第248話 エンダ、王となる

 「もう少しで飲まれるな…弱者どもが無駄なあがきを。早く悲鳴を聞きたいぞ!くはははははは!」


 最後まで死力を尽くす【ドミー軍】たちをエルムスは嘲笑っていた。


 もはやあたしのことなど眼中にないらしい。

 もうすぐ訪れる【ドミー軍】の死を心待ちにしている。


 そんな状況下でも、【ドミー軍】の面々は諦めようとしない。


 誰一人逃げ出さず、最後の一兵まで戦い抜くように見えた。


 (なんで逃げないの。みんな死ぬだけというのに…)


 エルムスの言う通りだ。

 国が衰えたとき、大多数の民は王を裏切る。

 国が滅びそうになれば、古い為政者なんて用済みからだ。

 用済みの王は幽閉されるか殺されるかして、悲惨な最期を遂げる。


 今のあたしのように。


 そんな民たちを、自分の命を賭けてまで守る必要があるだろうか。

 ムドーソ王国がこのままエルムスに滅ぼされていけば、乗っ取ったところで得られる利益は何もない。


 だから、逃げればいいじゃない…


 ー私とミズアは、あなたと友人になりにきたのです。


 その時、ライナがあたしを尋ねたときのことを思い出した。

 勇敢で、友情に厚く、ランケの意をくんであえて苦手な近接戦に臨んだ、勇敢な少女。


 ライナはドミーを生涯をかけて愛していると聞いた。 

 ドミーのそばから離れずにいるのは、きっと彼を守るためだろう。

 今もドミーのそばで懸命に魔法を放っている。


 (いや、ライナだけではない。ミズアもだ。国に捨てられ、そのまま死にゆく身だったあの勇士も…)


 彼女もドミーのそばにぴったりとつき、泥と血にまみれながらもドミーを懸命に守っているようだ。


 (そうか…国の興亡などは些細なことに過ぎない)


 巨大な盾を操り、必死に【赤い津波】を押しとどめている壮年の女性、アマーリエも、ムドーソに妻と生まれたばかりの子供を残していると聞いた。


 その他【ドミー軍】の面々も、大半はムドーソ王国生まれだ。

 みんながムドーソ城やその他都市に愛する者がいて、それを守るために戦っている。


 たとえ絶望的な状況でも。

 自分の身に危機が迫ろうと。

 国が滅びようと。


 皆、自分の愛する者のため最後まで戦うのだ。

 

 「エンダ…」


 その時、誰かのか細い声を聞いた。

 エルムスに操られてほとんど身動きできないが、視線を動かすことはできる。


 ドロテーだ。


 寝台の上で、苦しそうに顔をゆがめている。

 まだ意識は醒めていないが、それも時間の問題だろう。


 目覚めれば、あたしを助けるためエルムスに立ち向かうに違いない。


 そうすれば、確実に殺される。

 即位してから一人ぼっちだったあたしに、ずっと寄り添ってくれた人を。


 いや、ドロテーだけではない。


 ムドーソにいるはずのランケも津波に飲まれるはずだ。

 ずっと小物だと思っていたけど、最後に重臣としての意地とあたしへの配慮を見せた人。


 まだ、政務を押し付けて軽んじてきたことを謝ってもいないのに。


 「何だその目つきは」


 不意に、上機嫌だったはずのエルムスが不機嫌な声を上げる。

 同時に地上を覆いつくそうとする【赤い津波】の勢いが弱まり、【守護の部屋】の高度が落ちていく。


 エルムスの集中力がそがれたせい?

 あるいは、まだ力が安定していないのかもしれない。

 封印からは目覚めたばかりのはずだ。


 「その反抗の意思を隠さぬ目、ジョタを思い出す。あいつも最後は我を裏切った。永遠の命を求める我に理解を示さず、家臣の粛清をやめるよう反抗してきおった!」


 頬に強烈な衝撃。

 どうやら殴られたらしい。

 歯が一本折れ、口の中から飛び出していった。


 痛い。 

 怖い。

 逃げたい。

 嫌だ。


 両目から涙が溢れそうになるが、それをぐっとこらえる。

 

 「いますぐその目をやめろ。そうすれば、もう少しだけ生かして置いてもいい。反抗すれば次は腕を折る」

 「…」

 「聞こえんのか?早く返事をしろ!」


 【赤い津波】はすでに停止状態にまで勢いを弱め、【守護の部屋】の高度も落ち続けている。 


 この状態が長く続けば、ほんの少しだけど逆転の可能性が生まれるはずだ。


 だからー、


 「…やだ」

 「何?」

 「嫌だ」

 「貴様…」

 「絶対に嫌だ!お前の言うことには…従わない!!!」


 この抵抗は無意味じゃない。


 「貴様がエルムスのはずがない。始祖エルムスは弱きものを慈しみ、戦いの際は先陣を切って勇敢に戦い、常に民のために尽くしてきた。だからジョタを初めとする多くの有能な功臣が馳せ参じ、ムドーソ王国は建国されたのだ!!!」


 少なくともあたしはそう聞かされて育った。


 ーだから、あなたもエルムスさまのように立派なふるまいを心がけるのですよ。

 ーうん!わかったよどろてー!


 だから。

 無能非才の身でも、殺される直前ぐらい、かっこつけたっていいはずだ。

 無謀なことをしたと笑われてもいい。


 それで愛する人を守れるのなら。


 「お前のように猜疑心に囚われ、終わったはずの生にしがみつき、憎しみのあまり他者を殺戮する者に我は屈しない!」


 そうでしょ、ドロテー。


 「我を誰だと思っている…始祖エルムスから100年続く偉大なる王国、ムドーソの5代目国王、ムドーソ・フォン・エルンシュタインなるぞ!!!」


 


 



 


 


 




 

 


 

 

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