第221話 イラートは悟る

 【ドミー軍】の複数の兵士、ライナ、ミズア。

 それらに囲まれ、イラートは倒れている。

 

 俺に【支配】されてからまだ目は覚ましていない。


 それが、彼女なりの最後の抵抗ではないかとふと思った。

 夢の中までは、さしもの俺も【支配】が及ばないからだ。


 「…許せません」


 氷のように冷たい一声と共に、ミズアが眠っているイラートに【竜槍】を突きつける。

 

 雪のように白い肌に朱色が差し、いつも柔らかな表情懸命に歪めている。

 それでも生来の美しさ、柔和さは損なわれていないが、これだけ怒っているミズア見るのは初めてだ。  

 何をしようとしているかは、明白。


 「やめてミズア!」

 「なぜですか!この者はライナを、ドミーさまを、【ドミー軍】の皆に危害を加えようとしました。いくらライナの旧友とはいえ、許せません!」

 「彼女には彼女の苦しみがあったわ。ジーグルーンが最後に教えてくれた。この子はずっと、スキルが行使できないことに悩んでいたのよ…」

 「それはお聞きしました。それでも、それでも…!


 ミズアの怒りに、【ドミー軍】の者たちも同調する。


 「そうだそうだ!」

 「ミズア補佐官のいう通り!」

 「ドミー将軍の判断を待つまでもない!」


 まずいな。

 このままでは本当に殺しかねないし、ライナにも危険が及ぶ。

 止めようと走り出す俺だったがー、




 「だったら私ごと殺しなさい!」

 「なっ…」


 ライナはイラートに覆い被さり、その小さな体で黒髪の少女を守る。

 ミズアも慌てて【竜槍】を引っ込め、【ドミー軍】の面々も引いた。


 「ごめんね、ミズア。でもイラートは私の旧友。ドミーの判断が下るまで、私は可能な限り彼女を守り続けるわ」

 「ライナ…」

 「それにね」


 イラートの髪をそっと撫でながら、ライナは彼女を哀しげな瞳で見つめる。


 「私が【阻害の呪い】をかけられて、スキルが全く使えなかった時、その苦しみを痛いほど分かったわ。誰も私を人間扱いしてくれなくて、自暴自棄になって…ドミーがいなかったら、とっくにゴブリンにやられていた」

 「…」

 「ミズア、あなたも【紫毒】の呪いで命を落としそうになった時、嘆き悲しんで、全てを投げ出しそうになったことがあるでしょ?私たちとイラートの違いは、ドミーの助けを受けられたかどうかでしかないのよ、きっと」

 「…すみません、ライナ。ミズアが軽率でした」

 「ううん。ミズアが私のために怒ってくれるのは、とても嬉しいわ。ありがとう」


 俺が介入せずとも、緊張は解けた。

 その機を見計らって、イラートを取り囲む輪の中に割って入る。


 「ドミー…」

 「ドミーさま…」

 「お前たちは下がっていろ」

 「「はっ」」


 【ドミー軍】の面々を下がらせ、いつもの3人だけとなった。


 「ライナ、ミズア、お前たちはそれぞれ違う立場から任務を果たそうとした。どちらにも理があると俺は思う。いずれにせよ…」

 

 未だ眠りについているイラートの頭に手をかざし、ささやくように語りかけた。


 「お前が起きないのでは話にならない。起きろイラート」



 ==========

 


 「やあ、ローゼマリー。君と出会うのは初めてだったね」

 

 青々とした草原で、僕は目を覚ます。

 羽を生やした天使が、神妙な面持ちで、こちらを見つめていた。


 「あなたは…」 

 「僕の名はコンチ。一応、この世界の神さまということになってる」

 「…なるほど。僕に、裁きを下すというわけですか」

 「少し、違うな。そんな権限は僕にはない」


 草原に身を横たえる僕の右側に、天使はどっかりと腰を下ろす。


 「君に、1つだけ伝えたいことがあるんだ」

 「何ですか」

 「スキルとは、元々人間に備わってものではない」

 「それは、どういう…」

 「【生命降臨の儀】を行ったパートナー同士では、そもそも子供など生まれない。僕がその間に介入し、【因子】を授けることで誕生するんだ。スキルは、神である僕が介入した副産物でしかない」

 「じゃあ…なんで僕には、スキルがなかったんですか…!!!」

 「それはね」


 ふう、とため息をついて、暗い表情を浮かべた。

 よく見ると、羽の所々が痛んでいる。


 「僕の力が弱まったからだ。だから【因子】の影響も弱くなり、君にスキルを付与することができなかった。すまない、というべきなんだろうね」

 「じゃあ、元々スキルを持たない人間が自然であると?」

 「…そうだ」


 それを聞いて、僕の体から力が抜けていく。


 スキルがないのが自然。

 そんなことを考えた経験は、今までになかった。


 「そうか。そうですか。最後に知れて良かったです。だから、早く僕を地獄でも何でも連れてってください」

 「いや…君には、まだやれることがある」

 「やれる、こと」

 「選択は君次第だがね。一応伝えておくよ。それじゃあ」

 「待って…あ…」


 意識が混濁し、僕は再び何もわからなくなる。




 僕の悪行に、どうやら神様も匙を投げたようだった。



 ==========



 「イラート…!」


 目を覚ますと、そこに先輩がいた。

 小さな体に、大きな瞳。

 優しげな表情。


 「よかった。目を覚ましたのね」

 「…先、輩」

 「ごめんね。あなたの苦しみを、分かってあげられなくて…私がもっとしっかりしていれば、あなたを、止められた…!」

 

 抱きしめられ、先輩は涙を流す。

 何度も裏切り、先輩自身や仲間の命すら脅かし、呪いすらかけた僕に。


 (そうか…) 


 その時になって、僕はやっと気づく。




 ほんの少しだけ手を伸ばせば、欲しいものもてに入れることができたのだと。

 でも、その機会は、おそらくもうやってこない。


 他ならぬ、僕自身の罪によって。


 「…あ」


 口を開こうとした時、背後で控えるミズアとドミーの背後に、1人の人影が立っているのが見えた。

 それが誰か、僕は知っている。


 いつも行動を共にしてきた従者だ。


 ボロボロになりながらも、焼け落ちた【魔術書】をめくり、ドミーに向けて呪いを放とうとしている。


 (お前はいつもそうだよな、ジーグルーン)

 



 言葉を放つ余裕もなく、ドミーと放たれた呪いの間に立ち塞がる。


 (僕のため僕のためって、頼んでもないことをやろうとする…それが嬉しい時もあったけど、今はタイミングが悪い)


 何のスキルもない僕に、呪いを防御する術はない。


 (だから、ごめんね…)


 「イラート!!!」


 ライナ先輩が叫ぶのと、僕の体がまだ呪いに包まれるのは、ほぼ同時だった。

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