第232話 それぞれの日常4

 午前の政務が終わり、俺は護衛とシオを引き連れムドーソ城を見回ることにした。

 護衛はエーディト含む親衛隊数人である。


 シオにまたがり街に繰り出すと、市民たちは喜びの声を上げた。


 「次代の王、ドミー・フォン・バルテル万歳!」

 「大貴族たちを追放した時はスカッとしたぜ!」

 「あのおっかないシオドアリを手懐けるなんてすげえな!」


 すでに市民の大半も【支配】したため、半ば強引な政権奪取を経ても、不安を覚える者はいなかった。ムドーソ王国の国民の大半がこの状態である。


 ちなみに、バルテルはムドーソ王国初代エルムスの元々の姓だ。

 エルーデ王国を乗っ取った際にムドーソに改姓したが、バルテルも神聖なる姓として名乗るものはほとんどいない。


 なぜ俺がその姓を名乗るかは言うまでもないだろう。


 「どうだシオ、人間の街もなかなかのものだろ?」

 「ハイ。ホカノ【シオドアリ】ノミンナニモミセテアゲタイデス」

 「もう少し落ち着いたら他の同胞も呼び寄せてもいいぞ。お前も一人は寂しいだろう」

 「アリガタキシアワセ…デモ、ドミーサマガイレバサビシクアリマセン」


 とまあ、堅い話はここまで。


 シオの散歩を郊外から城内に変更したのは、彼女にムドーソの景色を見せてあげたかったからだ。

 ライナを救うのに多大な貢献をしてくれた恩人だしな。


 ちなみに今は直接言葉を交わしている。 

 人間と同等の知能を持つシオに辛抱強く教えた結果、カタコト混じりだが話をできるようになった。


 「嬉しいことを言うな。だが、お前もいずれは女王となり【ハーレム】を築く身。気に入った者がいれば呼び寄せてもいいぞ」

 「【ハーレム】?」


 触覚をピクピクと動かし、愛蟻は疑問の声をあげる。


 「俺とライナ、ミズアのような関係のことだ」

 「ワカリマシタ!キニイッタオスガイレバヨビヨセマス」

 「その意気だ!元気な子を産んでくれよ!」


 最近は意識してなかったが、シオの子孫にも【ビクスキ】の【支配】が200年間及ぶ。

 

 人間より遥かに強い力を持つ【シオドアリ】を友好的な存在にしてくれるのは心強い限りだ。


 「将軍〜〜〜!」


 シオと束の間の休息を楽しんでいると、向こうから誰かが血相を変えてやってきた。

 最近新たな仕事を命じている【使番のレーナ】である。


 「また王さまが殿下に会いたい言うてるで!」

 「…えー」

 「いやあ、うちも言いたくないんやけどな?王がなんか要望したら殿下に伝えるのがうちの仕事やし?」


 すなわち、王と俺を結ぶメッセンジャーとしての仕事だ。

 誰でもいいというわけではない。

 幽閉しているエルシュタイン王の動向を監視する任務でもある。

 

 「いいだろう。すぐ行くと伝えてくれ」

 「おおきに!ほなまた!」


 いつも通りさっさと去っていくレーナの後ろ姿を見送りながら、俺はため息をついた。




 「どうせ、同じ内容だろうな・・・」



 ==========



 「遅いぞドミー!言ったではないか。貴殿に政治の権限とバルテルの姓を与える代わりに、呼びつけたら真っ先に駆けつけろと!」


 あたしは、【旧王の間】にやってきた男を叱りつけた。


 王としての実質的な権限を失い、エルーデ国王が政務を取っていた【旧王の間】に半ば幽閉されたあたしが、唯一王様のように振る舞える行為。


 もっとも、【旧王の間】への移動を希望したのはあたし自身だけど。


 「申し訳ありません。街の巡回を行っており、遅れました」


 精悍な顔つきをしたドミーは恭しく首を垂れる。


 内心はイライラしてるいるに違いないけど、それを表には出さない。

 こちらとしては怒り狂って欲しいのだけれど。


 「まあ良い、それより決めたのか?」


 【守護の間】の玉座にどっかりと座り、あたしは笑みを浮かべた。

 多分、笑みになっているはず。




 「我をどう殺すのかを」

 「…」

 「【守護の間】を無力化する方法は大貴族たちから聞いたであろう。だが、その後我は無罪放免ではあるまい?新王朝の災いとなるからな」


 この男が率いる軍勢がムドーソに到達した時、それまで徹底抗戦を叫んでいた大貴族のほとんどは寝返った。

 

 生命と領地の保全を条件として。


 その時、【守護の部屋】を解除する鍵についての話も聞いているはずだ。

 無能な大貴族が交渉材料にできるのはそれしかない。


 だが、ドミーはそんな甘い男でなかったらしい。


 この男の元に出向いた大貴族たちがムドーソに戻ってきた時、全員正気ではなかった。


 「ドミーさま万歳!」

 「あなたさまのためなら領地など惜しくはありません!」

 

 口々にドミーへの忠誠を口にし、領地や財産を自ら差し出していく。

 辺境への追放処分を告げられても笑顔を浮かべ、一族だけをともなってムドーソを去っていった。


 「そのようなことはいたしません」

 「ではどうする?」

 「【守護の部屋】が力を失えばあなたは自由です。そのまま解放します」


 馬鹿にして…!

 あたしは玉座から立ち上がり叫んだ。


 「甘いぞ!そのように情をかけて、逆襲されて滅んだ者はいくらでもいる!同じ轍を踏むつもりか!」

 「そのようなことは起こりません」

 「なぜだ!理由を申してみよ!」  

 「その時になれば分かります。今はこれだけしか言えません」


 このドミーとかいう男はいつもこうだ。

 あたしを死なせてくれない。

 生かそうとする。

 

 最後の王として悲惨な死に方をすれば、せめて歴史書の一片に笑い者として名が残るというのに。

 何事もなく歴史から消え去れば、笑われる機会すら失う。


 ムドーソが滅びるのは、【守護の部屋】が使えない無能なあたしが王になった時点で決まっている。

 だから、この男の率いる軍勢も抵抗せず受け入れた。

 だけど、せめて国を滅ぼした罰をを受けて地獄に落ちたい。


 なのにこの男は。


 「もういい。下がれ。用はない…」 


 何もかもやる気を失い、あたしは手で払う仕草をした。


 本当は分かっている。

 死にたいなら自分は死ねばいい。

 あたしは自分で死ぬ勇気もない臆病者だ。   


 情けなくて、涙もでない。


 「これだけは言っておきます」


 ドミーは立ち上がり、あたしの目をまっすぐと見据えた。


 「俺はあなたには死んでほしくない。理由は3つある」

 「…聞いてやろう」

 「1つ目、俺のやりたいことに反するから。2つ目、あなたは自分で思っているほど愚かな王ではない」

 「3つ目は?」

 「個人的な意見ですが…」


 急に子供のようなにっこりとした笑顔を浮かべる。


 「あなたは美しい」

 「…は?」

 「俺の妻にしたいほどだ」

 「なっ!」

 「ライナに嫉妬されますからあまり大きな声では言えませんがね。それでは」

 「ま、待て!」


 呼び止めたが、風のように去ってしまう。


 「この!」



 

 怒りに身を燃やそうとしたが、すぐにしぼんだ。


 「馬鹿に、して…」


 むしろ、ほのかな喜びすら感じるのだった

 

 

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