第240話 新たなスキル
「私が…?」
ドミーがさらわれてから約1日。
意気消沈して【ムドーソ水道】から【ディアナの間】に戻った私を待ち構えていたのは、意外な言葉だった。
「そうですとも」
動揺する私を尻目に、ミズアはさも当然のごとく話す。
「ドミーさまの代理が務まるのはあなたしかいません」
「で、でも!」
「ゼルマも賛成すると言っておりました。すで【サイト・ビヨンド・サイト】で捜索を開始していますが、命令があれば言ってほしいそうです」
アマーリエもミズアに同調する。
ゼルマは子供を無事出産して安静にしているが、スキルを行使してドミーを全力で探していた。
体調も顧みず、主を探すために。
「他の人はどう思うの…?」
【ディアナの間】に集った他の重臣達を見まわす。
「うちはライナで賛成かな。他に適任もいないし」
【使番】のレーナも賛成。
「さささ賛成ですっ!ドミーさまの代理がつ務まるのはあなたさましかいないかとっ!」
【愚直】のアウストリットも賛成。
「賛成ですわあ。この旅路はドミーさまとあなたの2人で始めたものですし」
【神算】のアウストリットも賛成。
「あっしはあなたに見出されましたからね。もちろん賛成です」
【異端】のアウストリットも賛成。
どうやら逃げ場がないようだ。
私のヘマでドミーがさらわれたというのに。
「ライナ。お気持ちは分かります。しかし、ドミーさまをお救いしたい気持ちは、あなたが一番強いはずです」
「…そうね。それは確かよ」
でも、一番の親友に焚きつけられて覚悟が固まった。
「私は能力は他の人に劣っているかもしれない。でも、ドミーを愛してるという気持ちは誰にも負けないつもり!この前イラートにさらわれたときも全力で救ってくれた。今度は私が彼を救う番!」
ドミーとは短いようで長い道のりを歩んできた。
こんな所で終わってしまったら死んでも死にきれない。
絶対に、絶対に救い出す。
「そんな私だけど、それでよければ皆の指揮を取るわ!それでも良い!?」
「「「はっ!」」」
多数の賛成によって、私が臨時で指揮を取ることが決まった。
「ま、問題はどうやってドミーを探すかなんだけどね。完全に行方をくらましてしまって、痕跡も何も…」
その時、脳内で誰かの声が響いた。
ーライナさま、ナビです。
「わっ!ナビ!?どうしたのよ急に。そうか、ドミーの場所を教えてくれるのね?」
ー少し違います。
「少し…?」
天使の使いは、少し嬉しそうな声を上げる。
ーおめでとうございます。たった今、ドミーさまからスキルの【一部譲渡】が行われました。ライナさまが第一号です。
==========
ー大丈夫ですか、ドミーさま。
ナビの声で目を覚ますと、暗黒の暗闇の中にいた。
ロザリーやレイーゼはそばにいない。
「死んではいない。今のところはな」
まだ顔以外は動かせない。
このままではロザリーの手中から逃れられないだろう。
だが、希望はまだ残っているようだ。
だからこそナビがいる。
「あれで丁度だった、ということだな」
ーはい。久々ですが、レベルアップを達成しました。
意識を失う直前の記憶を思い出す。
地面に倒れようとしたとき、1匹の動物が横たわっているのが見えた。
やせ衰え、今にも死ぬ寸前といったところだ。
たしか、【ネコ】とか言われる小型の野生動物である。
一か八か。
そのまま覆いかぶさったところ、確かな手ごたえがあった。
途端に回復したネコが勢いよく飛び跳ね、森の中へ去っていく。
それ以上何もできなかったが、とあることを考えていた。
そろそろレベルアップしてもいい頃合いのはず、だと。
ムドーソの人間をほとんど【支配下】に置いてるし。
「で、どんなスキルを会得しだんだ?おっかないクソ女を一撃で殴り倒せそうか?」
ーまったく戦闘力はありません。
「ないのかよ!やれやれ、少しぐらい戦闘力のあるスキルを付与しても良かったろうに」
ーその代わり強力です。スキルの【一部譲渡】を行えます。
「【一部譲渡】?」
ーはい。信頼する人物に【ビクスキ】の一部を譲渡できる、言葉そのままの意味です。また、譲渡されたものはよりドミーさまと深い絆で繋がり、どこにいて何をしているかも分かります。
「2つ目は嬉しいような嬉しくないような…しかし贅沢も言ってられないか」
自分のスキルを譲渡できるほど信頼できる人物は、2人いる。
両方に付与しようか。
ーあ、今回譲渡できるのは1人だけです。
「ぬっ。ならば仕方ないか…」
そうなれば、選択肢は1つだ。
最初に仲間とした人物。
最も愛し信頼する女性。
少し抜けているところもあるが、思慮深く、他人に対する思いやりに満ち溢れている。
たとえスキルを譲渡しても、それをよこしまなことには使わないだろう。
「ライナだ」
俺はナビに告げた。
「ライナにスキルの譲渡を行う」
ーかしこまりました。あなたさまなら、最後の試練も機っと乗り越えられるでしょう。
ナビの気配が遠ざかるのと同時に、誰かが遠くから歩いてくるのを感じる。
「お待たせ」
ロザリーだ。
「待ってはいないが?」
「ふふふ、次言ったら腕を一本斬るわよ」
「…一緒になるってなんだ?」
「言葉通りの意味よ」
俺の元雇い主が指をぱちんと鳴らすと、周囲の暗闇が晴れた。
特に何の変りもない森の中だ。
ただ1つの光景を除いて。
「なっ…」
いくつか修羅場を潜ってきたが、流石に驚く。
ちょうど中央の空間に、茶色がかった色をした何かがうごめいていた。
木々の間に糸を張り、空中に浮かんでいる。
巨大なさなぎだ。
大きさからして、普通の昆虫のものではない。
「あたしとドミーであの中に入るのよ」
さなぎの中腹には少し切れ目が入っており、人間2人なら入れそうだ。
「あの中であたしとドミーは1つに混ざりあう。そして、1体の生物として生まれ変わるの」
==========
「ドミー殿下をお救いしろ!」
「ライナ様が指揮を取られるそうだ!」
「ライナさまの手に触れるとスキルが強化される!急げ!」
幽閉されている【旧王の間】付近が、騒がしさを増している。
どうやらドミーを助けに行くらしい。
鍵は手に入れたはずだが、何の価値もない王は後回しでも構わないということか。
「ねえ、ドロテー」
負傷し、【守護の部屋】で眠りにつく【道化】に語り掛ける。
「この国の歴史は、どう終わらせるべきなのかな…」
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