第222話 さよなら、イラート

 「イラート!!!」


 ドミーを庇ったイラートが、ジーグルーンの放った緑の炎に包まれる。

 イラートは言葉を一言も発さず、ドミーが攻撃を受けまいと、両腕を広げて炎を受け続けた。


 火はやがて消え、イラートは地面に崩れ落ちる。


 「ドミーさま!下がっていてください!」


 ミズアが【竜槍】を構え、ひどい火傷を負っているジーグルーンへと突撃を敢行。


 「【刺突】!!!」


 スキルを発動し、一気にジーグルーンの肉体を貫く。


 「…」

 魔術師もイラートのように一言も発さず、その場に崩れ落ちた。

 ドミーの安全はこうして確保される。


 だけどー、


 「イラート!!!しっかりして!!!」


 私の旧友は、瀕死の重傷を負っていた。



 ==========



 ローゼマリーは、我の予想と違う行動に出た。


 …いや、内心はそんな行動を取る気がしていた。

 目覚めた時のローゼマリーは、我の前で見せたことがない、毒気が抜かれた表情をしていたからだ。


 それでも、我は放った。

 ローゼマリーは呪いに焼かれー、


 そして我も、マトタを破った白い髪の小娘の槍に貫かれる。


 (そうだ、これでいい。これでいいのだ。あの小娘にかけられた呪いも解ける)


 (…お前も、本当はこの世界から解放されたかったのだろう、ローゼマリー)


 罵声と絶望に包まれながら一瞬で処刑された1度目の死よりも、緩慢だが穏やかな死。

 たとえ行き先が地獄でも、この瞬間だけは悪くない。


 (クルダ…)


 愛する者の名を叫び、我は、目を閉じた。


 

 ==========



 「アードルフ」


 目覚めた時、我は見たこともない空間に横たわっていた。

 白いふわふわとしたものが敷かれ、視界いっぱいに広がっている。


 雲の上?

 

 「起きたのね。あなたと会うのは何年振りかしら」

 「そなた…」


 会いたいと毎日恋焦がれていた、美しい女騎士。


 「コンチって人が、あなたとあたしを会わせてくれたの。地上を彷徨っていたあなたの魂とは今まで会えなかったから、嬉しい」


 差し出された手を取ろうとするが、直前でためらった。

 我には、聖女の手を取る権利なぞ微塵もない。


 微塵も。

  

 「償いは誰にでもできるよ。あたしも、あなたを弁護するわ」

 「そんなことを君にさせたら、我の立つ瀬が無いじゃないか…」

 「あなたと私は、いつも2人で戦ってきたじゃない。いついかなる時も。なんなら、あたしがあなたをおぶっていくわ!」

 「…」


 まったく、困ったものだな。

 クルダは生きていた時と何も変わっていない。


 いつも、誰かのためにその身を捧げようとしている。


 「…分かったよ」


 温かい手を取り、自分の力でゆっくりと立ち上がった。


 「行こう、クルダ」

 「うん!」






 そして、2人で果てのない雲の上を歩き始める。

 クルダとの旅は、まだ始まったばかりだ。



 ==========



 「イラート!しっかりして!死んじゃいやぁ!!!」


 激しい苦痛の中も、先輩が抱き抱えてくれたのは分かった。

 地面に倒れ、後は死にゆくだけの僕の体を、必死で揺さぶっている。


 「せ、先輩は、優しいん、ですね…」

 「話さないで!大丈夫。ドミーが助けてくれるから」

 「無事か!ライナ」


 駆け寄ってきた男性に、先輩は懇願する。


 「お願いドミー、イラートを助けてあげて!治してあげて!」

 「分かってる。そのままじっとしてろ。手で触れればー」

 「やめて、ください…」


 でも、それを受ける権利が僕にないのは、自分が1番よく分かっていた。

 だから拒絶する。


 死の恐怖に怯える体を、無理やり押さえつけながら。


 「何を言ってるの!?」

 「僕は、罪を重ねすぎました。マトタも、ジーグルーンも、僕の指示に従っていただけ…多くの人を殺めた罪は、僕1人の責任です…いずれにせよ、長くは生きられない」

 「罪は償えるわ!私があなたと一緒にー」

 「ドミーさんは、どうするんですか?」

 「…!」

 「この王国を、愛する人と改革するのが、あなたの夢のはず。僕の贖罪に同行する時間なんて、ありませんよ…」

 「イラート…」

 「それに…」


 ホテル【フォンタナ】の1室に忍び込んだ時、この男と抱き合いながら、先輩が話していたこと。


 「世界を、救うんですよね…?長い時間をかけて。それを、邪魔したく、ない…」

 「…」

 「僕に情を、かけるなら、このまま、死なせて…ください」


 もう、言葉を紡ぐことも難しい。

 最後の言葉をなんとか言い終わり、僕は目を閉じる。

 

 僕に手を伸ばしていたドミーが、そっと離れるのを感じた。


 (そう…それでいいんです)


 ぎゅっと、先輩が僕を強く抱きしめられる。

 母さんにも、こんな強く抱きしめられたことはない。


 「ねえ、イラート…」

 涙を必死に堪えながら、先輩は僕に語りかけた。


 「あなたと【アーテーの剣】で過ごした日々、忘れないから…絶対、忘れないから…!」


 ぽつり。


 頬に、先輩の涙が流れ落ちるのを感じる。

 それはとても心地よくて、少しだけほおが緩んだ。


 (僕…も…た、のし…)


 全てが闇に囚われていく。

 



 最期に、先輩の美しい顔を、脳裏に刻みつけた。 



 ==========



 「ああああああっ…!!!」

 イラートが息を引き取るのを確認した後、ライナは大粒の涙を流した。


 止めどなく落ちる涙が、安らかな表情を浮かべるイラートの顔を濡らしていく。


 それを止められるのは、誰もいない。

 俺はそっと彼女の肩に手を回し、長い間、彼女に寄り添い続けた。

 

 

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