第225話 ドミーとライナは、つながる

 「ふんふんふ〜ん♪魔術書がたくさーんアイテームもたくさーん♪」

 「探してみれば、なかなか掘り出し物があるものだな」

 「ね!ムドーソに帰るまでに、もう少し色々な街で探索したいな〜」


 夜も更けつつある中、ライナの鼻歌がヴィースバーデンに響く。

 楽しそうにスキップする彼女を見て、俺は幸せを感じていた。


 …両腕の背中にのしかかる、それ相応のずっしりとした重みともに。


 「あ、でも大丈夫?そんなに荷物持たせちゃって」

 「ふ、ふははは!何のこれしき!スキルと引き換えに身体能力を強化されたのが男…ぐぎっ!」

 「ほら言わんこっちゃない」

 「す、すまない」

 「いいってこと」


 ライナが少しだけ俺の荷物を持ち、背伸びしてー、


 「…あなたはこの国の王になる人なんだから、無理しないで。この前みたいに無理しちゃだめだよ」


 俺の髪を撫でた。

 背の低い彼女が、俺と同じ目線の高さとなっている。

 距離もかなり近い。


 「少しだけ違うな、ライナ」

 「…?」


 身軽になって空いた右手で、俺も彼女の髪を撫でる。

 俺のくしゃくしゃな髪とは違い、サラサラとして手に心地よい感触だ。


 「俺は王になる。だが、それはライナ、ミズア、アマーリエ、ゼルマ、レーナ、シオ含む大勢の支えあってのものだ。俺1人では何もできない」

 「…」

 「みんなと一緒に、俺は新たな時代へと進みたいんだ。だから、これからもずっと一緒にいてくれ」

 「…分かった」


 ライナは俺の額に軽くキスをし、背伸びを元に戻す。

 出会った時と変わらない、赤く燃える宝石の様な温かい笑みを浮かべながら。


 「私、あなたのそばにずっといるよ。ずっと」



==========



 夕食の場所に選んだのは、ヴィースバーデンの中で特別上等の店ではない。

 料理の内容、内装、スタッフ、客層の全てが平凡な【ビヤレストラン・ヴィースバーデン】である。


 ーここ、あそこに似てるね。もしかして…

 ーああ。なんとなく、こういう所の方が落ち着くと思ってな。ごほん、もちろん超高級店の席も用意してあるがー

 ーいや、ドミーのいう通りよ。私たちにはここがピッタリだわ。


 出された料理たちは、全て見覚えがあるものだ。


 ビーフコンソメのスープであるクラーレ・リントズッペ。


 牛肉・野菜・香辛料をブイヨンで長時間煮込んだターフェルシュピッツ。


 鶏肉をフライにしたバックヘンデル。


 キャベツを発酵させたザウアークラフト、豆、ジャガイモ、アスパラガスといった野菜類。


 ジャムをクレープ生地で包んだシンプルなお菓子パラチンタ。


 ムドーソ王国の首都、ムドーソにある【エルムス王の隠れ家】とまったく同じメニュー。

 出会った2人が初めて食べた、想い出の味。


 【カクレンの乱】以降、豪勢な食事の饗応を受ける機会は複数回あったが、これに勝るものはおそらくなかった。


 「さあライナ!食欲は衰えていないだろうな!」

 「私を誰だと思ってるの?最近は病人食が中心で、お腹ペコペコなんだから!」


 そこから先は、ひたすらに食べる。

 食べる。

 食べる。


 「ムドーソのみんな、元気にしてるかな?」

 「ラムス街の人間なら心配ないだろう!シネカもクラウディアもみんな元気にやってるさ!」

 「早く会いたいわね、みんなと…」


 遠く離れた場所にいる知己を思い浮かべながら。


 「う〜〜〜ん、おいしい!あの時は本当飢えて死ぬと思ったわよねぇ…」

 「ひどい時はネズミや雑草を食ってたもんだ」

 「今はそんなこと全然なくなったけど、たまには懐かしくなるものね、そういう生活が」


 過去の思い出に浸りながら。


 「俺が王になれば、皆が最低でもこのレベルの食事を毎日できる様にしたいものだな。わはははは!」

 「ドミーも店を開けばいいのよ」

 「ええっ!?俺王様じゃないの!?」

 「うふふ、冗談。でも、もしそうなったら私が火担当かしらね。ミズアは包丁でも握ってるのかしら」


 未来の抱負を語りながら。

 

 

 さまざまな経験を経て、俺とライナの絆はより強くなった。

 変わった部分もある。


 でも、本質は何も変わっちゃいない。 

 何歳になっても、彼女とこうしていたいものだ。



 ==========



 「うわあ…!綺麗…!」


 最後に、彼女と夜空を眺めにいく。 

 わざわざ星空に適したスポットに行くわけではない。


 【ビヤレストラン・ヴィースバーデン】2階のテラス席から、満点の星空を2人で見つめた。


 煌々と輝く星々は、いつか草原地帯で見たものとほぼ同じ。

 この世界の悲しみも、怒りも、喜びも、全て見つめている。


 「…」


 不意に、彼女が祈るようなしぐさを見せた。

 何故、なんて無粋な質問はしない。

 ただ、彼女と一緒の方角を見つめる。

 

 数分間の祈りを終えると、ライナはぽつりと呟いた。


 「ねえドミー。私たち、死んだらどこへいくのかな」

 「難しい問題だな…コンチも教えてくれない。無かもしれないし、何か別の世界が待っているかもしれない」

 「せめて、会えなくなった人と会える空間だったらいいな…」


 俺は、ライナの肩にそっと手を回す。

 なんとなく、彼女と離れたくないと思ったからだ。


 そして、懐からケースを取り出し、ゆっくり蓋をあける。


 「ライナ」

 「…はい」

 「ちょ、直球だが…お前と結ばれたい」


 それは指輪だった。

 コンチが見せてくれた光景によると、向こうの世界では男性が女性に贈るものらしい。


 「…いいの、本当に私で?」


 指輪にそっと薬指を這わせるも、ライナは少しだけ戸惑う。


 「私、ミズアより胸も大きくないし、あんまり料理とかもできないし、魔法も汎用性がなくて…私、私…」

 

 答えはー、




 キスで返した。

 

 「あ…」


 言葉でライナを肯定しようと思えば、時間がかかり過ぎてしまう。


 ー勇気があり、

 ー努力を欠かさず、

 ー友情に溢れ、

 ー敵に対しても涙を流し、

 ーどんな状況下でも冷静で、

 ー決してあきらめない


 ライナは、最高の女性だ。

 

 「…」

 ライナも、少しずつ口を開き、俺と舌を絡ませる。




 そしてー、




 薬指に、指輪をはめた。

 

 

 ==========


 

 とろけるようなキスをした後、ドミーが私の体を隅々まで触っている。

 もう何度となく肌を重ね合わせたけど、今日は格別だ。


 体の奥が熱くなって、胸の突起が痛いほど立ち上がって、切なさで声を上げて、体をしならせてしまう。


 いつもなら、それで終わり。

 でも、今日はそうじゃない。


 「きて…」


 私っぽくない言葉。

 昔の女性も、こうして熱を帯びた湿った声を出したのだろうか。


 「ああ」


 ぐぐぐっと重たい感触とともに、ドミーと私は繋がる。


 1つになって、かき回されて、ぐちゃぐちゃになって、お互いに自分じゃないような声をあげて、痛みと痺れで意識が朦朧としてー、


 


 実はよく覚えていない。






 ただ、幸せだった。


 

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