第218話 イラートの回想
あの憎い男にはじめての口づけを奪われて、僕は悔しいはずなのに、何故だがとても気持ちよかった。
体が熱くなって、頭がふわふわとしてくる。
「っっっ…!〜〜〜〜〜!!!」
体に痙攣が走り、僕の体を何かが襲う。
地面に崩れ落ちながら、直感的に理解した。
僕は、この男に負けたのだと。
「さあ、お前の過去を…いや、口で長々と話す時間はない」
意識が朦朧とする僕の手を、ドミーは掴んだ。
「俺の頭の中に、直接お前の記憶を流すんだ」
命令と共にー、
僕の意識は過去へと飛んでいった。
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ーなんでこんな簡単なこともできないんだ!この出来損ないめ!
ーいや、やめてくださいお父さん!ちゃんとするからローゼマリーを許して!
ーうるさい!
ーいやあっ!
ー東のホンニ島の女など側室にするのではなかったわ。スキルを使えない、とんだ出来損ないの子などいらぬ!石牢にぶちこんでおけ!
これが、僕の幼少期の全てだった。
ランデルン地方を支配するランデルン一族当主の長女として生まれても、豊かな生活とは程遠い。
側室の子という血縁の弱さ、周囲から奇異の目で見られる黒い髪、なによりー、
スキルを使えないと言う、この世界では致命的な障害。
人間扱いされはずもなかった。
それを救ってくれたのが、僕のたった一人の味方。
ーお母さん…?
ーごめん、ごめんね…!私のせいでこんな目に…でも大丈夫よ。あなたは生まれ変わるから。
【交霊の儀】による、強制的なスキル覚醒。
偉大なる戦士マトタが遺した【和刀】、流血の魔術師ジーグルーンが遺した【魔術書】を媒体とし、それは見事成功する。
ーやったよ!お母さん!ローゼマリーはこれで…
ー…お母さん?
ー…
ー…そんな、いや、いやあああああ!
それは、お母さんの命を代償とするものだった。
ー主よ、我が名はマトタ。命令を与えたまえ。
ー我が名はジーグルーン。ふん、くだらない世界にまた呼び出しおって。
ー…イラートは、スキルを持ってないから、みんなにいじめられるの。だからお願い、助けてよ…
姿を現した2人の亡霊に、僕は命令を下す。
ーあたしとお母さんを人間扱いしなかったこの地方のみんなを、皆殺しにして!!!
こうしてランデルン地方は滅亡した。
ムドーソ王国の追手と調査から逃れるため、【シオドアリの巣】の天井を破壊し、わざと【シオドアリ】を地上に解き放ちながら。
それから数年間、僕はジーグルーンの秘術で顔を変えながら、さまざまな地方を転々とした。
ーあ、あんたやっぱり!スキルをー
ーバレちゃ仕方ないね。ジーグルーン。
ーやれやれ…と言いたいが、この女の血は良さそうだ。
ーいやあああああ!
その間、僕の正体に勘づいた者は殺した。
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【アーテーの剣】に入ったのは、厳しくなってきた追跡の目から逃れるためだった。
ムドーソ王国を守る冒険団に所属していれば、放浪するより怪しまれにくいはずと信じて。
その頃の【アーテーの剣】はエリアルとヘカテーが団長になったばかりで、そこまで厳正なランクは求められなかった。
だから、あえて力の弱いCランクを装って入団する。
そしてー、
ーあなた、新入り?私、ライナって言うの。よろしくね!
先輩と出会った。
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ーあなた、今はCランクだけど【近接系】スキルの才能はピカイチね!私も頑張らなくちゃ!
ー…大したことありませんよ。ライナ先輩も炎魔法の扱いが上手いですね。
ーあはは、私なんてまだまだだよ。あなたの才能に比べれば。
ー…
ーみんなの生活を守れるまで強くなって、一緒に頑張りましょ!
何かと絡んでくるライナ先輩を、最初は苦手に感じていた。
明るくて、まっすぐで、一生懸命。
僕とは対極的な位置にある、遠い存在に思えたからだ。
だから、彼女とは出来るだけ離れて過ごすように心がけた。
とある任務の途中、足を滑らせ、急流に飲まれるまでは。
ジーグルーンやマトタを呼び出すには、口で直接指令を下さなければならない。
溺れながら意識が薄れゆく僕は、幼少期のように非力な存在だった。
ー…きて!起きてイラート!死んじゃいや、死んじゃダメだよお!
ー…
ーいやだ、息してない。ど、どうしよう…
ー…
ーごめん。イラート。こんな形でするのは不本意だろうけど、我慢してね…
ぼんやり意識から目覚めた時ー、
彼女は僕の唇に触れる寸前だった。
ーうわっ!!!
ーきゃっ!い、意識が戻ったの?
ーええ。いきなりキスされそうになったものですから。
ー違うの!私そんなつもりじゃなくてあなたを助けたくて…
ーわかってますよ。感謝してます。
ーなら、いいんだけど。ねえ、イラート。
ー何ですか?
ー私も、あなたみたいな目をしてた時があったの。スキルに目覚めるのが遅くてね、みんなに虐められて…辛かったわ。
ーそう、だったんですか。
ーあなたの過去に何があったかは知らない。でもね…
ふんわりとしたライナ先輩の体が、僕の体を包み込む。
それは、お母さんの感触に似ていた。
ー何かあったら、私を頼ってよ。なんでも相談に乗るから。
こうして、僕とはライナ先輩は友達となった。
ー先輩、後ろからラミアが来てますよ!
ーうわっ!【ファイア】!てあれ、効かない!?
ーもう、ちゃんと急所を狙わないとダメですよ!ていっ!
ーやったあ!倒した!あなたのおかげね、イラート!
人生で1番、充実した日々だった。
その中でー、
彼女を好きになった。
==========
ーははははは!お前が真っ当な恋などできるはずがない。特に、スキルを持つ者ともたぬ者の恋愛などなぁ!
でも、結局は成立しない恋。
僕はスキルを持たず、【降霊の儀】で男性の2人の霊を憑依させ、何人も殺めた呪われし存在。
そんな人間の真実を知れば、先輩も離れるに決まってる。
ーじゃあ、どうすればいいんだ!
ー簡単だ。小娘も同じ状態にすれば良い。
ー同じ、状態…?
ーああ。スキルを完全に奪うことはできぬが、呪いをかければ、もう少しでBランクになるあやつを最底辺まで落とすことができる。さすればあの小娘は苦しみ、追い詰められるであろう。そこで貴様が全てを話し手を差し伸べるのだ。もちろん、【阻害の呪い】をかけたことは伏せておいてな。
ー…
ーその後は、【アーテーの剣】を抜けまた放浪でもするが良い。
ー…
ー…このまま進展しない展開を続けるか、好きな女を確実にものにするか。選択するのは貴様だ。
結局、僕はそれを受け入れた。
自分に自信がなかったから。
ーあはは、今日も全然力が出なかった。私、もうダメみたい。
ー先輩…
ー一足先に、休んでおくね…
先輩は急速に【アーテーの剣】内部での立場を失い、孤立していく。
正直、少し気持ちが良かった。
先輩も、僕と同じ気分を体験してくれている。
だから、僕が全てを話しても、正直に受け入れてくれるだろう。
ライナ先輩はあからさまな敵意を向けられるようになりー、
そして、運命の日が訪れた。
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