第216話 決着は近づく

 「ライナ!」


 ライナとアードルフは一瞬で消え、俺の叫んだ言葉は虚空に消える。

 惨劇の舞台となった【ランデルン・ホール】の薄暗い地下にいるのは、俺とイラートだけ。


 ゆっくりと短剣を抜き、イラートと対峙する。


 「…悪く思わないでくださいね」


 絶望の表情を浮かべていたイラートだったが、傍らに落ちていた戦斧を握り、ゆっくりと立ち上がった。


 「アードルフは女の血をなにより欲する男です。あなたが先輩と再開するとき、さぞかし無残な姿となっているでしょうね。くははははは…」

 「それはどうかな」

 「何?」

 「ライナはあいつとの再戦に備え、数日だが努力を重ねてきた。どこで雇ったかは知らんが、老いた魔術師に負けるほどやわじゃないぞ」

 「ははは、そうか。あなたは【交霊の義】について何も知らないんでしたね。あれは未練をもって現世を彷徨うスキル使いの魂を、僕の肉体に憑依させたものです」

 「【交霊の儀】…【マグダ辞典】に記載があったな。どうりで、お前自身を調べてもぼろが出ないわけだ」

 「肉体を持たないので、スキルを発揮するときは僕の肉体を利用する必要がありました。それだといささか面倒なので、【アーテーの剣】の方々に協力してもらいましたよ。もちろん、死体としてね」


 邪悪な笑顔を浮かべるイラートに、もはやライナの旧友としての姿はない。


 自らの欲望のまま、

 人を傷つけ、

 殺め、

 踏みにじる行為に躊躇がない悪魔となっていた。


 「さあ、決着を付けましょう」


 武器を構えながら、俺とイラートは距離を詰めていく。

 戦いが始まるまで残り数十秒。


 「あなたとミズアを殺し、アードルフに嬲られている先輩に見せつけてあげます。さぞかし良い悲鳴を上げるでしょうね」

 「一つだけ聞く」


 証拠はないが、確信があった。


 「ライナに【成長阻害の呪い】を掛けたのはお前か?」

 「…」

 「答えろ」

 「…ええ。そうですよ」

 「何故だ」

 「僕のものにしたかったからだ!僕はあなたと同じ無能力者。女性でも、スキルを持たない者はこの世界では生きていけない!!!」


 激高したイラートは、涙を流し始める。

 邪悪な人間に間違いはないが、その胸の内に抱える苦しみは、おそらく本物だ。


 「このことを話せば、先輩も僕の下から離れていくでしょう。だから、まずは僕と同じ苦しみを味合わせる必要があった。仕方なかったんだ…」

 「大いなる間違いだな」

 「うるさい!お前に何がー」

 「舐めるなよ、ライナの事ならよくわかる」


 だが、和解に至る道はもうない。

 

 「ライナは優しい娘だ。お前が抱える苦しみや悲しみを知れば、手を差し伸べてくれたに違いない。一緒に、どこか辺境の地へと逃げてくれただろう」

 「…」

 「だが、お前はその機会を自ら捨てた。自分の過去や弱さに負け、愛する人に呪いを掛けてしまった」

 「…」

 「だからー」


 






 「俺に、ライナを奪われたんだ!!!」


 

 ==========



 「そうですか、そうかもしれませんね…」

 

 イラートは自嘲的な笑みを浮かべる。

 恐らく、全ての夢を断たれた人物だけが浮かべるもの。

 

 だが、彼女の殺気は収まらない。


 「みんな殺すしかない。あなたも、ミズアも、ライナも、【ドミー軍】の面々も。そこから先はまた考えましょう。時間はたっぷりある」

 「そうはならないさ」


 自暴自棄になった少女に、手を伸ばす。


 「お前はもうすぐ俺に支配される。そして、抱える苦しみや悩みを全て吐き出すんだ。ライナもそれを望んでいるはず。お前を裁くのは、そのあとでいい」

 「スキルもないくせによくそんな大言壮語を吐けますね…呆れましたよ」

 「だからこそ、俺はお前の気持ちが分かる気がする。同じ虐げられたものとして。今からでもー」

 「もうやめましょう。いつまでも平行線を辿るだけです」

 「…」

 「ここで死ぬのは…」


 指し伸ばした手が握られることはー、




 「お前だ!ドミー!!!」


 最後までなかった。



==========



 「ミズア補佐官を発見!重傷を負っていますが、まだ生きてます!」

 「ライナ補佐官です!【ランデルン・ホール】の入口で倒れている模様!こちらも息があります!」


 私は部下からの報告を聞き、一瞬安堵するが、大事な存在が見つかっていないことに気付く。

 強力なスキルを持っていても、戦闘能力はまるでない人物だ。


 「ドミー将軍はいずこに!?」

 「アマーリエさま、将軍の姿は見えません!」

 「まずは2人の救護にあたれ!!!手の空いたものはドミー将軍の捜索を続けろ!」


 「「「はっ!」」」


 部下を散会させた後、傍らの人物に話しかけた。

  

 「ゼルマ、ドミー将軍は見つかったか?」 

 「探してるけど…全然見つからない。プレーンライン一帯にはいないのかも…ごめん、役に立てなくて」

 「気に病むな、そのまま捜索を続けてくれ」

 「分かった」


 とにかく、ライナ補佐官とミズア補佐官の救命が優先だ。

 将軍を救出できても、その2人に何かあれば、将軍は嘆き悲しむだろう。


 「信じますよ、将軍…」


 急いで2人の所に向かいながら、私は将軍に祈りを捧げた。


 

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