第235話 ランケ、戦う

 「エルンシュタイン王、お久しぶりです」

 「おお、ライナとか言ったか。【守護の部屋】の守りを破った以来じゃの」

 「はい。あの時は、大変失礼なことをいたしました」

 「良い良い。我が望んだことじゃ」


 直接会うのは、本当に久しぶりだ。

 【ドミー軍】がムドーソに入城した後も、ドミー以外とは頑なに会おうとしなかった。


 ドミーの指示なくして私が王に手を下すことなんてできないから、当然の話か。

 そんな指示をドミーが下すわけはないのだけれど。


 「…エルンシュタイン王」


  ミズアも恭しく礼をするけど、王の反応は少し鈍い。


 「ミズア、か…今までお前に会う勇気がなく、遠ざけてしまった。メクレンベルク一族の衰退の責任は、我にあるのだからな」

 「滅相もありません」

 「だが、いつまでも逃げるわけには行くまい。愚王でも、我はまだ王なのだからな」


 エルンシュタインはミズアを見据え、静かに話し出す。


 「お前の母や一族には、悪いことをした。許してくれとは言わぬ。憎ければ、ここで殺してくれても構わない」


 少し声が震えているが、【馬車の乱】をめぐる経緯を思えば、仕方のないことか。

 ミズアが怒っていなくても、王の中で簡単に処理できる問題ではないだろう。


 それでも、ようやく対面が叶った。


 ー王はあなたと1対1になるのは気が引けるのよ。私も行けば、きっと心を開いてくれるわ。

 ーそう、でしょうか。


 目論見通りは分からないけど、とにかく一歩前進。


 「…良いのです。我ら一族にも、非はありました。ミズアは、王に指一本触れません」

 「心優しいな、お前は。もし王国が健在であれば、しかるべき地位や権力を与えて償いをするところだが…今の身分ではな」

 

 王は、少しくすんだように見える金色の玉座の上でため息をつく。

 世話をする【道化】がいなくなったためか、王冠をしておらず、衣装も髪も乱れている。

 

 レムーハ大陸の3分の1を占める強国、ムドーソ王国の王とは思えないほど、痛々しい姿だった。


 少し、胸が痛む。


 「直接お前に報いてやることはできぬが、ドミーに忠誠を誓えば、ムドーソの民に尽くすことはできるであろう。自らの信じた道を進むが良い」

 「はっ…」


 代々ムドーソ王国に仕えてきた武門の一族が、完全に袂を分かつ。

 その事実を悟り、ミズアは少し声を詰まらせた。


 「ランケ。今の出来事はきちんと記述するように。このエルンシュタインが、メクレンベルク一族の末裔ミズアには頭を垂れたと」

 「しょ、承知しました」


 そばでじっとしていた秘書官に命令した後、王はしばし瞑目し、何も話さなかった。



==========



 「王よ」


 沈黙を破り、私は話し出す。


 「私とミズアは、あなたと友人になりにきたのです」

 「友達?」

 「はい。友人です」


 綺麗事かもしれないけど、私はそのためにここに来た。

 ドミーとはわだかまりがあるから、うまく話をできない点もあるだろう。

 

 でも、私にはもう少し心を開いてくれるかもしれない。

 

 「ふん、流石に馬鹿らしいな。もう噂は聞いている。我はもうじき【守護の部屋】の鍵すら奪われのだろ?」

 「ご存知でしたか」

 「そうなれば我には何の力もない。そんな人間と、ドミーが最も愛する女性であるそなたたちが友達になってどうする」  

 「だからこそなのです、王。ドミーは私たちが悲しむことは絶対にしません。だから…」

 「気持ちはありがたいが、簡単なことではないな」


 王は傍の秘書官に再び目をやる。 


 「無能な我にも、まだそばに付いてくる者がいる。ドロテー、いや、【道化】もそなたたちを阻むために去った。まだ我は王なのだ」 

 「…」

 「だから、まだそなたたちと手を取り合うわけにはいかぬな」

 「そう、ですか」


 少し性急だったか。

 仕方ない。


 やはりといった表情を浮かべるミズアに声をかけようとした時、神経質そうな声が聞こえた。


 


 「待て!王に向かって友人などと不埒な!」


 ランケだ。



 ==========



 「このランケ自ら切り捨ててくれる!覚悟しろ!」


 将軍エンギから受け継いだ、宝石を埋め込んだ【七宝の剣】。

 

 少し手間取りながらも鞘から抜き、私とミズアに向けて構えた。

 

 「やめてくださいランケさま!ミズアとライナは、戦いに来たのではありません!」

 「黙れ!貴様らがいなければ、この王国は存続できた!全ては貴様らのせいだ!」

 

 少しずつにじり寄るランケだけど、全身を震わせている。

 滝のように汗を流し、表情うつろだ。


 明らかに様子がおかしい。


 「ラ、ランケ?」

 「王よ、見ていてくだされ。このランケがいる限り王国は不滅です!あなたさまを最後までお守りします!」

 「まさか、貴様…」


 ああ、そういうことか。

 この人は、自分にしかできない方法で忠節を尽くそうとしている。


 ミズアが【竜槍】を構えるのを制止し、私が前に出た。


 「待ちなさい!ミズアはやむを得ず王国に逆らっただけ。恨むなら私を恨みなさい」

 「ほほう。良い心がけじゃ。さっさと【ファイア】で殺すが良い!

 「そんなことはしないわ」

 「な、何?」


 【ルビーの杖】を構え、ランケに突きつける。




 「杖だって、接近戦はできるわよ?」



 ==========

 

 

 「あいやあああああ!」


 ランケが叫び声を上げ、私に斬りかかる。

 最初は躊躇してたけど今は本気だ。


 「くっ!」


 【ルビーの杖】で受け流すけど、少しほおを切る。

 

 「ライナ!」

 「手を出さないでミズア。大丈夫よ」


 大した怪我じゃない。

 アードルフ戦の時から、大抵の痛みには慣れてる。

 私も、いくつかの修羅場をくぐり抜けてきたつもりだ。


 「はあ、はあ…」

 「もう息が上がってるの?そんなんじゃ甘いわよ!」

 「くそっ!舐めおって!」


 また切りかかってくるけど、体力がないためか、すでに勢いは失われつつある。

 それでも、ランケは抵抗をやめなかった。


 おそらく、わざと倒されて、エルンシュタインを王の責務から解放させるために。

 死ぬのも覚悟の上で。


 「忌々しい!貴様の生意気そうな顔が前々から嫌いだったのじゃ!」

 「私だって!あんたに散々嫌がらせされたの覚えてるもんね!ドミーのことだって危険にさらした!」

 「国のためにやったことじゃ!悔いはない!」


 ランケが剣を大きく振りかぶり、私の頭に振り下ろそうとする。


 「そこ!」


 素早く足払いを繰り出すした。


 「うおっ、おわああああっ!」


 バランスを崩したランケがもんどり打って倒れ、両手から剣を離す。

 素早くランケに杖を突きつけ、ランケの動きを止めた。


 「やめろライナ!殺すな!」


 王の叫び声と共に、決闘は終わる。

 私は疲労感を感じ、ランケと同じくその場に崩れ落ちた。


 「流石に、近接戦はしんどいわね」

 「体格で劣る小娘に負けるとは…このランケ、完敗じゃ」

 「いや、あなたもよく鍛錬したと思う。実践経験があれば、私もやられてたわ」

 「ふん。実戦ならすぐ炎で焼かれて終わるわ…」

 

 ランケは王の方を向き、疲労困憊しながらも毅然とした声で語る。


 「王よ。後は、ドロテーだけです」

 「ランケ…」

 「あなたさまがずっと死を望んでいたことに、心を痛めておりました。辛く苦しいこともあるでしょうが、死んではなりませぬ…。生きていれば、復活の時もありましょう」


 【七宝の剣】を再度手に取るランケだったが、その刃は転んだ拍子に折れていた。

 刃を愛おしそうに撫でた後、秘書官はそれをそっと地面に置く。


 「ムドーソ王国の家臣として失格ですが、このランケは、終生あなたさまのそばにいます…」


 そして、床に崩れ落ち、気絶した。




 「ランケ。しかと、見届けた」


 その姿を見て、エルンシュタイン王の目から、涙が流れる。


 「お前は無能なのではない。このムドーソ王国随一の忠臣だ…我が間違っていた…」



 

 【守護の部屋】に阻まれても、その想いは、ランケにちゃんと届いただろう。

 

 

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