第245話 エルムス、復活する

 森の中で、ロザリーが倒れていた。


 地面には柄から折れた【血吸いの戟】が落ちている。

 取り付いていた魔神が祓われた影響か、さび付いていた。

 

 ロザリーは、おそらく余命いくばくもない。

 医師の知見がない俺でも分かるほどに。


 「ドミーさま。不用意に近づくのは危険です」

 「ああ。分かってる…」


 ミズアが警告したが、俺は少しづつ歩み寄っていく。

 傍らには、涙を流しながらすがりつく1人の【魔法士】がいた。


 「ロザリー…!しっかりしてください!」


 なんども体を揺すりながら、慕うリーダーの名前を呼ぶ。

 すると、ロザリーがかすかに目を開けた。


 周囲をぼんやりと見回し、レイーゼの姿を確認する。


 「どうしたのレイーゼ。そんなに涙を流して…」

 「あなたが心配だからに決まっているじゃないですか。早く手当を受けましょう!」

 「馬鹿ね。そんなことできるわけないでしょう」

 「でも…!」

 「あなたに散々な汚れ仕事をさせたわ。ルギャも、殺した。その報いにしては軽すぎるほどよ。この大陸随一の【魔法士】と【拳闘士】にそんな仕打ちをして、罪深い存在ね、私も」

 「ロザリー…」


 レイーゼの頬に、ロザリーが手を伸ばす。

  

 「でも、ごめんね。どうしても、欲しかったの。全てをかけても欲しい、愛が」

 「…」

 「これからは、自由に生きなさい。あたしは、ルギャに謝りに…」


 それ以上は言葉を継げなかった。

 吐血し、地面に大量の血が流れる。


 「ドミー」


 それを見て、レイーゼが静かに声を上げる。

 

 「ロザリーのそばに、いてください」

 「ああ」


 俺は膝をつき、ロザリーの瞳を見つめた。

 濁ってはいるが、まだ光は失われていない。


 「ド、ミー。あたし、好きだった。あなたが…でも、この世界では、言えなかったの」

 「じっとしていろ。今助ける」

 「それだけは、だめ!」


 わずかに残った力を掌にこめ、英雄と呼ばれた彼女は砂を巻き上げる。


 「あたしは、自由に生きて、自由に死ぬ。今が、その時なの…」


 死を目前としても、【戦士】としての誇りは失われていなかった。

 たとえ助けたとしても、彼女はまったく喜ばないだろう。

 いや、その気配を察すれば、瞬時に自害するに違いない。


 俺は、彼女に近づけていた手を止めた。


 「そう、それで、いい…」

 「あんたとも、どこかで友達になれたのかな」

 「ないわね。あたしが、あなたと対等になるなんて、あり得ない…」


 最後に、少しだけ微笑んだ。


 「でも、もう一度人生があれば、どこかで…」


 


 ロザリーは、静かに息を引き取った。

 

 「またどこかで、会おう」


 彼女の瞳をそっと閉じ、別れの言葉を告げた。



 ==========



 「ドミーさま。彼女の遺体を葬ることをお許しください」

 「ああ」

 

 ひとしきり泣いたレイーゼが、俺に許可を求めてくる。

 もちろん許可した。

 亡くなれば敵も味方もない。


 弔われるべき遺体である。

 

 「これで、全て終わったのかな、ドミー」


 ライナが話しかけてきた。

 

 「まだ、もう1つあるらしい」

 「そうなの!?」

 「ああ。ただ、俺が直接関与できるものでもないようだが…」

 

 ちょんちょん。

 その時、誰かに背中を触られた。


 金色の髪をし、白い服を着た 背の小さな少女。

 まだ数歳といったところだが、俺はそれが外見だけであることを知っている。


 「ナビ!」

 「ナビって、あなたコンチのそばにいた?」

 「そうです。お久しぶりですライナさま」

 「コンチはどうしたの?」

 「あの方は、役目を終えました」

 「役目…」

 「はい。ドミーさまとも別れを告げました。896年の実りある生涯を終え、安らかに」

 「そう…一度礼を言いたかったわ」

 「なので、今後はドミーさんの配下となります!人間と同じ肉体をプレゼントされましたので、なんでもできますよ~」

 「おわっ!?」


 にっこりと笑って、腰のあたりに抱きついてくる。

 

 「すりすりします~」


 しばらくは放してくれないようだ。

 悲しみをこらえ、明るく生きていくのだろう。


 「やれやれ。というかドミー『さん』ってなんだよ」

 「なんかドミー『さま』だと何人かと被って分かりづらいという天の声がありましてですね…いや、そんなことはどうでもいいのです」


 急に真面目な表情を浮かべたナビが、俺から離れた。


 「早急にムドーソ城に戻ってください。最後に、やるべきことがあります」

 「見届ける?」

 「はい」




 「最後の試練が、ドミーさんともう1人の方に与えられます」



  ==========



 「どけ」


 冷たい言葉に命令され、あたしは反射的に玉座から降りる。

 炎のような赤い髪に、女性に似つかわしくないひげ。

 そして、猜疑心に満ちたトビ色の瞳。


 王の衣装を纏い、どっかりと玉座に座るエルムス王の体は青白く半透明だった。

 

 当然だ。

 彼はとっくの昔に亡くなり、肉体も滅びたはず。


 ならば…


 「エルムス王よ。【霊体化】の術を得ていたのですか」 


 その瞬間、頬に熱い熱を感じる。

 【赤の裁き】が放たれ、頬を焼いたのだ。


 「ひっ!」

 「次話せば殺す。【守護の部屋】は我が手中にあるぞ」

 「も、申し訳ありません!」


 死を克服し、現世に意識を留めることができる伝説のスキル。

 レムーハ大陸で数百年前確認されたと記されていたが、現在ではほら話しだと誰もが言っていた。


 「特別に教えてやろう。血のつながりもない、【守護の部屋】も扱えぬ愚かな後継に」


 玉座に座ったエルムスが手を振りかざすと、【鏡の間】全体が振動を始める。


 「子のいない我は、永遠に生きてこの国を統治せんと決意した。そのために家臣を数百人粛清し、その魂で【霊体化】を完成させたのだ」

 

 瞳に光が満ち、王が咆哮する。


 「だが…それに気づいたチディメが…勝手に内戦を起こした小心者が我を【守護の部屋】に封じた!!!あの哀れなカエナオに気づかせぬまま作らせた封印装置をもってしてな。だが、我はずっと【守護の部屋】の片隅で待っていたのだ。力が復活し、封印から抜け出すこの日を!」


 【守護の部屋】が浮上する。

 あたしに扱えない、王国の最強兵器が。


 「今完全に封印は解かれた!我は再び王となり、ムドーソを復活させる!!!」

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