第231話 それぞれの日常3

 「ヘルガ、魔法攻撃のタイミングをぴったり合わせろ!【ウォール・アドバンス】の範囲内から決して出るな!新生ムドーソ王国軍は集団戦を重視する!」

 「はっ!」

 「ちょっとベティーナ!あんたの隊だけ歩調が合ってないわよ!上から【サイト・ビヨンド・サイト】で見たらバレバレなんだからね!」

 「申し訳ありません!」


 ムドーソ城の郊外。

 私とゼルマは、【ドミー軍】を中核として新たに再編された【ムドーソ王国軍】の訓練に当たっている。

 

 結成時は80余名だった【ドミー軍】も、今や3000名を越す大所帯。

 これまでのように私が全て直接指揮を取るわけにはいかない。 

 ヘルガやベティーナなど、【ドミー軍】の中で見込みのあるものを新たな指揮官として登用し、数百名ほどの部隊を預けている。

 

 といっても、私やゼルマの重要性が下がったわけではない。

 殿下に【強化】を施してもらうことでステータスが成長し、【強化】なしで【ウォール・アドバンス】や【サイト・ビヨンド・サイト】が可能となったからだ。


 古株もBランクやB+ランクまで成長しているため、いまやレムーハ大陸随一の実力を誇る最強の軍事勢力である。


 ま、いずれランクの差は大した問題ではなくなるのだが…


 「ねえ、アマーリエ」

 

 配下の督戦にあたっている時、ゼルマに声を掛けられる。

 

 「どうしたゼルマ。この前寝顔にイタズラしようとした罪はもう清算したぞ」

 「…できちゃった」

 「ん?」

 「だから、できちゃったの」

 「何がだ?私に対する新たな制裁道具?」

 「もうっ。真剣な話なんだからね」


 ゼルマは顔を赤らめ、お腹のあたりをさする。


 「赤ちゃん…できちゃった」

 「…え?」

 「昨日お医者さんに確認してもらったの。間違いないって」


 その時、私の脳裏に数か月前の記憶が浮かんだ。


 ー結婚したし、ダメもとで【生命降臨の儀式】やってみるか!

 ーそうね!

 ー豊穣の神コンチさまよ!

 ー願わくば、新たなる夫婦に命を授かり給え!


 期待はしていなかったので、かなり適当な儀式だったのだが。

 神の寵愛を受けたドミーさまのおかげなのだろうか?


 とにかくー、



 「ちょっ!?いきなり抱きつかないでよ!」

 「ゼルマ、よく頑張った…!ありがとう…!」

 「な、泣いてる?」

 「泣いてない!ただの汗だ!」

 「もう、あたしも涙が出てくるじゃないの…ばかぁ」


 彼女を抱きしめ、その頭を撫でた。

 

 

 ==========



 「【フレイム・バースト】!」


 ミズアと別れた後、私はムドーソ城内の広大な演習場にいた。

 【ルビーの杖】から溢れる蒼炎がいくつもの火球に分裂し、丸形の演習用標的10個を包み込む。

 【魔法障壁】に護られているのにも関わらず、標的は一瞬にして炎上し、溶け落ちた。


 イラートによる【阻害の呪い】が解かれ、ドミーとより深く体を重ねるようになった私は、【強化】なしでも【フレイム】が使えるようになっている。


 「どう?なかなか強力でしょ、アウストリット」


 傍らにいる30代の女性を見る。

 燃えるような赤い髪と瞳を持ち、白衣を着た若手の研究者だ。


 「こりゃあたまげましたね。レムーハにも、これだけの炎魔法を放てる者はいないでしょう」

 「えっへん!…と言いたいけど、私はドミーから力をもらってるだけ。アマーリエの【ウォール・アドバンス】やゼルマの【サイト・ビヨンド・サイト】もその類。でも、ドミーが直接【強化】をほどこせる人間はそう多くない。直接触る必要があるからね」

 「ドミー殿下の力が生み出すスキルを【アイテム】で再現し、量産するのがあっしの役目と」

 「そう!ゴールドを使って万物を創造する、カエナオと同じ【創造】のスキルを持つあなたにしかできないことよ」

 「なるほど…しかしいいんですかい?」


 瞳に戸惑いの色を浮かべながら、アウストリットは私に尋ねる。

 


 「いくら新王国を目指すといっても、あっしが研究機関【カエナオ大学】の長になることに反対の長老も多いですぜ」

 「気にしないで。あなたの優秀さはちゃんと精査した。学会で【異端】と言われて差別されているのも知ってる」

 「ですが…」

 「それにね、アウストリット」


 私はアウストリットの赤い髪を見つめながら、できるだけ優しく話す。

 赤い髪は、ムドーソの隣国ゴチエ王国出身を示す身体的特徴。


 すなわち、アウストリットの先祖はムドーソの出身ではない。


 「【館の乱】で敗れたラカゲーの子孫であることを恥じる時代はもう終わるわ。生まれに関係なく、人にふさわしい働き場所を与えるのが、ドミーの作る新しい国家よ」

 「…分かりました。やってみましょう」

 

 先祖の罪を押し付けられ、長年苦しんできた科学者はようやく笑顔を浮かべた。


 「命をかけ、この【カエナオ計画】をやり遂げてみせまさあ」

 「その意気ね!」

 「ついでに、あっしのゴチエなまりを流行らせてもいいですかい?」

 「…それは、任せるわ」



 レムーハ記 人物伝より抜粋


 功臣10位 異端のアウストリット

 

 王ではなく女王ライナが見出した人材として知られる、反骨心の強さと独特ななまりで知られる科学者。【創造】スキルで【カエナオ計画】を完遂させるなど、レムーハ大陸の科学技術発展に力を尽くした。晩年は「ゴチエなまりを世界に広げまさあ」と発現し言語学者に転身したが、独特すぎるセンスのためかさほど功績を残せずに終わる。ただ、本人は最後まで笑顔だった。


 

==========




 「ええ!?」

 とある人物の言葉を聞いてうちはびっくりした。




 「聞こえなかったのか、レーナよ」


 【守護の部屋】の玉座に座り、不機嫌な表情を浮かべる少女。


 「我をドミー将軍に会わせろ!」

 まぎれもない、エルンシュタイン王本人だ。

 

 

 


 




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