第253話 エンダ、役目を全うする

 「では、手筈通りに!」

 「頼りにしてるわ、エンダ!」

 「エンダさま、よろしくお願いします!」


 作戦会議が終わると、3人はすぐ【守護の部屋】を離れた。

 奇妙な形の台座に乗り込み、再び巨人へと向かっていう。

 これを最後の攻撃とするために。


 決め手となるのは、恐らくあたし。


 「…はあ、情けないわね。ここに来て手が震えてくるなんて」

 「エンダさま…」

 「大丈夫よ。もう慣れてきた。あなたがそばにいてくれたら、あたし頑張れる」


 彼らの前では強がりを言ったけど、まだトラウマを完全に克服したわけじゃない。

 さっきも【守護の部屋】がなかなかいうことを聞かなかった。


 弾け飛ぶ肉片と血。

 命乞いの悲鳴。

 血に染まる大地。


 脳裏に過去の映像がよぎり、あたしに語りかけてくる。


 逃げよう。

 別にやらなくてもいいじゃないか。

 誰かがやってくれるはずだ。

 逃げればいい。

 ここにいれば安全だ。


 いつもなら、とっく悲鳴をあげて負けていたところだ。


 でも今日は、いや、今だけはそういうわけにはいかない。

 この国の歴史上最後となる王として。


 「父上、ドロテー、見ててください。必ずやりとげます」

 「エルンシュタイン、いや、エンダ。お前なら出来る」

 「エンダさま、ドロテーは最後までおそばにおります!」

 「…ありがとう2人とも。他の王たちもご照覧あれ!」


 【守護の部屋】に力を宿す。




 「ムドーソ・フォン・エルンシュタイン、いや、エンダの戦いぶりを!!!」


 

 ==========



 「【守護の部屋】が動き始めた。さあ、やるぞお前ら!」

 「任せてちょうだい!」

 「ドミーさまのためなら!」


 【守護の部屋】の先頭に立ち、俺たちは再び【エルムスの巨人】に突撃する。

 巨人は復活させたばかりの肉体を震わせながら、こちらを睨みつけた。


 「グウウウウウ…」


 先ほどとは違う、低いうなり声。

 笑っているのだろうか。

 【守護の部屋】には目もくれず、こちらへ再びブレスを放とうとする。


 どうやら、エンダは戦力外とみなしているようだ。

 そうだ、それでいい。


 「グガアアアアアアアアアア!」

 「【ブレイズ】!!!」


 再び、ライナと【エルムスの巨人】のブレスがぶつかり合った。

 先ほどよりも互いの実力は拮抗しており、なかなか勝負がつかない。

 ライナの杖を持つ手が震え、息が上がり始めてきた。


 「ぐっ…このっ!」

 「大丈夫だライナ、レムーハ大陸一の炎魔法使いにして俺の妻なら、必ずやり遂げられる!」

 「最後は根性論ってわけね。でも、悪くないじゃない…」


 【ルビのー杖】が赤々と輝きはじめ、持ち主の想いに呼応するように力が増していく。


 「ドミーがいれば…あなたがいてくれれば…私は!」


 再び【エルムスの巨人】のブレスを押し始めた。




 「負けないんだからあああああああああああっ!」

 

 白く輝く炎が、醜悪な巨人を包み込む。

 もがいているが、さきほどより激しくない。

 順応しているのだ。


 いずれ、まったく効き目がなくなる瞬間も近い。


 「ミズア、後はよろしくね…」

 「はい!あなたの作ってくれた機会を、無駄にはしません!」


 炎が消える前に、ミズアが再び空中に躍り出ようとする。




 だが、流石に読まれていた。


 「なっ…!?」


 【エルムスの巨人】の全身から触手が現れ、ミズアを拘束しようと迫ってくる。

 その数、数十本。


 恐ろしい量だ。


 「ミズア!一旦離れろ!」

 「いいえ、離れません」

 「ええ!?」


 だが、【竜槍】を構えた彼女は落ち着き払っている。


 「ここで逃げたら…」


 先ほどのように、体が白く輝き始めた。




 「ドミーさまのキスを逃してしまいますから!!!」


 そして、突進。

 自らに迫る触手に真正面から挑み、かわし、薙ぎ払い、打ち砕き、ものともしない。




 「【神槍】!」


 そして、【エルムスの巨人】の肉体を再び弾き飛ばした。

 機能を失った肉塊から心臓が離れ、離れようとする。

 復活するつもりだ。


 ミズアを回収し、ひとまず離脱を図る。

 あとは、最後の一撃を加えるだけ。




 「あとは頼んだぞ!!!」


 後ろを振り返った時ー、




 【守護の部屋】はエルムスの心臓と対峙していた。



 ==========



 ドミー達は絶好の機会を与えてくれた。


 あとは、あたしが応えるだけ。

 緊張しながら、【守護の部屋】に心の中で命をくだした。


 【赤の裁き】よ、敵を討て。


 あっさり命令は承認され、【赤の裁き】が発動する。

 後は心臓を穿つだけ。


 「ウウウウウウウウウウ…!」


 エルムスは追いつめられながらも再び再生しようと、飛び散った肉片を周囲に集めていた。

 醜い姿になり果て、名君だった頃の姿はどこにもない。


 「エルムスさま…」


 ふと、誰かがぽつりとつぶやいた。

 チディメだ。

 最期を迎えようとするエルムスを見て、目から一筋の涙を流している。




 怒りは、湧かなかった。


 チディメは知っているのだろう。

 名君だったころのエルムスを。


 覇気に満ちー、

 部下を慈しみー、

 戦争では率先して危険なところに赴きー、

 腐敗したエルーデ王朝の政治を改革してー、


 ムドーソを大陸有数の強国に育て上げたエルムスを。




 偉大な王、ムドーソ・フォン・エルムスは確実に存在していたのだ。




 (エルムスさま…もう良いのです。ムドーソは、役目を終えたのです)


 それでも終わりにしよう。


 人が必ず死ぬように、どんなものにも終わりがある。

 いずれドミーが築く新王朝も滅びる時が来るだろう。


 でも、彼ならそれを笑って受け入れるはずだ。

 『俺は代理人に過ぎない』のだと。




 人の世は、移り変わらなくてはならないのである。


 「放て!【赤の裁き】よ!」

 

 新たな時代を招来するため。

 民に平和と安寧をもたらすため。

 

 憎悪と憎しみではなく、希望を胸に。


 「古き世を終わらせ、ムドーソの大地と民に新たな時代をもたらせ!!!」






 人生で初めて放った【赤の裁き】は、エルムスの心臓の中心を音もなく穿った。

 

 「…!」


 心臓はびくりと震え、再生をやめる。

 血がだらだらと流れ、ムドーソの大地に流れていく。


 「…」


 そしてー、音もなく崩れ去った。




 この瞬間。






 ムドーソ王国は完全に滅亡しー、




 あたしの役目も終わった。



 ==========


 

 「いててててて…」

 「いや、あなたどこで怪我したの!?戦ってたの私とミズアなんだけど!」

 「着地の時に足をくじいた」

 「何してんのおおおおお!」

 「ふふふ…たまにはドミーさまを支えるのも良いではありませんか」

 「うん。特にミズアの胸が腕に当たる感触がいい」 

 「変態成敗っ!」

 「うぼえあああ!」


 いつものように軽口を叩きながら、俺は地上に着陸した【守護の部屋】まで歩いて行った。

 2人の女性に支えられながら。


 「…そういえば、キスの約束、忘れてないでしょうね」

 「ああ、もちろん」

 「ミズアとライナ、どちらにキスをするのですか…?」

 「今回は同着とする!夜になったら部屋に来るように!」

 「やれやれ、そんなことだと思った。でも、嬉しい。あなたの役に立てて」

 「ミズアも、嬉しいです…」


 【守護の部屋】には、放心したような表情のエンダとドロテーがいた。

 周囲にはムドーソ王国の歴代の王たちが、優しい表情を浮かべている。


 「もう我らの役目は終わった。複製された魂がいつまでも存在しているわけには行かぬ」


 チディメがー、


 「古き存在がいては統治もやりづらいだろうからね。ま、悔いはないさ…」


 ノーラがー、


 「お前はやはり名君であった。今頃、天で本物のエルネスタも賞賛しているはずだ


 エルネスタがー、


 エンダに別れを告げ、消えていく。




 「「「さらばだ。ムドーソ王国の最後の王よ。貴殿の判断を我らは支持する…」」」


 そして、完全に消滅した。

 【守護の部屋】から輝きが消え、【青の防壁】も姿を消す。


 「ありがとうございます。このエンダ、あなた方の厚意は終生忘れません…」

 

 エンダは息を吐き、目を閉じた。

 俺たちも目を閉じ、この地を守護した霊に祈りを捧げた。


 

 ==========



 「良いのですか?」

 「ええ。【守護の部屋】もどうやら機能を停止したようだし、ムドーソ王国にはもうなーんにも残っていないわ。でもいいのよ。あたしにはドロテーとランケがいるし」


 交渉は短時間で終わった。

 すなわち、エンダによる俺への譲位である。


 「ありがとうございます…あなたから受け継いだ王国と民は、俺が死ぬまで、いや、せめて100年は持たせて見せます」

 「そんな弱気じゃ駄目よ!国は1000年持たせようとしてようやく100年存続するんだから、今からびしばし働かないと」


 そして、彼女は勢いよく部屋から飛び出した。


 「え、エンダさま!」

 「平気よ、ドロテー。ずっと、こうしたかった、こうしたかったの…」


 自分の足で、大地の上に立つ。

 周囲を見渡し、新鮮な空気を吸って、顔をほころばせる。


 エルンシュタインではなく、完全にエンダとしての彼女だった。




 「では、とにかく皆と合流しましょう。いてて…」

 「うふふ。怪我するなんて百戦錬磨の猛将らしくないわね。【キュア】!」 

 「え?」


 こちらに駆け寄ったエンダが手をかざすと、足の痛みが引いていく。

 

 「別に不思議なことじゃないでしょ?あたしにもスキルは使えるわ。回復系だからよろしくね」

 「そうか、そりゃ、スキル持ってますよね」

 「料金はただでいいから…と言いたいけど、一つだけお願いがあるの

 「なんでしょうか?」

 「それは…」




 「あたしもあなたの妻にすること!第三夫人でいいわ!」


 頬に柔らかな感触。

 軽く口づけをしたエンダは、顔を赤らめた。

 


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