第241話 ドミーの決意

 「融合…?」


 ロザリーの発言を理解できなかった。それすら織り込み済みと言わんばかりに、堕落した元英雄は邪悪な笑みを浮かべる。


 「ええ。そうよ」


 あまたの戦いを経て傷ついたぼろぼろの指で、ロザリーは繭をなでる。まるで自分の子供を慈しむ母親のようだ。


 邪悪であっても、根底の想いは純真。


 「これは【錬成の繭】。元々モンスター同士をかけ合わせてキメラを練成する術だけど、人間でもできないことはないわ。これで不完全なあなたとあたしが融合して、完全な存在になるの」

 「笑えない冗談だな」

 「本気よ」

 「…なぜだ?」


 狂ってしまったロザリーに対する憎悪は消え失せ、疑問だけが残るのを感じる。

 

 「なぜ俺にこだわる。お前は誰よりも強く、優れたスキルを持ち、誰からも賞賛されていたはずだ。何より、俺をあっさり追放したじゃないか」

 「本当はしたくなかったのよ。なぜだか分かる?」


 繭から離れ、地面に座り込んだ俺にロザリーは近づく。


 「それはね…」


 膝をまげて俺と視線を合わせ、顔をそっと寄せてきた。


 少し乾いて不健康な色をした唇。とび色のくすんだ瞳。痛んだ金髪。嗅いだことのない甘い吐息が鼻腔をくすぐるが、俺の体に触れることはない。


 「あなたのことが好きだからよ」


 予想もしない答えに、息をのむ。


 「あたしはずっと、あなたみたいな男性に力強く抱かれたいと願ってきた。女性同士が恋をして幸せになる世界で。あなたと同じ、呪われた存在」

 「ロザリー…」

 「あなたを追放したのも、それをレイーゼやルギャに気付かれたから。でも、我慢できなかったわ。あたしの人生に我慢は似合わないもの」

 

 ぱちん。

 体が自分の意思に反して、強制的に立ち上がってしまう。ロザリーが繭に向けて歩き始め、俺はそれに追従するように後を追った。


 「でも、そのままのあたしとあなたは幸せになれないでしょうね。お互い不完全な存在として世界から排斥されて、息をするのも叶わない。あなたも分かるでしょ?この世界の冷たさと残酷さが」


 ロザリーが繭にたどり着き、両手でゆっくりと開く。思わず顔をしかめてしまう強烈な悪臭がただようが、彼女は意に介さない。


 「だから、一足先に不完全な存在から卒業しましょう。そして、二人一緒にこの世界を全て破壊するのよ」


 こちらを振り返り、手招きされる。このままではロザリーの思うがままだろう。

 だからー、




 「嫌だ!」


 最後の抵抗をさせてもらう。

 

 

 ==========



 「俺はこの世界を破壊したいとは思わないし、不完全な状態でも生きていきたい。お前があくまで融合を強制しようと言うなら、舌を噛む」

 

 柔らかい舌に歯を突き立てると、生暖かい感触と共に血が流れた。それを見たロザリーが再び指を鳴らし、俺は動きを止める。

 少しだけ時間稼ぎができたようだ。


 「首から下の自由を与えたのは失敗だったわね」

 「お前にも復讐したいとは思わない。解放しろ」

 「嫌よ」


 ロザリーの声色が上機嫌から不機嫌へと変化しつつあるが、表情は崩さない。

 

 「こんな希望のない世界にこだわる必要なんてないじゃない、ドミー」


 ゆっくりと歩みを進め、俺の元へと戻ろうとする。


 「あなたも【アレスの導き】と旅して見てきたはずよ。大陸には争いと憎しみがはびこっていて、生きている者は傷つけあわないと生きていけないわ。ムドーソ王国はまだ平穏な方だけど、長くはもたないでしょうね」

 「なら、俺がムドーソの王となってそんな現状を変えて見せる。この世界にもまだ希望があるのだと、胸を張って言える存在になりたい!」

 「そんなことをしても、誰もあなたに感謝何しないわ。それどころか、現状を変えようとする迷惑な存在としてあなたを憎むでしょうね」

 「それでも構わないさ」

 「どうして?どうしてこの世界を愛そうとするのよドミー」

 「この世界は確かに悲しみや怒りで満ちている。それに絶望して、闇に堕ちる者も大勢見てきた」

 「だったらー」

 「でも、それだけじゃない」


 脳裏に、これまでの旅の記憶がよみがえる。


 ー恐怖に打ち勝ち、【守護の部屋】の防壁を打ち砕いたライナ。

 ー一族の誇りを賭け、たった1人で【メルツェル】を破ったミズア。

 ー絶望からもう一度立ち上がり、誇りを取り戻したアマーリエとゼルマ。

 ー劣等感をばねにし、【ドミー軍】を救うために才を振るったレーナ。

 ー乗っ取られた巣を取り戻すため、異種族にためらわず助けを求めたシオ。


 みんな俺よりもよっぽど勇気があり、情にあふれ、才能のある素晴らしい者ばかりだ。


 「希望や勇気もそれ以上にある。俺は、この世界の闇ではなく光を信じる!」

 「…っ」


 ロザリーの足が止まった。彼女にも、きっと光を信じる心はある。


 「これが最後の機会だ。救われたいのなら俺の手を握れ!ロザリー!」



  ==========



 「【血吸いの戟】!」


 虚空から戟が現れ、かつて【英雄】と呼ばれた戦士はそれを掴む。表情に憎しみと怒りを宿らせながら、俺に戟を突きつけた。


 「計画変更よ。できるだけ傷をつけたくなかったけど、両腕と両足を切り落としてからにするわ」


 腕を刃でなでられると、とたんに皮膚が切れ、血があふれだす。


 「あなたはあたしに従っていればいいの。それ以上は…必要ない!」

 

 戟を振るい、俺に向けて振り下ろそうとしたその時ー、




 遠くで爆音が聞こえた。大勢の人間が鬨の声をあげながらこちらに向かい、何かを叫んでいる。


 「「「ドミーさま、万歳!」」」


 「どうしてここが…」

 「ひとまず話はあとでしよう。その前に…」


 体がふっと自由になるのを感じ、俺は動揺するロザリーから少し離れた。どうやら、レイーゼは拘束スキルを行使している場合ではないらしい。




 「決着を付けよう、ロザリー」

 腰の短剣を抜き、勢いよく投げつけた。

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