第219話 最後の決意

 ーお前とライナだけだ!いまだにCランクからまったく成長しないのは!

 ー…

 ーあんた達みたいな役立たずはお仕置きよ〜〜〜!

 ーそんな、こんなの横暴よ!私だって必死に努力してるわ!イラートだってー

 ー言い訳は聞かないわ〜〜〜!


 その日。

 僕とエリアルは、【アーテーの剣】を牛耳る2人かは呼び出しを受け、叱責を受けた。

 すでに【アーテーの剣】はランク絶対主義に染まっており、ランクの低い僕たちは排除の対象だったのだ。


 もちろん、マトタかアードルフを表に出せば容易くAランクに達するが、できるだけライナ先輩の心情に寄り添った方が良いと考え、あえて低ランクを装っていた。


 無能で傲慢なこの2人の横暴には慣れっこだが、そろそろ不愉快さが限界に達している。


 そうだ。

 今日、この2人を殺してしまおう。


 そして、ライナ先輩と…


 ーどうしても、僕たちを排除しようと言うのですか?

 ー当たり前だ!

 ー何よ〜〜〜口答えする気〜〜〜?

 ーそれなら、僕にも考えがあります。


 先輩との理想の生活を思い浮かべながら、アードルフを表に出そうとした時ー、




 ーやめて!!!


 他ならぬライナ先輩が、僕とエリアルの前に立ち塞がった。



 ==========



 ーイラートに罰を加えないで…お願い。

 ーあら〜〜〜〜〜あなたが代わりに責任を取ると言うのかしら〜〜〜

 ーええ。私に罰を与えて。

 ー仕方ないな。そこまで言うなら、お前に罰を引き受けてもらおう。

 ー先輩!こんな奴の言うことなんか…

 ーいいのイラート。気にしないで。


 先輩は全身を震えさせながらも、気丈に振る舞った。


 ーあなたは私と違って、才能がある。もっと努力すれば必ずBランクに行けるはずよ。だから…世界に絶望しないで。

 ー先輩…

 ー私も、絶対に絶望しない。最後まで諦めないから。頼りないけど、あなたの先輩として頑張らせてよ。

 

 その時、僕は直感した。

 先輩は僕とは違う。


 差別や偏見に苛まれても、最後まで自分を見失わない。

 それどころか、僕の心に宿る絶望を見抜き、諭す余裕すらあった。


 だから、今本性を露わにしても、僕のものにはならない。


 もう少し、この人の精神を追い詰めなくては。

 

 ー…わかりました。

 ーありがとう。あなたは自室に戻ってて。  


 その時、新たな選択肢が僕の中で浮上していた。




 すなわち、洗脳。


 ーもちろん我には可能だとも。

 ーどうやって?

 ー【深淵の間】という【魔法陣】を展開するのだ。

 ー今からできるか?

 ーいや、そのためには欠かせないものがある。

 ーなんだ?

 



 ー人の、魂だ。


 

 ==========



 次の日。

 ライナ先輩は朝になっても戻らなかった。


 ーエリアルさん。先輩はどこに…?

 ーあ〜〜〜あの役立たずのこと〜〜〜?

 

 エリアルは愉快そうに笑った。


 ーゴブリン討伐の任務を与えたわ〜〜〜。成功するまで帰ってくるなと言い含めてあるけど、とっくに死んでいるでしょうね〜〜〜

 ー…!

 ーあっ、ちょっと〜〜〜!


 慌てて、ライナ先輩が向かった森へ探しに行くと、倒されたゴブリンと炎魔法を行使した形跡しか残っていない。


 ー心配するな、【阻害の呪い】はまだ消えておらぬ。あやつは生きているはずだ。

 ー今は、どこへいる?

 ーそうだな。探知してみたが、どうやらムドーソ王国に向かっているらしいぞ。

 ーならいいが…どうやってゴブリンを倒したんだ?

 ー知らんな。【アイテム】でも使ったのだろう。いずれにせよ、あの女を絶望させる方法を新たに考えねばならんな。


 その後、僕には別の任務が下され、一時的にムドーソを離れることとなった。

 【深淵の間】の構築方法をジーグルーンに教わりながら。

 

 ヘカテーとエリアルは、さっさとBランク相当の力を見せつけることで黙らせた。


 だがー、




 ライナ先輩と再開した時、その傍には汚らわしい男がいた。

 何かの間違いだと思った。


 ライナ先輩は世界に絶望して、1人ぼっちで、僕に依存していないといけないのに。

 あの男の横で花のように笑うライナ先輩なんて、先輩じゃない。




 ドミーの命を狙い襲撃を掛けたが、2度失敗する。


 1度目はイラストリアであいつの部屋に忍び込んだが、ライナ先輩しかいなかった。

 まだ【深淵の間】も完成しておらず、仕方なく適当なところで彼女を眠らせて帰還する。


 2度目は、マンハイムで寝込みを襲った。

 これも、先輩とミズアとかいう従者に阻まれて失敗する。


 その間にも先輩は僕から離れていき、【奇跡の森】でのやり取りでそれは決定的となった。


 だから、腹いせに【アーテーの剣】を殺した。


 ーい、いや…お願いイラート、殺さないで…

ーあんたにはイライラしてたんですエリアル。それに…


僕の体を使ってジーグルーンが割り込む。


 ーいい加減、ローゼマリーの肉体を借りるのも億劫でな。お前達の肉体で受肉させてもらおう。

 ーた、助け、いやあああああああっ!


 エリアルはあっさりと死にー、



 先輩を洗脳する準備は整った。

 そして…




 全て失敗した。

 最後の告白も、【深淵の間】による洗脳も、ドミーの殺害も。

 



 僕には、もう何も残っていない。



 ==========


 

 「…」

 ローゼマリーの記憶を、全て見終わった。

 腕の痛みに耐えながら彼女を抱き抱え、ゆっくりと【ランデルン・ホール】の地下から地上へと向かう。


 「俺も、お前のように絶望し、世界を呪ったかもしれない」


 それだけははっきりと言える。


 「裁きを下す前に会わせてやるさ、ライナに」



 ==========



 そうか、破れたのだな、ローゼマリー。




 せめて、あの男だけでもあの世に送ってやろう。

 あの男をこよなく愛する女の前で。

 

 

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