第254話 ドミー、王となる
「かくしてムドーソ王国に起きた騒乱は終わり、人類史上初の男性の王が誕生することになったのである…と。まあこんなところか」
皆が寝静まっている【ディアナの間】改め【ドミーの間】で、俺は最近の日課である日誌にい勤しんでいる。
旅の道中で役に立った【マクダ辞典】を参考に少しずつ書き溜めているものだ。
文字を書く練習にもなるしな。
「とはいえ、即位式の後はまた忙しくなるし、誰かに書かせるとするか。いっそのこと、俺のことだけでなく、レムーハ大陸に存在したあらゆる国家の歴史を記す一大書物にするのも面白そうだ。名前は…【レムーハ記】にしよう」
外に目をやると、鳥が鳴きだし、太陽が登りつつあるのが見える。
いつの間にか、もう夜は終わっていたらしい。
「すう…」
その時、【ドミーの間】の寝台で眠りについている女たちの寝息が聞こえた。
非公式だが合同で結婚式をあげてからはや1週間、当初の緊張も薄れ、いつも通り安らかに寝ている。
「ドミー、最近私が第一婦人って忘れてるよね…むにゃ…」
中央で足を広げて寝ている第一婦人である【蒼炎のライナ】。
「ドミーさま、ミズアは最後でもいいですよ。だから2人の喧嘩を…すう…」
ライナの隣に寄り添い身を縮めて寝ているのが第二婦人である【竜槍のミズア】。
いつもの2人だが、今はもう2人いる。
「ドミー王、そんな礼儀作法では、後世の人に笑われますよ…」
ライナに負けじとばかりに寝台の中央を占めようとしているのが【旧弊のエンダ】、俺の第3夫人にして元エルンシュタイン王だ。
旧弊の二文字は、ムドーソ王国の元国王として自ら進んで付けた2つ名である。
他の者が笑おうとも、誇りの象徴として名乗り続けるだろう。
ムドーソ王国の儀礼や式典をドミー朝に継承したり、現在の政治制度について助言を行うのが主な仕事だ。
俺に対しても王にふさわしい教養を教えているが、これが結構手厳しい。
あと独占欲が強く、夜の営みではライナとよく一番目を争っている。
それをミズアが仲裁するのがいつもの光景だ。
「ドミーさん…コンチさまは言ってました。あなたには男の子を100人生んでもらわなければならないと…」
背の小ささを生かしてライナとエンダの間にするりと入り込んでいるのが、【天使の忘れ形見ナビ】である。
この世界の行く末をコンチの代わりに見守るため、俺の第4夫人になることを選んだ。
人間の生殖に関する知識が豊富で、ドミー朝だけでなく、レムーハ大陸全体に新たな営みを教えるのが使命である。
…夜の営みに関する知識も豊富で、夜を共にする際には注意が必要だ。
油断していると、ライナとエンダが争っている中で漁夫の利を狙ってくる。
この【支配】した4人の女性で【ハーレムの誓い】は形成された。
副王としての任を背負うライナ、軍事面で活躍するミズア、政治を補佐してくれるエンダ、あらたな世界の営みを実現するのに協力してくれるナビ。
隙のない布陣と言えるだろう。
「…ドミー?」
4人の女たちを見つめていると、ライナが薄く目を開けた。
どうやら起こしてしまったらしい。
「悪いな。まだ寝ているとよい。散歩に行く」
「いやだ…」
「うん?」
「ドミーと一緒じゃなきゃやだ」
寝台から抜け出し、俺の所にやってくる。
「私もつれてって…ふああ」
どうやら寝ぼけているらしい。
苦笑しながらも、彼女のくしゃくしゃとした金髪を優しくなでた。
「ああ。初めのころのように」
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「~~~!わ、私そんなこと言ってたなんて…」
ムドーソ城門に至った時、ライナに朝の様子を話すと赤面した。
やはり寝ぼけていたらしい。
今はいつもの【炎魔導士のドレス】を身にまとい、【ルビーの杖】を携えた凛々しい姿になっている。
年齢はこの前17となり、少し大人びてきた。
20を前にして、女王としての風格を備えている。
「いいさ。可愛かったから」
「ううう…忘れなさいよ」
「忘れない」
「意地悪ぅ」
「あら、お二人で来るなんて珍しいわね」
城門を抜けようとすると、アメリアが声をかけてきた。
いつも通り、筋骨隆々の肉体を鍛えながら門番を務めている。
要職に付けたいという申し出は謝絶された。
今の生き方が性に合っているらしい。
「今日はお忍びだ。すぐ後に護衛がついてくるから、少し足止めしておいてくれ」
「あら。相変わらず家臣泣かせの男ね。でも、そんなところがす・て・き♡」
「褒美として、今日はお前と肉体を鍛える時間を多めに取るとしよう」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない…このアメリアにお任せあれ」
「さ、行くぞライナ。昔のように2人で」
「ちょ、ちょっと!?」
ライナの手を引っ張って、ムドーソ王国の城門から外に出る。
広々とした草原、俺たちがムドーソに向かうとき見た光景が、何一つ変わりなく広がっていた。
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「はあ…はあ…ドミーったらはしゃぎすぎ」
「すまん。つい」
「でも、私も楽しかったわ。最近ずっとムドーソ城の中にいたもんね」
ひとしきり走った後、草原にぽつんと伸びていた木の陰で、俺たちは休んだ。
【ドミー軍】による作戦が功を奏し、道にはモンスターも危険な盗賊もいない。
平和そのものだ。
2人で横になり、白みつつある空を見つめる。
もう、朝が目前まで迫っていた。
ライナとそれを眺めながら、最近のことを二、三話し合う。
「レイーゼさん。そろそろムドーソを出たころかしらね」
「恐らく。ルギャが住む【獣人族】の国は遠いからな」
レイーゼはムドーソ王国での地位は望まず、ロザリーとルギャを弔う旅に出た。
今更知ったことだが、ルギャは【獣人族】の国ガオル王国の王族だったらしい。
肉体自慢は獣人の血から来たものだ。
ガオル王国にルギャとロザリーの遺品を持ち寄り、墓を作るのがレイーゼの目的である。
そこからどうするかは分からないが、彼女なりに目的を持って生きていくことだろう。
もちろん、ムドーソ王国に戻ってきて地位を望むなら、惜しまず与えるつもりだ。
「【守護の部屋】の海没処理は、ご苦労だった」
「ええ。心配してたけど、エンダも晴れ晴れとした表情だったわ」
もはやただの部屋となったムドーソ王国の遺物は、後世に残すべきと判断した宝物や道具を抜き取った後、ムドーソ王国西方の深海に沈められた。
俺自身がいくことはやめ、ライナを代理として執行させている。
ー本当にいいのか、エンダ。
ードミー王、あんなものがあったら、いつ争いの火種になるか分からないでしょ?沈めておくのがいいの。あ、あなたが行かなくてもいいわよ。あなたは新しい時代を生きる身だからね。
彼女はこう言ってライナと同行し、終わった後胸を張って帰ってきた。
複雑な想いもあるだろうに、強い女性である。
「後は…3日後の即位式と結婚式か。なんだか実感わかないのよね。貴族の服装を着るのも苦手だし」
「俺もそうだ。だが、張り切って服の制作に取り掛かっているクラウディアの前でそんなことは言えそうにもない」
「ふふふ。そうねえ。一世一代の仕事だって張り切ってたわ」
「この機会だし、新しい服を見繕ってもらうのはどうだ」
「いいわ。あなたからもらったこのドレスと杖は、いつも私に勇気を与えてくれる。これがあれば十分よ」
新王国【ドミー朝】の始まりを意味する即位式と結婚式は、昨今の情勢を鑑みて、極力予算を抑えたものにする予定だ。
ただし、服飾だけは少しだけお金をかけている。
俺に鎧を作ってくれた人に対する、お礼として。
即位式が終われば、本格的に国王として政務が始まる。
「なんだか、あっという間だったわね。ここにたどり着くまで」
話題が途切れたころ、ライナが静かにつぶやいた。
朝を迎えつつある空には何も映っていないが、彼女だけにしか見えない光景が移っているに違いない。
まさに万感の思いである。
「そうだな」
「色々、忙しくなりそうね」
「ああ。だが、ただ忙しいだけじゃない」
「え…?」
彼女の手をそっと握る。
「うう…いきなりは反則なんだからね」
顔赤らめながら、ライナも握り返してきた。
指同士が絡み合い、深く交わる。
「ライナ、ミズア、エンダ、ナビとの幸せな日々もこれから始まる。少しドタバタしてるかもしれないが、一生退屈しないさ」
「そうねえ。退屈せず楽しく過ごせる人生が何よりだわ。でも…」
「でも?」
「あなたがそばにいてくれたら、笑顔でいてくれたら、私はそれだけで幸せよ」
今に至るまでの記憶が、頭をよぎる。
どん底からライナと初めてであった時。
ムドーソを手中にせんと野望を抱いた時。
ミズアを含むさまざまな仲間と出会い、ムドーソ辺境を旅した時。
カクレン率いるオーク軍と激戦を交えた時。
さまざまな障害を乗り越え、ライナと結ばれた時。
最後に、さまざまな立場の人間と手を結んで、民の危機を救った時。
苦しいことも、悲しいこともあった。
今後も、そのような事態に見舞われるかもしれない。
「俺も、幸せだ」
だが、今のライナの言葉で、救われた気がする。
これからも立ち向かっていこう。
その先にある喜びや幸せ、平和を目指して。
「あ、あのさ…」
「ん?」
思いにふけっていると、ライナがもじもじし始めた。
何かを伝えようとしている。
「この前ナビと話してね…ちょっと体調が悪いというか、変化があるから、何か心当たりがないかって」
「何!?それは大変だムドーソ中の医師を連れてくる!」
「恥ずかしいからやめて!?そういうのじゃないの、もっとこう、幸せなことというか、あなたに伝えたいような恥ずかしいような。どうしたらいいかわからなくて…」
「うーん。よくわからんが…とにかくライナのことならなんでも受け入れるぞ!なんでもいってくれ」
「ああもう、そういうと思った。じゃあ、耳貸して」
「おう」
ライナがこちらに顔を近づけてくる。
口元を耳に寄せ、そっとささやいた。
「私、赤ちゃんできたみたい。あなたとの子供」
言葉が出てこず、無言で彼女の顔を見つめる。
間抜けな表情を浮かべていたに違いない。
「だから、名前、考えておいてよね」
それを見て、ライナは愉快そうに、そして幸せそうに微笑んだ。
========
「ドミー朝万歳!!!」
「このレムーハの地に平和をもたらしたまえ!!!」
「新たな歴史と平和を!」
万雷の拍手と歓声を受け、俺は玉座へと進んでいく。
参列者は十人十色だ。
最初に俺を受け入れてくれた【ラムス街】の人々。
厳しい戦いに耐え抜いてくれた【ドミー軍】の面々。
統治者ユリアーナを代表とした辺境都市の住人。
特別に招かれた【シオドアリ】の有力者たち。
それらを中心として、あらゆる地域から来たあらゆる人々が祝福を送ってくれる。
「これからも一緒に筋肉を鍛えましょうね!」
ムドーソ城の門番【無欲のアメリア】がー、
「服着てくれてありがとう!これからも色々デザインさせて!」
何とか今日までに間に合わせてくれた【服飾のクラウディア】がー、
「辺境地域は、終生変わらぬ忠誠を誓います!」
辺境地域の統治者ユリアーナがー、
「ほらアドヴィナ!ドミーさまにあいさつしなさい」
【ドミー軍】のリーダーである【指揮官】アマーリエがー、
「もうアマーリエったら。ごめんなさいねドミーさま。父親になったばかりで浮かれてるのこの人」
アマーリエの妻である【天網のゼルマ】がー、
「他国への使者はうちに任せてな!」
その健脚で危機を救ってくれた【使番のレーナ】がー、
「ドミーサマ!マタスニアソビニキテクダサイネ」
忠実なシオドアリである【愛蟻のシオ】がー、
「このシネカ。内政官の代表として謹んでお祝い申し上げます」
俺に援助を惜しまなかった【神算のシネカ】を初めとする内政官の面々がー、
「ううう…このランケ、感涙であります」
「エンダさまのこと、くれぐれもよろしく頼みますぞ」
エンダの忠実な部下である【名臣】ランケと【道化】ドロテーが、
思い思いの声を上げている。
玉座には、色とりどりの衣装に身を包んだ4人の女がいた。
【蒼炎のライナ】、【竜槍のミズア】、【旧弊のエンダ】、【天使の忘れ形見ナビ】である。そのうちの1人がライナが進み出た。
いつも着ている【炎魔導士のドレス】を意識した、華やかでたおやかな赤のドレスを身に着けている。
「王よ、あなたの妻の代表として、【蒼炎のライナ】がお祝い申し上げます」
「堅苦しいことは一度置いておこう。今日は結婚式の日でもあるからな」
「え?」
ゆっくりと近づきー、
ピンク色の唇に軽く口づけをして、離れる。
彼女はぼーっとした表情を浮かべていたがー、
「な、ななな!?」
すぐに真っ赤になった。
「ヒューヒュー!」
「熱いねえ!」
「いよっ!」
一部の人間が熱狂的な声を上げる。
「じ、事前の打ち合わせにはなかったじゃない!」
「伝えたら驚きにならないだろ?」
「で、でも私だけ…」
ライナが戸惑いながら背後を振り返ると、他の3人は笑みを浮かべていた。
「ライナ。あなたはミズアたちより先にお子を授かった身。それぐらいはよろしいでしょう」
「今日だけよ、ライナ。今度はあたしがドミー王の子供を授かるからね」
「コンチさまの願い、叶えてくださりありがとうございます♪」
もちろん、他の3人には事前に通達済みだ。
「も、もう。みんなして…」
口ではそう言いながらも、ライナが俺のそばにそっと身を寄せる。
幸福な瞬間だ。
「このドミー!非才の身なれど、ムドーソ王国の偉業を受け継ぎ、本日よりドミー朝を創設するに至った!一度至尊の地位に就いたからには、この地の、いや、レムーハ大陸の安寧のため力を尽くすと約束しよう!!!本日結婚する4人の女性や、愛する臣下と共に!」
「「「ドミー王万歳!!!」」」
これで一段落だ。
あとは玉座に座るだけ。
その時ー、
「もう一回!」
ライナに袖を引かれた。
「うん?」
「さっきのじゃちょっと物足りなかったわ。もう一回だけキ、キスして」
「ふふふ…それでこそ俺の妻だ」
もう一度向き合い、少し身をかがめ、彼女と見つめあう。
「ずっと一緒にいよう。死が二人をわかつまで、いや、死をも乗り越えて!」
「うん!」
再びキスを交わし、この瞬間、ドミー朝の歴史が始まった。
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