2-1

 私の家は、二階建てアパートの、上階の中ほどにある。窓から外を眺めても、みえるのは隣の家の壁だけという、六畳ワンルームの安アパート。

 家に入って玄関につまれたゴミ袋を足でわきによせ、男の子を誘導する。

 部屋に入ってちゃぶ台の前に座らせると、男の子はつくねんと座り、じっと私をみている。ずいぶんおとなしい子だ。はしゃぐわけでも、不安そうな顔をするわけでもない。

 ネットで買った安物の事務服をぬぎすて、スウェットに着がえ、さてどうしようと思案する。とりあえず、さっきコンビニで買ってきた、ジャイアントカプリコを封を切ってわたすと、男の子はおいしそうに食べ始めた。おいしそうというのは、私の主観的見解でしかなく、実際は、無表情にお菓子を食べている。

 夕飯前にお菓子をあげるのはよくなかったかな、などと反省しつつ、そういえば、と思いつく。

「キミ、お名前はなんていうの?」

 無言でお菓子を食べる子供。

「歳はいくつ?」

 さらに無言。

 声に反応することはあるので、耳が不自由というわけではなさそうだし、言語も通じているようだ。だけど、喋ったり声をだして笑うということがない。

 おとなしく座っている男の子をそのままにして、洗面所で顔をあらい、うがいをしたりして、しまったと思う。あの子を交番までつれていかなくてはいけなかった。化粧を落とすんじゃなかった。

 部屋にもどり、ベッドにすわり、缶ビールを飲みながら男の子をながめていると、まあ、交番に行くのは明日でもいいか、という怠け心が頭をもたげてきた。

 でも、この子のお母さんは心配しているだろうな。突然自分の子供がいなくなって、パニックになっていたりしないだろうか。

 でも、ひと晩くらいならいいか、ひと晩だけ、この愛らしさを堪能させてもらおう。

 柿の種を開けて、私はほおばる。ビールを流し込む。また柿の種を口にいれる。ばりばり。それをじっと見ていた男の子は、なんだか自分も食べたそうな雰囲気だ。

「食べる?でもからいよ」

 聞くと、男の子は例のにっという笑い顔をうかべる。

 私が袋をさしだすと、柿の種をちいさな手でつかみ、口にほうりこむ。ばりばり。ばりばり。

 からくないのか、からいのに無表情なのか、口内の柿の種を飲みくだして、また、にっと笑う。

 みょうな子供だよ。


 夕飯のグラタンをお行儀よく、しかしやはり無表情に食べ終わった男の子を、お風呂に入れてあげることにした。

 ひとりで入れさせるのも心配なので、いっしょに入ることにする。

 狭いユニットバスの浴槽に、ふたりでつかる。胸にかかえるようにして湯舟につかっていると、この子は子供らしく、水面を手でたたいたり、バタ足して湯をとびちらせて周りを水浸しにしながらも、やっぱり無表情。きゃあとか、わあとか言うでもない。

 湯を落として、体をあらってやる。

 まずは頭から。シャンプーでごしごししてやると、シャンプーが目に入ったのか、子供は目をきゅっと閉じた。でもやっぱり無表情だが、そんな仕草もなんだかあいらしい。

 頭を洗いおわって、次は体。

 タオルにボディーソープをつけて、ちいさな体をこすってやる。

 首、腕、胸、お腹、そして……。

 うむ、どうしよう。

 ぷっくりとしたお腹のしたについている、このホワイトアスパラガスの先っぽみたいなのは、どう処理したらいいんだろう。

 それを凝視して、私は凝固する。

 ちゃんと石鹸で洗ってあげるべきなんだろうか、湯でさっと流せばいいんだろうか、洗うとすると、タオルでごしごしするんだろうか、手で直接こすってあげるんだろうか。

 自分のは石鹸をつけた指でかるく洗っているが、そういえば、他の女の人はどうしてるんだろう。考えてみたら、いままでだれかに聞いたこともないな。他の女の人がどうやって洗っているのかすら知らないのに、男の人がどうやって自分のアソコを洗ってるかなんて知るわけがない。

 いやきっと洗いすぎるのもよくないんだろうな。大切なところだから綺麗にしときたいけど、傷とかつけちゃうのもよくないしな。

 さて、どうしたもんだろう。

 そんなどうでもいい悩みごとでひとしきり、どどめ色の脳細胞を活性化させる。させていると、つむじ辺りに視線を感じた。顔をあげると子供が私をみている。おちんちんをみつめて困惑する私を、なんか見くだしているみたいだぞ。

 子供はまた、にっと笑った。

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