第224話 ドミーはライナとデートする

 「セックスよ」

 「…なんだって?」

 「セックスよ。あなたもコンチから聞いてるでしょ」


 世間話のように語るライナを見て、俺は少しばかり動揺する。


 いや、動揺しちゃダメなのか。


 コンチから見せられた風景によれば、こともなげに「いいぜ!今日は寝かさないからなっ!」と言ってベッドにダイブするのが男としての礼儀だ。


 しかし…


 ミズアの方をチラリと見るが、彼女はふいと視線をそらす。


 自分は干渉しない、ということか。

 ライナの想いにどう応えるかは、あくまで俺が決めるべきことといえばそうだ。


 「それとも…私じゃ嫌?」


 ふう、ふうと熱い息を吐きながら、ライナは胸元をさらに開く。

 小ぶりだが形の良い胸が露わとなり、彼女は顔を赤くした。


 「ドミー。私を、女にして…むちゃくちゃにして…」


 彼女の熱い吐息が鼻をくすぐる息まで、ライナが顔を近づける。

 やがて唇同士を重ね合わせ、情熱的なキスができる距離までー、


 「ドミーチョップ!」

 「あだっ!」

 

 軽く彼女の額に手刀を合わせる。

 色香を出していた大人の女性ライナが、元気で快活な炎魔導師ライナに戻った。

 額を抑え、怒りの目つきでこちらを見つめる。


 「何すんのさ!ドミーの馬鹿っ!」

 「こういうことは、もっと互いに本心を出しながらするものだ。なんだか演技くさいぞ」

 「本心だし!ただ、世界を救わないといけないし、覚悟はできたけど痛いことならなるべく早く終わらせたい…ああ違う!今のなし、なしいいいいい…!」


 顔を真っ赤にしたライナがシーツをジタバタさせて悶えた。

 ついには顔を隠し「ううう…そのまま勢いでしてしまいたかったのに…」とうめきながら出てこない。

  

 「焦るな、ライナ」

 「…焦ってなんかないもん」

 「俺たちは世界を救う義務を負っていても、つまるところ1人の男と女だ。神様でも天使でもない」

 「それは、それだけど…」

 「だから、こうしないか?」

 「どう、するのさ」


 俺はシーツに浮かび上がる小さな塊をそっと撫でながら提案した。


 「ライナ、俺とデートしよう」

 「…え?」

 「デートして、お互いの気持ちを確認し合おう。もし互いに納得がいけば結ばれる。そうしないか」



 ==========



 「お、お待たせ」

  

 ムドーソ暦12月25日、温泉都市ヴィースバーデン。

  

 つまり丁度聖夜の日、俺はライナとデートすることにした。

 多くの愛する人同士が幸せになると言うこの日を選んだのは、もちろん偶然ではない。


 この日が、俺とライナが本当の意味で結ばれるのに最適な日と思ったからだ。  

 お互い後悔なく願いを達成できるよう、今日という日を大事に使いたい。


 ただ、そのためには、俺が男としてちゃんとライナをエスコートしなければならない。

 でなければ、ライナの男して相応しい存在にはなれないだろう。


 愛は世界のためではなく、愛し合う当人同士のためにあると信じたい。


 世界を救うだのなんだのは、あくまでオマケだ。


 「色々悩んだけど、結局これにしちゃった。一所懸命おめかしするのは、なんだか私らしくないと思って」


 ライナは【炎魔導師のドレス】の上に分厚いコートと手袋、帽子を被って現れた。

 これとは【炎魔導師のドレス】のことだろう。


 「ど、どうかな?」

 「綺麗だ。ライナは何を着たってレムーハ大陸1の美人さ」

 「ほ、褒めても何も出ないんだからね…でも、ドミーがそう言ってくれるなら、嬉しい、かも」


 はにかみながら笑顔を浮かべる彼女の手を握り、俺は共に歩き出した。


 「さて、どこ行く?」

 「まずは古書店だ。良質な魔術書がいくつかあるらしい」

 「本当!?私もそろそろ炎魔法以外の魔法使いたいし、良いのがあれば買ってみようかな…」

 「さっそく行くぞ!」

 「ちょ、ちょっと!変に走ると転ぶんだからね!」

 「大丈夫だ!ミズアほどじゃないけど、俺だって足には自信ある!」

 「もう、ドミーったら、本当に馬鹿なんだから…」


 俺はライナを引き連れる形で、ヴィースバーデンの街並みを勢いよく走って行く。

  

 「…ふふふふふふ」

 「どうした!?」

 「楽しい!あなたといると本当に楽しいわ!」


 


 久々に、心底楽しそうな彼女を見た。






 「ちょっとアマーリエ、あたしが見えないでしょ!」

 「私が実況するから、我慢するのだゼルマ!」

 「キュキュ!」

 「ドミーさま、ライナ。ミズアは応援しているのです。ちゃんとやり遂げるのですよ…」

 



 かなり遠距離からこちらを覗く影には、最後まで気づかなかった。


 

 ==========


 

 「…」

 

 楽しそうに走る2人を見て、ミズアは昨日見た夢を思い出します。


 ーやあ!元気かいミズア。

 ーあなた様は…この前は母に会わせていただき、ありがとうございます。

 ー気にするな!それよりライナの次は君の番だからね。

 ー…え?

 ー君がドミーとセックスすると言うことだ。

 ーセセセ…〜〜〜〜〜!

 ーというわけで、心の準備だけはしておいてね!


 もちろん、まだ2人には言ってません。

 今は、まだ…


 「どうしましたか?ミズア補佐官」

 「いえ、何でもありません。行きましょうアマーリエ」


 (ミズアはなにより、ドミーさまとライナの幸せを求めるのですから…)


 ミズアの想いは、冬の冷たさがもたらす白い息とももに消えていくのでした。


 

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