1-2

 交番の前までくると、男の子が手に力をいれた。

 その力につられるようにして、私は男の子をみる。男の子も私をみている。

 見つめあう、ふたり。からみあう、視線と視線。

 男の子は無表情だったが、まなこだけが微妙にゆれていて、なんでボクをおまわりさんのところにつれてくるの、と聞いているような気がした。

「大丈夫よ、おまわりさんに、つかまるわけじゃないからね」

 言って私は、交番のなかをのぞく。

 なかは、人の気配がまるでせず、しんと静まりかえっていた。薄暗い交番内に西日がさしこみ、デスクのうえの資料やら文具やらが影を落としているのが、なんだか不気味でもあった。

 戸をあけようとしてみたが、予想どおりカギがかけられていた。

「あら、お留守みたいね」

 と男の子をみる。男の子は、無表情であったが、目に不安な色を浮かべて見返してきた。

「こまったね」

 じっと私をみつめてくる男の子。

 夕方とはいえ、初夏の温気のなかで、いつ帰ってくるかもしれないお巡りさんを待ちつづけるのも、なんだか時間と体力の無駄づかいな気がする。

「お姉ちゃんの家、すぐそこだから、ちょっとよってく?」

 別に返事を期待して聞いたわけでもなかった。

 だが、男の子は返事のかわりに、にっ、と笑った。歯はとじたままで、口の端だけうごかして笑う。ちょっと変な笑いかただ。まるで笑いかたを覚えたばかりで、まだうまく笑顔を形作れないような感じだった。笑うという行為は、人間の本能的な行為で、意識して笑顔の作りかたを覚えるものでもないと思うのだが、幼児とはこういうものなんだろうか。生んだ経験がないから、わからない。

 ともかく、その笑いを肯定とうけとめて、私は男の子の手をひいたまま、また歩き出した。


 途中の、さっきとは違うコンビニに寄って、この子の食べるようなものを買っていくことにした。もしこの子を店員さんが知っていれば、なにかしらの反応があるはずだという期待もあった。

 交差点で信号待ちをしているとき、コンビニよっていこうか、お菓子買ってあげるよ、と話しかけると、男の子は、にっと笑う。

 そんな会話をしながら、赤く点灯した歩行者用信号をながめていると、視界の端に、こちらをじっとみつめている女の人がいることに気がついた。その人は、ただ信号待ちをしているふうではなく、あきらかに私とこの男の子をみているという気がする。あ、この子のお母さんかな、と思ったが、その女の人は、しばらくこちらをみて、急に興味を失ったように、どこかへ歩き去ってしまった。きっと東洋系の女が西洋系の子供をつれているのが奇妙にみえたのだろう。げんに今も隣に立っているおじさんが、横目でちらちらと、私と男の子を見くらべるようにして見ている。

 コンビニに到着し、ふたりで店内を見まわる。どれが食べたい?これはどう?いくら聞いても無反応な男の子とお菓子を選び、いちれんの流れでこの子の夕飯にグラタンまでカゴに入れてしまう。レジの女性店員は別段の反応はなく、この子を知っているふうではなかった。こんな目立つ子供、知っていれば何か言ってきそうなものだ。

 コンビニを出て、家へ着く。本当はいけないんだろうな、やっぱり交番までもどろうかな、とずっと心のなかで迷いながら、到着してしまった。

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