「それでは出発しますよ。今は朝なので、恐らく暗くなる前には街につくと思いますので、それまでのんびり休んでいてください」

「ああ、ありがとうございます」


 途中で1泊もせずに街まで到着するというのは朗報だ。俺の真の冒険者への道のりが1日短縮されるということだからな。しかし、いくらまだ朝早い時間といっても、夕暮れまでに街へ到着するためには相当早く馬車を走らせなければならない。乗り心地は期待できないどころか、お尻を痛めないか心配しなくてはならない。のんびりなんてとてもとても――――。



「カミト様、つきましたよ?」

「えっ!?」


 身体を揺さぶられ、目を覚ます。外に出ると空はすでに薄暗く、大通りは祭りでもやっているのかと疑うような人々の数。


 うっそ、まさか寝ていた? 馬車の中で? 記憶が全くないんだけど。それに、数時間座っていたはずのお尻も全く痛くない。


「こちらが滞在証明書となっておりますので、紛失の内容にお気を付けください」

「あ、はい、ありがとうございます」


 そういえば、両親から街に入るには滞在証明書を発行してもらう必要があると聞いたことがある。しかも、それにはお金が必要になるとか。


「そして、一泊だけにはなりますがこちらの宿に部屋をご用意しましたので、今晩はここをご利用ください」

「宿……え、あ、金は?」


 振り返ると、そこには貴族の屋敷かと見間違うような豪華絢爛な立派な宿があった。ウチのボロ家なんか比較になりようもないほど壮観だ。この規模の宿になると、ビックラット何匹分のお金が必要になるのか見当もつかない。


「ほほほ、お題は最初に頂いておりましたよ。それでは、私はこれにて失礼させて頂きます。冒険者になられて何か珍しい素材が手に入りましたら私の商会まで宜しくお願いします」

「商人さん……」


 初めて会った時から確信していた。彼は真な商人だと。誰だ、金の亡者なんて言った奴は。だが、そんな聖人であろう商人さんに一言いいたいことがある。


「まだ名乗ってもらってねーから!!」


 もう既にその場から立ち去った商人には届くはずもなく、俺の叫びはそのまま夜空に吸い込まれた。


 

 既に話を聞いていたのだろう。宿屋へ入ると綺麗なお姉さんが直ぐに部屋へ案内してくれた。疲れは全く無いが、何かに誘われるようにベッドへ近づき、そのまま横になった。


 ――っぶね、一瞬意識が飛びかけた。なんだこれ、ダメな所も全てを包み込んでくれるようなフカフカさがヤバイ。俺の家のベッドとは大違い、これは人をダメにするベッドだ。

 

 食事も勿論、食べた瞬間意識が飛びました。ここは駄目だ。この宿だけはだめだ。確実に堕落してしまう。でも、今日だけだから……。まだ冒険者になってないし今日くらいいいよね?

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