第234話 噂と訪問者

 「噂、か」

 「はっ」


 兵の訓練風景を視察してほしい。


 そのような口実で俺をムドーソ郊外まで呼び出したアマーリエが密かに告げた。


 「ムドーソ水道のどこかに、【守護の部屋】の機構を停止させる鍵が眠っていると」

 「複数の証言を総合するとそのようになります」

 「ドロテーやランケが意図的に流した罠。そのようにも受け取れるが?」

 「念のため手の者に探らせたところ、防衛機構やモンスターの存在を確認しております。数日前から突如現れたようです」

 「なるほど。ドロテーが完全に姿をくらませたのと関係がありそうだな」


 数日前、ドロテーが監視の目をかいくぐって逃亡したのは不思議だと思っていたが、鍵を守るためだとするなら納得がいく。

 【守護の部屋】が無効化させられば、いくらAランクとはいえ戦士1人では守り切れない。


 ー鍵には2つの機能があります。1つ目が、【守護の部屋】の支配者の継承。エルムス王の血を引く者が鍵を手にしたまま部屋に入り、古い支配者からの任命を受けて継承が完了します。

 ー2つ目は?

 ー非常時における【守護の部屋】の停止。詳しくは我らも知りませぬが、エルムス王の血縁ではない者も可能だとか。


 エルシュタイン王を見限った大貴族たちはそう言っていた。

 どちらにせよ、厳重な防備が必要に違いない。

 ムドーソの地下広く広がる水道に隠すのも不自然ではなさそうだ。


 「さっそく、追加の選抜隊を送り込んで捜索させよう」

 「かしこまりました。私もー」

 「お前はゼルマのそばにいろ」

 「しかし…」

 「命令だ。心配するな、ムドーソを手中にすれば仕事はいくらでもある。が、子を授かる体験は何度もないぞ」

 「ははーっ」


 ゼルマはみるみるお腹が大きくなり、残り2~3日で出産する状況となっている。

 長らく人体の不思議として伝えられてきたが、コンチという名の神が介在しているせいだろうか。


 「そういえば、2人はいつ妊娠するんだっけ…」

 「は?」

 「いや、なんでもない。戻っていいぞ」


 幸い、独り言は聞かれなかったようだ。

 「そういえば名前どうしよう…」とつぶやきながらアマーリエは去っていった。


 そのまま練兵風景を眺めていると、脳内で声が響いた。


 ーお二人はまだ妊娠しません。あなたさまがムドーソを手にするまでは。


 「ナビか。コンチは元気か?」


 ーあまり元気ではありません。そろそろ寿命ですから。


 「神も死ぬのか?」


 ーコンチさまは創造主ではありませんので。


 「そうか。ま、そんな高貴な人物でもないしな…もしもの時は顔ぐらい見せろと伝えてくれ。礼の一つも言っておきたいとな」


 ーお伝えします。あと、もう一つ連絡事項が。


 「なんだ?」

 

 ー最大の敵が、虎視眈々と狙っていると。


 「…」


 ナビの気配は消えた。


 


 「ロザリー、か」


 手を尽くして探しているが、かつて自分を買った女はどこにもいない。


 英雄としての地位も捨て、仲間とも別れ、彼女は何をしたいのだろうか。

 

 

 =========



 ドロテーは、あたしに別れを告げに来た。


 「ごめんね、わたしいかなくちゃ。すいどうのふういんがいちぶやぶられてしまったから。きっと、あのようへいのしわざ」

 「鍵なぞくれてやればいい!我のそばから離れるな!」

 「そういうわけにはいかないんだよ」

 「これは命令だぞ!聞けないのか!」

 「きいてあげたいけど、えるむすおうのめいはぜったいなんだよ…『どうけはいのちをかけてかぎをまもるべし』。わたしのおかあさんもおばあさんも、ずうっとまもりつづけてきた」

 「ドロテー…」

 「申し訳ありません、王よ。あなたさまの命に、一度だけ背きます…」


 最後に素を見せた後、それっきり。

 あたしの世話をしてくれる人は誰一人いなくなり、服も髪もそのまま。

 さいわい食料は豊富にあるし、水とお湯は常に出るから生きていける。


 でも、それだけ。

 ただ生きるだけの屍として、寝台に横たわっている。


 こんなことなら、王になんて生まれなければ良かったのに。 

 ただの街娘として生まれた方が、よっぽどマシだった。


 「王よ」


 とある女性が部屋の側まで訪れる。

 腰に似合わない剣を携えた、神経質な人物だ。


 「…ランケ。お前もさっさと逃げろ。お前の記憶力があれば、ドミーも喜んで迎えてくれるだろう」

 「そういうわけには、参りません」

 「なぜだ」

 「無能非才の身ですが、忠義までは捨てたくありません」


 ーこのような事態となり、弁解のしようもありませぬ…どう償えばよいか…!


 そういえば、【ドミー軍】がムドーソに入城した時、唯一泣いて謝罪したのがランケだった。


 【守護の部屋】には入れないけど、今もずっとほとんど側にいてくれる。

 無能だと思っていたけど、評価を改めないといけないのかな。

 

 いや、いいか。

 いまだにあたしのそばにいるなんて、時勢を読めない人間だけ。

 あたしがどう評価しようと、無能の烙印を押されて終わり。



 「で、どうした」


 寝台から抜け出して、玉座に座った。

 髪も服もぼさぼさだけど、仕方ない。

 

 1人でも付き従う者がいるなら、王として振舞わなくちゃ。


 「ついにドミーも我を殺す決心がついたのか」

 「違います」


 少し困惑の表情を浮かべながら、ランケは言った。




 「ドミーの側近、ライナとミズアが訪問しております。王に面会したいと」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る