Twitterやめました。

優木悠

1-1

 ツイッターやめました。これはある意味自殺である。自分という存在を疎外しつづける世間に対する当てつけである。


 私はずっと目立たない人生をおくってきた。

 教師や上司にヒイキされることもなく、異性にちやほやされることもなく。目立たない学生生活をおくり、目立たない社会人生活をおくってきた。

 そんな私の唯一の楽しみがネットの世界。

 特にツイッターだったのだ。

 フォロワー数はさほどでもないが、コメントしあったり、リツイートしあったり、いいねしあったり。結構濃密なフォロワー関係を築いてきた。

 はずだった。

 私は先ごろ開催されていた、イラストコンテストに応募してみた。イラスト投稿サイト主催のそこそこ大きなコンテストだった。

 そのコンテストの選考基準のひとつが、ユーザー投票。

 私はお願いした、ツイッターで。

「私の作品をみて、よかったら投票してくださいね」




 だーれも投票してくれない。




 なんだったんだ、これまでのコメントしあったり、リツイートしあったり、いいねしあったりしてきた私たちの関係は。

 それは、絶望という言葉では言いあらわせないほどの、すさまじい絶望であったのだ――。

 だから、ツイッターやめました。

 はっきりいって、フォロワー諸氏にたいする当てつけ以外のなにものでもない。そして、ネットに依存して生きてきた私にとって、それは自殺と同等の行為にほかならなかったのだ。


 唐突に語りだした愚痴をお読みいただき、大変申し訳ありませんでした。

 私の名前は、中村文子なかむら あやこ

 全国の中村文子さんには申し訳ないですけど、名前からして地味でしょう?

 目を引く文字の一文字もない、何の変哲もない名前でしょう?

 がんばってもむくわれなさそうな名前でしょう?


 名前も地味なら、仕事も地味なのだ。

 従業員二十人あまりで正社員は私をふくめて五人の町工場。大きな機械につける小さな部品をカリカリけずり出す鉄工所、の事務。

 午後に急な仕事が入った。納品までの日数がほとんどないうえに、ちょっと手間のかかる仕事。作業場に連絡にいくと、そんなにすぐにできるかバカヤロウ、と年下の元ヤンキー野郎にどなられる。私は取りついだだけで、急な発注をしてきたのは取引先である。私に怒ったところで知ったことではない。無教養のクソヤンキーめ。

 三流とはいえ、ちゃんと大学まで出て、どうにかこうにか見つけたのがこの仕事。それなりの諸才能はあるはずなのに、いまいちむくわれない仕事にしかつけなかった、私の世渡りの下手さ加減がうらめしい。いや、平成の不況のせいだ、第二次ベビーブーム世代がグダグダして世の中を改善してこなかったせいだ、私のせいじゃない。

 そんないつも通りの金曜日が終わる。

 もやもやした気持ちを抱えたまま、定時に帰途についた。

 下町の、戦後から高度経済成長期に無秩序に広がった区画の、ごちゃごちゃした街並みのなかを、夕陽に向ってあるく。

 メトラン星人がモロホシ・タンを待ちかまえていそうな古めかしいアパートがいまだに残っているかと思えば、その隣は太陽光発電完備の最新式住宅が狭い敷地に窮屈きゅうくつそうに建っていたり、角をまがったとたん、うっかりするとけつまずいてしまいそうなほど大量の鉢植えが道端にならんでいて、家の前の道も自分の敷地といわんばかりな住人が水をやっている、そんなカオスな住宅街を歩く。

 会社とアパートとの間の歩いて二十分あまりの見慣れた街並み。

 途中コンビニによって、缶ビールと柿の種と、夕飯のおかずにする総菜とかを選んでレジに持っていくと、無愛想な男性店員が私の目も見ずに流れ作業のように対応する。美人が相手だったら、もっと愛想よく接するだろうに。工場のクソヤンキー野郎にちょっと面影が似ているのがさらにイラっとさせる。

 コンビニを出て、また歩く。

 無愛想店員のおかげで、工場のクソヤンキーの顔がフラッシュバックして不快さがこみあげてきた。腹がたってしかたがないので、頭のなかでヤンキー野郎のケツを蹴りとばしてやった。痛みで明日の朝は、便器に座るのもつらくなるほど何度も蹴ってやった。あくまで想像のなかで。

 そんななんの生産性もない不毛な妄想を思い描いていると、不意に風がふいた。

 なんの変哲もないごく普通の、初夏のなまぬるい風だったのだが、このときの風は、ちょっと言いようのない違和感があった。そうしたら、ふと、隣に気配がする。ひょいと、そちらに顔を動かしてみる。

 年のころ三、四歳の男の子がならんであるいている。

 はて、いつから同道していたのだろう。

 ちょこちょこ歩く姿が、とんでもなくかわいい。

 男の子は、クセっ毛の金髪に青い目をして、白い肌に赤いほっぺが鮮やかな色彩をくわえていて、あきらかに日本人とは思えない容姿をしている。いや、見ためで国籍を判断するのはよろしくない。だが、西洋系の血筋なのは確かだ。

 このへんの子だろうか。

 私が立ちどまると、同時に子供も立ちどまる。

 男の子をみつめる私。私をみつめる男の子。

 男の子の顔は無表情で、なぜ急にとまるの、ととまどっているようにもみえる。

 私をじっとみつめる、大きくてくりくり動くうるんだ瞳がまた、たまらなくかわいい。

 私はかがみ腰になり、男の子と目線をあわせるようにして、聞いた。

「ボク、この辺の子?」

 男の子は無言。

「おかあさんは?おとうさんは?」

 男の子はまだ無言。

 言葉がつうじないのだろうか。言葉をまだおぼえていないのだろうか。

「ウェアー、アー、ユー、カム、フロム?」

 なんか微妙に間違っている気がするが、まあ、三流大学出の英語なんてこんなもんだ。

 私はきょろきょろと辺りをみまわす。

 コンクリートの土手の割れ目から雑草がはえた用水路ぞいの、日当たりが悪くて陰鬱な雰囲気がただよう道には、私たちのほかに人影はなく、なぜだか急に心細くなってしまう。

「迷子かな?」

 はてさて、こんな時はどうするべきなんだろう。ちょっと困った。そうとう困った。

 長めの黙考のすえ、そうだ、と思いうかぶ。この道をはずれて三百メートルほどのところに交番があった。そこにつれていけばいいんだ。

 私は男の子の手をとって、こっちだよ、とうながす。

 角を曲がって、まっすぐ行き、イチョウの並木道を向こう側にわたって、左へ曲がって、ちょっと行くと公園の横に交番がある。

 私はそこまで、男の子の手をひいて歩いた。まだ握力のない、小さなその手は、私の冷えた心になにか温かいものを届けてくれているような心持だった。イチョウの木陰はひんやりと涼しく、さわやかな風が吹き抜けて、用水路ぞいの道からさほど離れたわけでもないのに、風の感じががらりと変わってしまうのが、ちょっと不思議な気分だった。

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